【「ボーはおそれている」評論】ホラーの新帝王アリ・アスター監督の新作は、中年男が体験する3時間の悪夢

2024年2月17日 15:00


「ボーはおそれている」
「ボーはおそれている」

ヘレディタリー 継承」「ミッドサマー」で注目されるアリ・アスターの最新脚本・監督作。神経症の男が巻き込まれる際限ないトラブルを描いたコメディ・スリラー。主演はホアキン・フェニックス。共演にネイサン・レインスティーブン・マッキンリー・ヘンダーソンパーカー・ポージーなど。

日常生活に強いストレスを感じる中年男性のボー・ワッサーマン。彼は帰郷する当日の朝、何者かに部屋の鍵を盗まれ飛行機に乗り損ねてしまう。再会を待ち望む母に事情を説明するため電話をかけるが、代わりに出た人間は母親の急死を伝えていた。事情が掴めずパニックに陥るボーに、新たな災難が降りかかる。

アイデア自体は前述の2本の長編よりも前、2011年にアスターが撮った短編「Beau」にまで遡る。冒頭の盗難騒ぎまでは同じだが、こちらはアパートの自室に立てこもり、謎の怪物と戦う黒人マザコン男性の戦いが描かれる。13年には、大学進学で家を出る息子を引き止めるため、食事に毒を盛る母親を描いた「Munchausen」という17分の作品も撮っていて、キャリア当初から「家族」が自身の重要なテーマであることは明らかだ。

やはり「ジョーカー」でも障害を抱える白人男性を演じた、本作でも主演のホアキン・フェニックスだが、ナラティブとして現実の事件まで引き起こしたジョーカー像と違い、本作のボーは驚くほど受動的で、絶え間ない不条理な出来事にひたすら耐えて、逃げ続けるだけだ。

そんな彼は常に水に取り囲まれている。水槽、ペットボトル、噴水、バスタブ。さらに姓の一部Wasserは独語で、名前ボー(Beau)のEauは仏語で、それぞれ水を意味する。ペンキや壁紙、服や家具などには水色が効果的に使われる。冒頭の出産シーンとモナ(Mona)の名が聖母マリアを指すことで、水=母の比喩であり、いつも身近にあってボーを助け苦しめる存在となっている。

水の例だけでなく、建物の壁面広告や商品包装、落書き、新聞記事、ドールハウス風の家などに、隠喩・引用・セルフパロディが溢れ、監督は我々を3時間の迷宮へと引き摺り込む。宗教譚風ながら、舞台劇やアニメ演出もあり、奇怪な登場人物が次々に現れる。デビッド・リンチチャーリー・カウフマン、日本で言えば鈴木清順筒井康隆の小説のようだが、過去のアスター作品含め、どれとも違う気もする。歴史叙事詩かと思えば、精神分析じみていて、単なる親子ゲンカと言えなくもない。

ともあれ象徴性には富むが、考察にこだわり過ぎると、恐らくA24史上最高の製作費(3500万ドル=約53億円)をかけた超大作が持つ、贅沢な映像体験を堪能する妨げになるかも。ただし、肉親との関係に問題を抱える人は鑑賞注意です。

(本田敬)

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