昆夏美・大原櫻子・海宝直人・村井良大が「この世界の片隅に」のミュージカル版で共有する悩みと喜び、切磋琢磨の日々!【若林ゆり 舞台.com】

2024年5月8日 13:00


語り続けられるべき物語が、ミュージカルというエンタテインメントを通してどう伝わるのか
語り続けられるべき物語が、ミュージカルというエンタテインメントを通してどう伝わるのか

そこに、生きた人たちがいた。太平洋戦争下の広島で生きる人々の、日々の暮らしを描いて「生きる」ことの尊さ、愛おしさを呼び起こし、心揺さぶる「この世界の片隅に」。こうの史代氏による漫画は、片渕須直監督によって素晴らしいアニメーション映画となり大ヒット。さらに監督がこだわりを貫いた長尺版「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」も大好評を呼んだ。また、2度にわたってテレビドラマ化されるなど、日本人の心に染みわたり、広く愛されている不朽の名作だ。

この作品が、ミュージカルになる。

脚本・演出は、同じく漫画原作の「四月は君の嘘」を手がけた上田一豪。音楽を手がけるのは、10年前にアメリカの音楽大学に留学して以来、ミュージカル音楽家を目指して研鑽を積んできたアンジェラ・アキ。この、語り続けられるべき物語が、ミュージカルというエンタテインメントを通してどう伝わるのか。ダブルキャストで主人公・すずを演じる昆夏美大原櫻子、すずの夫・周作役を務める海宝直人村井良大の4人に話を聞いた(※このコラムにはネタバレとなりうる内容が含まれています)。

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まずは、脚本だ。映画版における片渕監督のこだわりは語り草だが、上田も負けてはいない。原作とも映画ともドラマとも違う、ミュージカルならではの構成と話法で観る者を惹きつける。そしてやはり、とめどなくエモーショナル。読んだだけで正直、泣けてしかたなかった。これに歌が加わったらどうなるのだろう? キャストの4人の、脚本を読んでの印象は?

昆:映画とはまた違って、次はどうなっていくんだろうと強く思いました。原作は淡々とした日常を描いている内容だから、敢えてけっこうドラマティックな運び方をしているのかなと。「こう見せたい」という流れが脚本から明確にわかって、衝撃でしたね。

大原:私もやはり、脚本を読んで泣いて、音楽を聞いて泣いて、1年前にあったワークショップを聞きながら読んでまた泣いて、みたいな感じで(笑)。果たしてこれを自分ができるのかと。でも日本人として「日本の歴史を伝える使命があるんだ、覚悟を持ってやらなければいけないな」という思いが湧きました。

海宝:時系列が違うというのもあるし、モノローグで物語が進んでいくというところでも、すごく演出的な作戦が感じられて。一豪さんにしか見えていない景色がまだまだあるんだろうなとすごく感じましたね。いま、日々稽古を重ねていくなかで、一豪さんが「こういう本になっているのはこういうつもりだったんだ」とか、「僕の中では照明や映像も含めてこういうふうに見えているんだ」というところを共有してくださっているので、「そうだったのか!」という発見が毎日あるんです。あと、単純に「すずが出っぱなしで大変だな!」と思いました(笑)。

全員:(笑)。

昆:確かに、自分のセリフにマーカーを引いていたら「セリフほとんどにマーカー引いてるんじゃない!?」ってなった(笑)。マーカーのピンクがもう薄くなって出なくなっちゃうんじゃないかと思いました。「これどこで水飲めるんだろう?」という不安が……(笑)。

村井:ミュージカルだと大抵、1幕、2幕とありますよね。原作はあまり起伏が激しくはなく淡々と進むから、どこで1幕を切るんだろうなって思ったんですよ。それで台本を読んだ時、「1幕をこういう締め方で2幕に引っ張るんだ! 一豪さんすごいな」と思いました。1幕と2幕の間に、「これからどうなるんだろう」とお客さんに思わせる力があって。その構成力をすごく感じました。

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そこに、アンジェラ・アキ渾身の楽曲が加わる。曲を聞けば、ミュージカルにする意味がより一層わかるはずだ。

昆:4人で話していたのは、本当に1曲1曲がもうシングルカット曲という感じで、「全部がA面だね」と。それが26曲あるんですけど、いろいろなシーンで、いろんな曲調で使われるんです。ミュージカルだと、その曲が耳に残るということ、観劇した後に頭でリフレインされるということが大事だと思うんですね。そういった意味でも、最後で歌われる曲は、歌詞も含めて絶対に「残る」曲だと思いますね。

海宝:曲を聴いていると、とにかくすごく色彩豊かだなと思うんです。聴くとそのシーンの色味が、頭の中にふわっと浮かんでくる。僕は学生時代からアンジェラさんの曲がすごく好きだったんですが、そもそも声にドラマがあって、言葉にもすごく力があって、音楽的にもポップスではあるんだけれども、とてもメッセージ性が強く、力強さがあって。そのアンジェラさんがミュージカルを勉強してきて、今回はその成果ですよね。いろいろな要素のミックス具合が「新しいな」と感じています。

