【インタビュー】「パスト ライブス 再会」セリーヌ・ソン監督が語った、“沈黙の力”と愛の描き方、人生における時間にまつわる考察
2024年4月4日 13:00
恋に落ちた12歳、すれ違った24歳、そして再会する36歳――。ソウルで出会った幼なじみの男女ふたりが、24年越しにニューヨークで、再び相見える。「パスト ライブス 再会」は、そんな“生涯忘れられない恋の物語”だ。メガホンをとったセリーヌ・ソン監督は、長編映画監督デビューを飾った本作で、第96回アカデミー賞の作品賞と脚本賞にノミネートされる快挙を成し遂げた。映画.comはいま、世界が熱い眼差しを注ぐソン監督にインタビューを敢行。演出で意識したという“沈黙の力”や愛の描き方、そして人生における時間にまつわる考察について、語ってもらった。(取材・文/編集部)
本作は、ソウルで初恋に落ちた幼なじみのノラ(グレタ・リー)とヘソン(ユ・テオ)が、24年後に36歳となり、ニューヨークで再会する7日間を描くラブストーリー。物語のキーワードは、「運命」の意味で使う韓国の言葉“縁(イニョン)”。見知らぬ人とすれ違ったとき、袖が偶然触れるのは、前世(パスト ライブス)で何かの“縁”があったから。久しぶりに顔を合わせたふたりは、ニューヨークの街を歩きながら、互いの人生について語り合い、自らが「選ばなかった道」に思いを馳せる。
ソン監督は、12歳の頃に家族とソウルからカナダに渡り、いまは劇作家としてニューヨークの劇場を中心に活躍し、アメリカ人の夫と暮らしている。そんな自身の体験談をもとにオリジナル脚本を執筆した本作は、セリフのないシーンも多く、登場人物が言葉にしない感情が、表情、仕草、空間の切り取り方などを通して、雄弁に伝わってくるような演出が、観客の心に強く訴えかける。例えば、ノラとヘソンの24年ぶりの再会は、言葉がなくとも、互いに募らせた思いが溢れ出しているかのようで、劇中でも屈指の名シーンに仕上がっている。ソン監督は、演出で重視したポイントである「沈黙の力」について語った。
「私は演劇の出身なので、人間の言語は沈黙からも形成されていると感じています。ときに言葉を使うよりも、沈黙の方が力強いことがあります。映画は、音楽にも例えられるように、リズムが大切になります。そのなかで、沈黙は重要な要素なので、大切に扱っていました。私たちが普通に生活をしていると、言葉なしでも感情が伝わる、より強く伝わるときもあると思います。そういう意味でも、沈黙の力に焦点を当てて、演出をしました」
そしてセリフもまた、観客が「生涯忘れたくない」と、大切にしたくなるものばかり。物語の大枠だけを見ると、幼なじみのノラとヘソン、そしてノラの夫アーサー(ジョン・マガロ)が、三角関係にあると感じるかもしれない。しかし観客は、ソン監督が紡ぐセリフの数々とキャスト陣の名演によって、互いを理解し尊重する、成熟した大人3人の、より大きな愛の物語だと悟ることになる。ソン監督にとって、思い入れのあるセリフを聞いてみた。
「セリフはどれも自分が書いた大切なものなので、ひとつを選ぶのはとても難しいのですが……。あえて言うなら、演者次第――演技によって、私のなかに強く印象づけられたものが、いくつかあります。ひとつはノラが言った『私はただの“韓国から来た少女”』というセリフで、グレタ・リーの演技が印象に残っています。またジョン・マガロが演じてくれたアーサーの、『僕は君を理解していることを、分かっている』という趣旨のセリフ。あのシーンも彼の演技が素晴らしかったと思います。そして、ユ・テオ扮したヘソンの最後の『また会おう』というセリフも、私が思い描いていた通りに演じてくれたので、とても気に入っています」
なかでも印象的だったのは、アーサーがノラに、「知ってるかい? 君の寝言は韓国語だけ」と伝えるシーン。ノラは夢のなかで、アーサーには理解できない韓国語を話し、自分だけの世界を漂っている。このエピソードは、愛するということは、自分が相手を理解するだけではなく、理解できない場所もあると受け入れることだと、静かに伝えている。言葉にすることは簡単だが、並大抵の覚悟ではできない愛し方であるともいえる。
「これは私のエピソードというより、キャラクターから自然と湧いてきたエピソードで、ノラとアーサーが深く愛し合っていると伝えたかったんです。ですが、ただ『互いに愛し合っている』と伝えても、観客の皆さんに理解していただけないので、どのようにして伝えるかを考えました。そこで、『彼は彼女のことをより深く愛したい、理解したい』という発想から生まれたシーンです。『彼女により近づきたい、つながりたい』というアーサーの思いを感じとってもらえたらと思いました」
