【インタビュー】菅田将暉が肯定する「弱さ」 セリフを言いながら悲しくなる理由
2023年9月9日 21:00

2022年に放送された人気連続ドラマを映画化した「ミステリと言う勿れ」は、俳優・菅田将暉に新たな引き出しをもたらす作品となった。天然パーマがトレードマークの大学生・整という当たり役を得たことはもちろん、菅田にとって出演する連続ドラマの映画化は意外にも初のこと。視聴者から熱く支持されたからこそ道が開けた今作で何を思ったか、菅田に話を聞いた。(取材・文/大塚史貴、写真/間庭裕基)
映画だからこそ出来たこと
原作は、累計発行部数1800万部を突破している田村由美氏の同名漫画(小学館刊)。「僕は常々思うんですが……」という言葉から始まる整の膨大な知識と、独自の価値観に基づく持論を淡々と述べるだけで、事件の謎や人々の悩みが解決していく新感覚ミステリーとしてドラマ放送時には大きな話題を呼んだ。

映画で描かれるのは、原作ファンの間で高い人気を誇る通称“広島編”。美術鑑賞を目的に広島を訪れた整が、代々遺産を巡る争いで死者さえ出るといういわく付きの名家・狩集家(かりあつまりけ)の遺産相続事件に巻き込まれていく姿を描いている。
菅田の出演作としては、「アルキメデスの大戦」か「ミステリと言う勿れ」か、というほど膨大なセリフ量というのも見どころのひとつといえるが、連続ドラマ時に出来たことと出来なかったこと、映画だからこそ出来たことについて話題を振ってみた。

菅田「ドラマ撮影当時はコロナ禍真っただ中ということもあって、スケジュールにも余裕がなく、時間も足りず……。僕は監督と話をすることは出来たのですが、共演陣がゆっくりと監督と対話をする時間が設けられなかったんです。その点、映画の撮影ではコミュニケーションがしっかり取れた実感があります。
あと、個人的なことですが、原作では広島編ってシリーズが始まってすぐのお話なんです。要は、このエピソードで整がどういう人物かを説明している。広島編の後にドラマのエピソードが控えているので『これをやらないと始まらないなあ』という思いは、僕の中に常々あったんです」
今作で、遺産相続候補者4人に対し、「あるべきものをあるべきところへ過不足なくせよ」というお題が先代の遺言としてのこされていた。「あるべきもの」をいかに解釈するかにもよるが、日常生活の範疇もしくは、仕事に対する矜持のなかで菅田にとっての「あるべきもの」が何なのかを知りたくなった。

菅田「作品に入るとき、言葉ではないのですが、監督たちの顔が浮かびます。『ここ、頑張りどころだな』っていうとき、『これを青山さん(故青山真治監督)に見られたら……』『蜷川さん(故蜷川幸雄氏)が見ていたら……』って脳裏をよぎるんです。師匠たちの顔が浮かぶと、ギアが入るんですよね」
冒頭で触れたように、菅田扮する整の膨大なセリフには、独自の価値観に基づく持論が多く含まれている。本編でも、耳から離れないセリフが幾つもちりばめられている。
なかでも、「人は弱くて壊れやすい。それが当たり前」と明示していることが強いインパクトを放っている。筆者の年代(40代後半)ともなると、意地など張らずに弱さを曝け出すことに躊躇(ためら)いがなくなってきたりもする。その一方で、いわゆる「男の意地の張り合い」に理解を示すことも出来る。菅田は、自身の弱さについて何を思っているだろうか。

菅田「僕は自分のことを強いと思ったことがないんですよね。確かにパーフェクトを目指そう! という思いが10~20代の頃は明確にあったかもしれません。と同時に、今も変わらずにあるのですが、当時から自分自身を過剰に評価している恥ずかしさみたいなものもあったんです。そうやってプライドを持つことで縛っていく良さも分かります。これは好みかもしれませんね。
それに、完璧なものにも興味がありません。だから、強くあらねば! みたいな考えをそもそも持ち合わせていないんです。整のセリフでも、『こんなことまで言わなきゃいけないのか』と切なくなることがあります。『弱くて当たり前だと思えればいい』と言わなきゃいけないということは、そうはなっていない世の中なわけですよね。
ドラマ『3年A組‐今から皆さんは、人質です‐』でも同じようなセリフを口にしているのですが、言っているときが一番悲しいんですよ。こんな当たり前のことを言わなきゃいけないんだなあって……。人によって当たり前は違いますが、僕にとってはそういう感覚なんです。強くなきゃいけないって、なんなんですかね」

そして話題は、観客が求めているものは何なのか……というものへと移行していく。映画鑑賞料金が2000円になった日本で、映画製作のど真ん中にいる菅田が胸の内を語った。
菅田「お客さんは、面倒臭いけど凄く面白いチャレンジングな作品と、分かりやすくて想像がつく作品の二択になったとき、果たして前者を選んでくれるのかな? というところで行き詰るんです。自分は常に前者を……と思うのですが、お客さんは前者を観たいのかな? と悩んでしまう。
これだけコンテンツが増えてくると、言うまでもなくお客さんが作品を選べる時代。であれば、よりコアにモノづくりをしていってもいいんじゃないかなとも思うんです。色々な意味で過渡期ですね」