村井:アンジェラさんの曲って、ジャンプ力がすごいんです。感情的に、一気に頂点まで到達できる力があるから、そこにたまに追いつかなくてひいひい言う自分もいるんですけど(笑)。力強い曲が多いんですが、それでいて繊細というのが、本当にすごい。

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この作品の登場人物はごく普通の人々で、歌いあげそうな人は誰もいない。それをミュージカルで表現する難しさもあるはずだ。

昆:この作品をやると聞いたとき、「ザ・ミュージカル」みたいな、真ん中でうわーって歌うみたいなのは嫌だなと思ったんです。「それだと肌感が合わないな」と感じて。で、どんな曲が来るんだろうと思ったら、やっぱりとっても繊細で。でも、すずさんの心の機微を、歌うことで伝えなきゃいけないから、そのバランスですよね。どこまですずとして感情を出すのか、どこまで歌い手、役者としてエネルギーを出すか。ただわーっと歌えばいいものではもちろんないから……難しいんですよねー! 2幕で、初めてすずさんがあることに気づいてしまって歌うナンバーがあるんです。この曲はいくらでも感情的に歌えるけど、その感情をどう表現するのか。まだ経験したことのない表現を、今回はしなきゃいけないんだろうなと思っています。

大原:どこまですずさんの頭の中なのか。頭の中の言葉であれば感情を出していいんじゃないかと思ったり。とはいえセリフの延長であった時に、果たしてこれでいいのか、と迷う部分もありますね。私はすごく入り込んでしまった時があって。すずの人格とかはもちろん考えなきゃいけないんですけど、1回、2幕の通し稽古のときに、けっこう感情に任せてやってみたんです。明らかに周作さんとすれ違ってしまった後、感情がめちゃくちゃ揺れ動いて、いろいろあった後で「絶対帰ってきてくださいね」と言うシーンなんですけど、ポロポロ泣いた後に、しゃくりあげている感じが残っちゃっているし、完全に目も腫れているし、鼻も赤いし……ということになって、「何これ、いつなんだ私は?」って意味がわかんなくなっちゃった(笑)。

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海宝:やっぱり音楽の力がすごくて、そこでグッと持っていかれる瞬間というのは多々あるんですけど、いま、そことの戦いも起こっています。音楽の力で引っ張られすぎてもいけないと思うんです。音楽の色彩が豊かで、今回ミュージカルにすることの意味はそこにもあるけど、時にそれが鮮やかに強すぎてしまうと、芝居が見えなくなるから。音楽って感情を持っていかれるじゃないですか。嫌な気分でいても素敵な音楽を聞くと、ジーンとしたり、感動したりできる。だけどいまは、そこに疑いを持ちたいなと思っているんです。

海宝:だからいま役者も含めて、音楽監督と話しながら「じゃあここはなくして、移動していたセリフを戻した方がいいかもしれないね、そうするとすずの気持ちが盛り上がってサビに行けるね」とか、そういう細かい調整をやっています。物語全体を通して繋げてみると、これは個人の歌だけにしておくのはもったいない、というのがだんだんと芽生えてきて。オリジナルミュージカルの「生みの苦しみ」にいま、まさに直面しています。

大原:アンジェラさんの中では、「こういうふうに歌ってほしい」みたいな完成形が見えているんですね。稽古場に来ていただいたとき、「ちょっと1回歌うね」と言って、歌ってくださった。結果、なんか聞き惚れてしまって(笑)。考えるどころじゃないみたいな感じになっちゃったんですけど(笑)。でも、アンジェラさんも役者も、セリフの延長上に歌があってほしいというのは揺るがないものなので。歌い上げるというよりは、それこそ言葉を吐き出していくというか、言葉をひとつひとつ丁寧に扱って、立たせていく。どこを立たせていくのかというのにも、すごくこだわりがあるんです。

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ダブルキャストということで、稽古場で互いを見て思うこと、発見したことを聞こうとすると、「それは恥ずかしいやつ」「結果、褒め合いに終始するんです」と、口をそろえる。代わりに、ダブルキャストでよかったこと、まるで青春の部活チームメイトのような、4人の関係性を語ってくれた。

村井:ダブルキャストは、自分の出番じゃないときに作品を観られるというのが大きいんですよ。「自分と違うな」「自分の発想と違っていていいな」というのももちろんあるけど、それよりふたりで、一緒に周作という役を作っている感じがして。

海宝:今回は特にそれが強いよね。

村井:強い。オリジナルだから、初めてやる作業だから、一心同体な感じがすごくします。みんなで作ろうという感じがすごくあるんです。海外の作品だと、演出家の意図をいかに再現するかという作業になってしまうことが多いと思います。でも今回は、役者たちが気持ちも技術も使って、シーンを作るために切磋琢磨している。

