自由・平等・博愛の国の理不尽を苛烈に描く「バティモン5」 社会を動かす作品群で世界が注目、ラジ・リ監督に聞く

2024年5月24日 16:00


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パリ郊外の貧困地区を舞台に、暴力的な警察と住人たちの対立を描いた「レ・ミゼラブル」で、第72回カンヌ国際映画祭審査員賞を受賞、第92回アカデミー国際長編映画賞にもノミネートされたラジ・リ監督の新作「バティモン5 望まれざる者」が公開された。

「バティモン5」とは、移民の多く暮らしているエリアにある団地群の一画を指す言葉。今作では架空の街を舞台に、再開発計画を進め、エリア一掃をもくろむ行政と、それに反発する住人たちの衝突、そして人道的に街を立て直そうとする人々の姿を苛烈に表現し、自由・平等・博愛の国の理不尽を告発する。今年、3月に開催された横浜フランス映画祭2024で来日した、ラジ・リ監督に話を聞いた。

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――前作「レ・ミゼラブル」、製作・脚本を務めたNetflix映画「アテナ」(ロマン・ガブラス監督)と、貧困や格差問題、行政や警察の腐敗をテーマにした作品で、世界的に高い評価を受けています。

レ・ミゼラブル」の成功で、新作へのプレッシャーはもちろんありましたが、いろんなプロジェクトを時間をかけて温めることができましたし、あの成功があったおかげで、自分たちの目の前に様々なドアが開いたのです。それによって、これまで届かなかった人々の声を届けることができるようになり、新しいストーリーを新しい語り口で描き、撮影方法も今までできなかったことを試せるようになりました。特に「アテナ」は技術面でも非常に大きな成果を上げられました。

今作「バティモン5」で技術的な面で一番大変だったのは、建物から人々が退去させられるシーンです。最終的に15分~20分ぐらいになりましたが、実際約3週間あの建物で、エキストラを200人ほど使って狭い階段で撮影するというのは、技術的にも苦労をしました。

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――フランスで生まれた人間はフランス人であることに変わりはないはずですが、劇中では、旧植民地であったアフリカ、アラブ系の住民は悲惨な生活を強いられ、シリアからの難民は優遇されているような描写もありました。

私自身も含め、私の作品に出てくるような貧困地区に住んでいる若者たちは、フランスで生まれ、フランス人として育ちます。しかし、成長してくると、肌の色や宗教の違いを理由に、半分フランス人だけど半分は違う人間だ、というような扱いを受けるのです。それがトラウマにもなり、そのフラストレーションがたまり、怒りが爆発してしまうのです。今後もこの状況が続く限り、楽観視はできませんし、悲惨な結果しか見えません。

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――本作には住民たちの生活を守るため、行政へ積極的にはたらきかけるアビーという女性の登場人物が活躍します。監督ご自身も映画制作の傍ら政治的な活動を続けているそうですね。フランスはマクロン大統領をはじめ、あなたと同世代ともいえる若い政治家が活躍していますが、あなたたちの活動や思いは届いていると感じますか?

残念ながら僅差で敗れましたが、私は実際に地域の選挙に立候補したこともあります。アビーのキャラクター設定ついては、実際にアビーのようなを活動している女性たちに意見を聞き、また、私自身の活動も反映しています。アビーのように、私も映画を通じてかれこれ30年くらい、希望を持って、よりよい社会を作るために闘ってきました。それは、行動すれば変えることができる、という可能性をずっと信じているからです。

ただ、今のフランスの政治家は、マクロン大統領もアタル首相も、コネやエスカレーター式に権力の座についています。アタル首相が急にお説教めいたことを言い出したり、個人的な性的指向を公言したりということは、私にとってはパフォーマンスにしか見えません。今の世界でどんな悲惨なことが起こっているかを知っていたら、もっとやるべきことがあるはずなのです。

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――ご自身の作品の観客層を意識して映画を作っていますか? また、あなたの作品の登場人物たちに近い人々からの反応を教えてください。

基本的には全てのあらゆる人に見てもらいたいと思って映画を作っています。私の地元であり、「レ・ミゼラブル」の舞台となったモンフェルメイユの人々は、自分たちの姿がきちんと描かれていると言ってくれました。郊外の社会問題を描く映画はたくさんありますが、大抵は実態をよく知らない外から来た人たちによって作られます。しかし、私の映画は私自身が街の人間で、キャストも現地の人々を多く起用しているので、そういった面でも信頼してもらえていると感じます。プロの役者とも仕事をしますが、彼らは時に演技をしすぎたりすることがあります。私の作品は当事者性を持った物語ですので、地元の素人の方たちは自然な感じで演じてくれ、私は彼らと仕事をするのが楽しいのです。

そして私は、モンフェルメイユで最初の映画学校を設立しました。撮影所もあり、無償で映画制作を学べます。地元の若者が映画監督になりたいという希望を持ち、エネルギーが溢れているのを感じます。このように、地域に徐々に映画文化が浸透し始めています。

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――地域社会と政治が直結した作品を連続して作られていますが、今後もそういったテーマで作品を作られるのでしょうか? また、あなたの持つ問題意識をドキュメンタリー作品として発表することは考えていますか?

今のところはどんなオファーがあったとしても、政治的な意識を持った作品を作りたいですし、今準備をしている2作もそういうものです。もしかしたら将来、コメディを撮ったりすることもあるかもしれませんが、今はこの路線で続けていきたいです。私自身、ドキュメンタリーにはやや限界を感じています。フィクションの方がより多くの観客に見てもらえ、自由度が増してくるのです。もちろん、将来何かやりたいテーマが見つかった時に、ドキュメンタリーという形で撮ることもあるとは思います。

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