2月の誕生日で30歳となり、積み上げてきた映画の出演本数は50本に迫ろうとしている。30代を過ごすうえで、何か見据えているものに変化が出てきたのか、多くのファンが知りたいところだろう。そして、座長として牽引する現場が増えてきたなかで、映画に対してどのような思いを抱いているだろうか。
菅田「映画にしろドラマにしろ、製作側の苦労がよく見えるようになってきました。自分が俳優として演じるだけでなく、現場に関わることも増えてくると良い部分も悪い部分も見通しがよくなってくる。
本当に、あと少しだなっていう気がするんです。誰もが振り向くような作り方と作品が、もう少しで生まれるような気がするんです。そのために僕も動かなきゃって、ずっと思っています。数年前よりも、今の方が僕は希望に満ち溢れています。


映画に関してですが、今が最も映画館へ通っているかもしれません。もともとドラマで育った世代なんですが、今は娯楽として映画を楽しめている自分がいます。50本に迫るって言ってくれましたけど、それだけの作品を残せたんだと思うと誇らしくもあるし、もっと作っていきたいと思いを強くしました」
話を聞いていて、監督業など作り手側への興味もあるのでは? と感じさせられた。
菅田「あります。もちろん徹底して俳優部であることが前提ですが。10~20代の頃は自分の仕事に精一杯でしたから、大人たちの会話もあまり理解出来ていませんでした。当時とは監督や製作陣との距離も変わってきていますから。
もう少し具体的な話をすると、映画のタイアップで主題歌を作っていて、音楽という立場で映画に関わると、見え方が全然違ってくるんです。良い意味で客観的になれるというか。そうすると、台本の読み方も変わるんですよね。『今まで俺は俳優部としての台本の読み方しか知らなかったんだなあ』って感じられましたし、他の部署の目線での読み方を知ったとき、純粋に面白かったんです。


少し傲慢な言い方かもしれませんが、俳優部として読むときは自分に与えられた役をどうするかが最優先なんです。自分の中での気持ちの繋がりが全てだったりするので、いかに編集されようと自分の心の動きは自分にしか分からなかったりする。それを監督がどう撮ってくださるかだと思うので、一方的でも良かったりするんです。
ただ、違う部署から見たとき、この人がどういう気持ちなのかは決められないから、分からないものに対して自分なりの答えを探していく作業というのが面白い。考える力、ですよね。監督でも、プロデューサーでも、他の部署のことをもっと知りたくなりました。そして、映画に対するリスペクト感がどんどん増しています」
この1年ほど、若手俳優たちを取材していると、菅田が主演したドラマ「3年A組」の生徒役出身と顔を合わすことが何度となくあった。彼らが口にしていたのは、菅田の座長としての佇まいや現場での居方について、そして「いつか菅田さんのように…」という思いが伝わってくるような目の輝きも共通していた。下の世代からの眼差しは意識しているのか聞いてみた。

菅田「嬉しいですし、そういうつもりで接しています。でもそれは、僕が先輩たちにしてもらったことでもあるので。小栗(旬)さん、(綾野)剛くん、山田(孝之)さんといった先輩陣の背中を見てきて、不思議と言葉も入ってくるんです。
あの感覚は監督の言葉でも、親の言葉でもない。自分が歩もうとしている先にいる人の言葉って一番入ってくるんですよね。『3年A組』の生徒役の子たちにとって、そういう存在になれているのなら嬉しいし、それだけのことを言うには説得力をもって歩まなければいけない。

小栗さんなんて、こっちが殴り倒すくらいの気概で立ち向かっていって丁度いい先輩。共演するたびに『食ってやろう!』と思っていますし(笑)。カメラの前では平等というのがあって、そこは新人だろうがベテランだろうが関係ない。不思議なもので、1秒でもカメラの前で目が合うと、家族よりも親密な時間を過ごすことになるんです。どれだけ友だちと夜通し飲んで語り合ったとしても、それ以上に心が通じ合ってしまう。そういう環境で育ってきたので、いつでも『来いや!』という気持ちでいますよ」
最後に、本編にある「“義”とは正しい道を示すもの」という言葉に絡めて、俳優・菅田将暉にとっての「義」がどのようなものなのか問うてみた。

菅田「“義”かあ。今はまだ修行をしているような気持ちなんですよ。映画における“義”ということでいうと、今回のような作品では原作の田村先生の思いとお客さん繋ぐハブのような存在でありたいと思います。ちゃんと出口がふたつあるパイプみたいな部品になれたらな、といつも思っています」
下の世代からの突き上げを歓迎する頼もしさと共に、セリフを含めた社会の不寛容に心を痛める繊細さを併せ持つ菅田が、どのような30代を過ごしていくのか興味が尽きない。と同時に、菅田が想像もし得なかった作品や作り手と巡り合い、心を躍らせながら現場に臨んでいる姿が見られることを願って止まない。
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執筆者紹介

大塚史貴 (おおつか・ふみたか)
映画.com副編集長。1976年生まれ、神奈川県出身。出版社やハリウッドのエンタメ業界紙の日本版「Variety Japan」を経て、2009年から映画.com編集部に所属。規模の大小を問わず、数多くの邦画作品の撮影現場を取材し、日本映画プロフェッショナル大賞選考委員を務める。
Twitter:@com56362672
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