海宝:作品の中で役者がそれぞれどうやろうかというよりは、この作品そのものをどの方向に持っていこうかをみんなが考えているんです。だからお互いに「こういうことをやったらもっといいシーンになるかも、こういうモーメントを作ってみたら面白いかも」みたいなことを話して、お互いに見てみて。「それめっちゃ機能してるよ」というようなやり取りが多いですね。お互いに実験している感じ。間違えたら間違えたでいいし、「それないね」となったらやめる。そういう作業が、オリジナル作品だからこそある。

大原:すずと周作の関係も、原作にあるシーンがなかったりして、飛んでいるところもあるんですよ。そこを埋めるために、「何かひとつのアクションをすることによって、生まれる何かがあるね」と提案し合っています。

村井:毎日通し稽古が終わった後は、大体4人でサークルになって話しているよね。

昆:ちょっとした振り向き方とか、歩くスピードとかでも見え方が変わってくる。そういう繊細さがあるんですけど、「それは変」とか「違う」とかお互いに指摘し合えるから助かっています。そういう空間が当たり前にできていることって、あまりなかったかも。

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戦時下の広島が舞台というと、辛い悲しい話だろうと、反戦を訴える悲痛な話だろうと身構える人も多いかもしれない。でも、この作品はメッセージを訴えるのに「普通の人たちの日々の大切さ」から説いていくというのがすごく新しく、誰もが共鳴できるという点においても意味がある。

大原:これは、すずが居場所を探す物語ですし、そこはみなさんが共感できると思います。

昆:すずさんが、すずさんだけじゃなくてそこに生きている人たちが、家族と繋がったり、誰かを「信じてもいいんだな」と思えたり。そういう些細な幸せが確かにあるからこそ、それを一瞬にして吹き飛ばしてしまうのが戦争なんだなということを改めて思います。人が亡くなって、こんなに辛い思いをしてばかり……を押し出すカラーじゃないところが、いままでの戦争のお話を題材にするものとの違いかな、と。

大原:戦争ものというと、白、黒、灰色みたいな印象だけど、この作品は柔らかい黄色、ピンク、ブルーみたいな、ほんとにあったかい色をしているから。もちろんグッとくる、辛い気持ちになる瞬間もあるんですけど、観終わった後、お客さんが明るく前向きな気持ちで帰っていただける作品には絶対なると思うんです。

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村井:今回、ツアーの最後に広島での公演があります。「広島の方々は大変な目に遭われましたよね。私たちはその気持ちをしっかりと受け止めて、大切に演じます」というのはもちろんそうなんですけど、だからと言って、「かわいそうでしたね」という気持ちで演じてはいけないと思うんです。当時の人たちは、どんなに辛いときでも、前を向いていくエネルギーをもっていただろうし、それは絶対に内側から出てくるものじゃないですか。原作でもその力強さを感じます。舞台を通してそのエネルギーを表現できれば、お客さんたちは辛い状況でも、「明日からまた頑張ろう」と思えるんじゃないかなと。戦争を描いた作品だからといって、悲しい苦しい辛い一辺倒になってはいけないとすごく思います。

大原:戦争ものが苦手な方は、それこそ苦しみの声とか、人が叫んでいる声とか、見たくない光景とかを多分想像されていると思うんです。でも、この作品はそういうものじゃない。最後に「記憶の器」という曲があるんですけど、すずは「私の居場所はここ。なぜなら大切な人やものの記憶を消さないように、ここで生きていくしかない」と言ってその歌を歌うんです。それは、まさに私たちが今回やる意味にも繋がると思っていて。

大原:忘れてはいけない記憶を、日本の歴史を、エンタテインメントによって伝えたい。戦争ものは苦手だという人も苦手じゃなくなる、「見に来てよかったな」と絶対に思える作品。明るい、前向きな気持ちになって帰ることができる作品だと思うので。決して戦争だけじゃなく、例えば大切な人を失ったり、何か辛いことがあったりした方の心も救われる作品になると思います。お芝居は心の治療というのも聞いたことがあるので。普遍的に、いま生きている人の心を救えるような作品になると思うので、是非、見に来てほしいなと思います。

ミュージカル「この世界の片隅に」は5月9日から30日まで東京・日生劇場で上演される。その後、北海道、岩手、新潟、愛知、長野、茨城、大阪で公演し、最後には物語の舞台となった広島・呉市で千秋楽を迎える予定。詳しい情報は公式サイト(https://www.tohostage.com/konosekai/)で確認できる。

5月11日に放送される音楽番組「ミュージックフェア」(フジテレビ系/午後18時~)では、昆、大原、海宝、村井のほか、ミュージカル「この世界の片隅に」のアンサンブルキャストが出演し、同作のスペシャルメドレーを披露する。

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撮影:若林ゆり

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