「一緒に子育てしませんか」 実の母と見知らぬ若者達に育てられた子どもが考える“共同保育”の可能性
2023年11月29日 11:00

阪神淡路大震災、そして地下鉄サリン事件が起こった1995年。
生後8カ月の男児を抱える22歳のシングルマザーが、東京・東中野周辺で「あなたも一緒に子育てをしませんか」とビラをまいた。
「何か面白そう」と感じた若者が少しずつ母子2人で住むアパートに集まり、シフトを組み、乳児の面倒を見た。その多くは男性で、育児経験があるわけではなかった。
彼女・彼らはやがて自らを「沈没家族」と名付けた。「共同保育」の先駆だ。それから約30年。その沈没家族・共同保育で育てられた加納土(かのう・つち)さんは、大人になって自らの生い立ちをドキュメンタリー映画にした。29歳になった今、当時を振り返る。
●妊娠中から「共同保育」を思いつく

妊娠中から「共同保育」を思いつき、鎌倉駅前でビラ配りを始めるが、受け取ってくれる人はほとんどいなかった。さらに男性との関係もこじれたことから、土さんとともに鎌倉を離れ、東中野に移り住んだ。

そして生後8カ月の土さんを抱えながら、東中野周辺で「一緒に子育てをしませんか」と再びビラをまいた。これをきっかけに集った若者たちの協力を得て、穂子さんは昼間働き、夜は写真の専門学校に通った。
穂子さんの父は児童書の編集者の信雄さんで、母は女性史研究者の加納実紀代さん(ともに故人)。 独自の育児論には、両親の影響が強かったのかもしれない。
●数人の若者と共同生活スタート
写真の専門学校を卒業したが、共同保育の生活は継続させたいと考えた。何よりも“楽しかった”からだ。土さん2歳半、穂子さん24歳の時、母子2人で住んでいたアパートから引っ越すことに。そして、また別の1組の母子と、数人の若者で、3階建てのアパート(通称・沈没ハウス)を借り切って、さらに本格的な共同生活を始めた。
沈没ハウスはおよそ築30年(当時)。1階には広いリビングと風呂・トイレ。2階に2部屋、3階に3部屋。さらには東京都庁など新宿の夜景が一望できる屋上があった。

部屋によって広さや賃料はまちまちだが、穂子さんと土さんの 部屋は6畳、家賃は約4万円。JR東中野から徒歩約8分。新宿駅までは2駅という好立地。穂子さんの当時の月収は12.3万円 、それに児童扶養手当と新宿区の手当が5万円。都内では安い家賃、共同保育人の存在は心強かったに違いない。
●私たちの名前は「沈没家族」
今で言うシェアハウス。この共同保育という子育ては当時、“新たな家族の形態”として注目を集め、テレビでも特集番組が組まれた。彼女たちは自分たちを「沈没家族」と名付け、穂子さんは約7年間、沈没ハウスで生活していた。
沈没ハウスの住人が約10人、外から保育人として熱心に参加してくれた人が約10人。さらに不定期に訪れる人々もあわせると、正確な総参加人数は幼少期の土さんが把握しきれないほどだった。そして、保育人には面接はなく、給与があるわけでもなかった。

子育てに統一的なルールもあまりなく、とても開かれた場所だった。とはいえ集まる人は、ビラなど手渡しができる範囲(90年代後半でインターネットもまだ普及しきっていない)であり、最低でも穂子さんらの“友だちの友だちの友だち”程度の関係値はあった。加えて、初めて来た人と土さんら子どもたちが1対1にならないようにはしていたそうだ。
ルールがあまりない代わりに、保育人たちは、その日の土さんの様子や初めての子育ての感想をノートにつづっていた。
「子育ては一人でするよりみんなでする方が楽しいはず」が穂子さんの考え。毎月1回、全員が集まり、食卓を囲んで、いろんな話に花を咲かせる。中には「たまたま一緒に住んでいて、暇だから(共同保育をする)。オレは近所のおっちゃん、あんちゃんのように接したい」という人もいた。

慣れない成人男性が赤ん坊の面倒を見た。乳児期は誤飲、やけど、転落、感電など不慮の事故が起こりやすいが、土さん自身は幸い、大きなけがや事故に遭うことなく、健やかに育っていった。
そんな沈没ハウスでの生活は土さんが8歳の時、突然、終わりを迎える。土さんが成長し保育の必要性が薄くなり、部屋も手狭になったことや、そもそも穂子さんが「都会の生活に飽きた」こともあり、八丈島に引っ越しした。縁もゆかりもない八丈島を選んだ理由は、ただ一言「遠心力」だったそうだ。土さんは大人たちとの別れに涙した(なお、沈没ハウスの共同保育自体は、その後もしばらくは続いていたそうだ)。
では、共同保育で育った土さんは現在、どう過ごしているのだろうか?
●共同保育で育った子どもの“今”