物語は、「もしもあの時こうしていたら……」という人生の分岐点についての普遍的なテーマを描き、多くの観客の共感を集めた。そのなかでも、本作ならではの“新しさ”というのは、愛の成就の喜びや喪失感ではなく、「どんな選択をしたとしても、相手を理解し、大切に思い続ける」という愛の形を描いたところにある。自分の人生で同じような出来事を経験した人々が、今後の人生を前向きに歩んでいけるような力をもらえる物語になっているのだ。ソン監督は、「誰かとデートすることを描いたものではなく、愛について描いたもの」とも解説している。
「以前『誰かとデートすることを描いたものではなく、愛について描いたもの』と言ったのは、どの愛も大切だと思うからです。私たちの人生で、ひとつの愛情が別の愛情と比べて大きいだとか、重要だとか、意味があるだとか、比較はできないと思うんです。ノラにとっては、ヘソンとの短い間の愛情も、アーサーとの人生を通しての長い愛情も、同じように大切だと。些細な会話からも、愛情は生まれると思うんです。愛全体の大きい構図を描きたかったので、『デート映画』と一括りにはしませんでした」
プレスのなかでリーは、選択を積み重ねて人生を歩むノラを見つめ、「私たち人間にとって抗えない、人生が一度しかないことは、すごく不公平なんです」と語っている。またソン監督は劇中で3つの時代を描き、「時間というものが、それぞれの人にどのようにとらえられているのかを描きたかった」と、その意図を明かしている。
こうした発言を聞くと、“時間”や“場所”は通常、人間にとっての限界を提示するものでありながら、本作には「12年があっという間に過ぎたかと思えば、2分が永遠のように感じることもある」「ノラを通して、出会うはずのなかったヘソンとアーサーが時空を超えて出会う」など、“可能性”を見出そうとする試みがあると感じた。人生における“時間”や、それと向き合う姿勢について、どのような考察があったのだろうか。
「時間というものは過酷で、常に過ぎ去っていくのです。これは、誰にとっても共通していて、時間はコントロールできず、私たちはその結果を受け入れなければならない運命にあると思います。本作は恋愛について描いているといわれますが、ただそれだけではなく、おっしゃる通り、時間というテーマも大切に描きました。私たちの人生は限界があり、1度しかないものです。その場所、その瞬間というのは、1度きりしか経験することはできない。それが正しいタイミングで、正しい場所なのか、正解は誰にも分かりません」
「そうしたテーマを描くと同時に、『過ぎゆく時間は矛盾しているものでもある』と示したかったんです。(ノラとヘソンがオンラインでの会話を経てから、実際に再会するまでの)12年が一瞬で過ぎ去ることもあれば、(終盤のあるシーンでの)2分が永遠に感じることもある。私にとっても、10年前を昨日のように感じることもある一方で、この10年間を時間としてしっかり感じることもある。このように、時間は矛盾しているということを、本作で皆さんに伝えたかったのです」
北米では当初4スクリーンで公開されたが、多くの人々の支持を受け、上映劇場が拡大。そして、世界の映画祭で246ノミネート・88受賞(3月29日時点)を誇り、果てはアカデミー賞の作品賞と脚本賞にノミネートされるほど、大きなムーブメントが巻き起こった。ソン監督は作り手として、「パスト ライブス 再会」が辿った道を、どのように見つめていたのだろうか。
「初長編監督作品だったので、何を期待するべきか、どのように展開していくのか、私自身も分からなかったんです。自分と向き合う1年でもあったし、新しい自分を発見する1年にもなりました。私が映画監督であるということを、改めて認識し、発見した経験でした。いまは早くカメラの後ろに立ちたい、新しい作品に取りかかりたいと、ワクワクしています」
「パスト ライブス 再会」は、4月5日から東京・TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開。
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