【「クエンティン・タランティーノ 映画に愛された男」評論】世界一映画を熱愛し、映画に愛されたキャラ立ち監督のユニークな肖像
2023年8月13日 16:00
世の中に映画好きは星の数ほどいるが、この男ほど映画を愛し、崇拝している人間はどこを探したって見つかるまい。クエンティン・タランティーノだ。
この映画はクエンティンがいかに映画を熱愛しているか、いかにクルーや俳優たちを、映画づくりを愛しているか、いかにリアルにこだわり、人生を捧げてエネルギッシュに撮影を行うか、その愛がどんなふうに伝染するか、ときにはどんなふうに常軌を逸するか、彼の映画がいかに特別か、などについて、バランスよく検証するドキュメンタリー。クエンティンという人間がやたらと面白いのだから、ドキュメンタリーも面白いに決まっている。
ただし、ここにはクエンティンの姿はあまり出てこない。本人が公認・協力しているのにインタビュー映像はなく、親しい仲間たちの証言と写真とメイキング映像、エピソードを再現するアニメーションで描かれるのみ。撮影現場で響き渡る「ハハハハハハハ!」という笑い声も、控えめなのがちょっと見られるだけ。
クエンティンをよく知る筆者としては「本人不在で彼の愛すべきキャラクターがちゃんと伝わるかな?」と思うところもある。いや、エピソードはどれも興味をそそられるのだ。クエンティン自身のあのエネルギッシュでハイテンションなトークを見聞きした人なら、容易に想像ができて楽しめるだろう。でももし「映画は知っているけれど本人は知らないな」というなら、ぜひYouTubeなどで本人映像を事前に見ておいてほしい。そうすれば、仲間たちが語り、代弁するクエンティン像がきっと頭のなかで生き生きと動きだす。その姿にエキサイトし、頬がゆるんでいるのに気がつくはずだ。
たった1時間40分で、うまくまとめたものだと思う。だが、食い足りないところも。デビュー作から8作目までのクエンティン作品をプロデュースしてきた「ハーベイ・ワインスタイン問題」。権力者の彼は長年にわたって女性たちへのセクハラをしまくっていた。クエンティンはそれを知りながら「何もしなかった」。なぜか。それは、彼がワインスタインにとって溺愛する息子のようなものだったからだ。編集段階で映画を切りまくり「ハーベイ・シザーハンズ」と恐れられたワインスタインがクエンティンにだけは甘く、編集も予算も好きなようにやらせていた。彼のおかげで映画界における自分の価値を確固たるものにできたと思っていたから、大きな犠牲も払った。クエンティンにとっては恩人であり父で、彼らは互いに恩義を感じ、依存していたのだ。ここを避けなかったのはフェアだが、もう少し検証がほしかった。
それでも、これが映画ファンにとってたまらない贈りものとなることは保証する。頭のなかで再生されたクエンティン像は、彼の映画を100倍も1000倍も面白がらせてくれるだろう。クエンティンほど作品にパーソナリティがクッキリと刻まれている映画作家はほかにいないのだから。
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