土さんは八丈島に引っ越した後、中学、高校へと進学し、社会問題に関心を持った。八丈島はレンタルビデオ屋も映画館もなかったが、高校3年時に穂子さんの影響を受けドキュメンタリー映画という表現に出合い、のめり込み、大学時代には上京し映画制作を学んだ。
2017年、大学の卒業制作として、自身の幼少期を題材にしたドキュメンタリー『沈没家族』を監督。 映画は若手映画監督の登竜門である「ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」で審査員特別賞を受賞。再編集した『沈没家族 劇場版』は全国各地のミニシアターで上映された。

現在、29歳となった土さんは、母親を尊敬の念を込めて「穂子さん」と呼ぶ。共同保育の経験は強く記憶に残っているようだ。
「穂子さんは22歳のシングルマザーで、ポジティブな意味で共同保育に希望や楽しさを感じて、当時それをはじめました。けれど後から振り返ると、『あの時“沈没家族”がなかったらやばかったかも』とも語っていました。ずっとアパートに子と2人だけの生活だったら、もしかしたら自分だって虐待やネグレクトをしていたかもしれない、と」

「八丈島での生活は、普通の母子家庭と同じ。そこで、むしろ、沈没家族のへんてこさが際立ったというか、大切さが分かったような気がします。沈没家族の時は学校から帰っても、いつも大人がいたし、遊んでくれましたから」
「(共同保育は)多様な価値観を見せてくれ、感じさせてくれるものでした。同時に僕と、穂子さんを生き延びさせてくれたものだったと思っています」

そして沈没ハウスには、土さんのほかに2人の子どもがいた。映画『沈没家族 劇場版』にも登場するめぐさんは土さんの2歳年上。映画製作を機に再会し、今も友人関係が続いている。
「めぐは『自分の母親にすごく怒られた時に違う部屋に行けば、甘やかしてもらえた。親と学校の先生以外にも、逃げられる場所があったのはよかった』と話していました。彼女も肯定的だと分かって、僕もうれしかったです」(土さん)
●“現代の共同保育”との出合い
土さんが映画を作ったのは、沈没ハウスへのノスタルジーでもある。そんな映画を上映中にゲームクリエイターの栗山和基さんが訪ねてきた。栗山さんはシェアハウス「東京フルハウス」の主催者。 3階建ての1軒家をシェアハウスとし、夫婦で子育てをしている。ここには家族を含む男女14人が暮らしている。

栗山さんは『沈没家族 劇場版』に共感し、ブログにこう記している。
「私がシェアハウス子育てをして一番イイコトだと痛感するのは、親とほとんど同レベルで、一緒に成長を喜んでくれる人が増えることだ」
「一緒に子どもの成長を喜べる人がたくさんいるのって、最高に幸せなんだ」
「親がゴキゲンだと、子どもも伸び伸びとした気持ちで過ごせて、家中がハッピーになる、というサイクルが生まれるのです」

土さんも「異なるところもあるけど、家の中に当たり前に親でも先生でもない人がいるという点では、東京フルハウスは沈没ハウスの現代版だなと思いました。栗山さんは、不特定多数の大人と一緒に暮らすと、子どもはどう考え、育つのかということを気にされていました。なので 、まあ『僕の場合はこんな感じになりましたよ』と(笑)」と話す。

土さん自身も30歳を目前に控え、友人の子どもと接する機会が多くなってきた。一緒に食卓を囲みながら、以前とは違う視点で、共同保育の良さを感じることができるようになっている。
「自分の家庭というのはまだわからないんですけど、最近、友だちの子どもと会う機会が急に増えてすごく楽しいです。沈没家族で保育に来ていた大人たちはこんな感じに近かったのかなと、最近、ほんの少しだけど理解できるような気がして、それは映画を撮った時にはなかったことでした」

子育て中の友人一家との交流を通じて、「保育人」の気持ちも知ることができた。
「子どもの世話をすると、手が増えて親が助かるという点もあるけど、親にとっては『母親モード・父親モード』にならず自分の家の中で“普通に話せる他者”がいるのはありがたい、と言ってもらえたのも発見でした。沈没家族の大人たちは、僕もだけど、母である穂子さんたちも、そういう面で救っていたんだろうなと思います」
●家族とは?「言語化しなくても」

土さんにとって、家族とは説明が難しいものだという。
「『家族』っていうと、ここからここまでの範囲って決める気がするけど、自分にとってはその境がとても曖昧で、だから『家族』と表現することが少ししっくりこない気がするんですよね。そう感じる人って他にもいるように思う。いろんな関係性があるけど、『家族とは何か』は、言語化しなくてもいいような気がします」

一方、土さんは穂子さんを「圧倒的に特別な存在」と評する。
変えようのない血縁関係の「母」「父」はあるが、まずあるのは、人と人との関係。穂子さんが教え、示してくれたことはそういうことだったと考えている。

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