アメリカ人記者が見たオウム真理教、伝説のレンタルビデオ店……サンダンス映画祭で鑑賞した注目5作
2023年2月2日 15:00
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1978年からユタ州のパークシティで開催されている「サンダンス映画祭」。長年映画界を支えてきたロバート・レッドフォードが主催する同映画祭は、ジム・ジャームッシュ、スティーブン・ソダーバーグ、クエンティン・タランティーノ、ケビン・スミス、デイミアン・チャゼルといった数々の才能を発掘し続け、今年で開催45周年を迎えた。
昨年は、オミクロン株による感染者が増加したことで対面形式での開催とはならず、急遽オンラインでの実施となった。今年は、対面形式とオンラインでの開催が同時に行われる形に。オンラインで参加した筆者は、19作品を鑑賞することができた。その中から特に印象に残った作品を紹介していく。(取材・文/細木信宏 Nobuhiro Hosoki)
1995年、阪神・淡路大震災からわずか2カ月後、「地下鉄サリン事件」が日本だけでなく世界中を震撼させた。14人の死者、約6300人もの負傷者を出した前代未聞の事件……本作は、事件の首謀者・麻原彰晃(本名:松本智津夫)、彼が創設者となったオウム真理教を描いたドキュメンタリーだ。
ベースになっているのは、事件当時に日本に住み、オウム真理教を調査していたアンドリュー・マーシャル、デビッド・E・キャプランの著書「The Cult at the End of the World : The Incerible Story of Aum」。ベン・ブラウン、チアキ・ヤナギモトが共同監督を務めている。
劇中では、麻原が視覚障害を患っていた幼少期、薬事法違反で逮捕されていた過去、税制の優遇からヨガのインストラクターを始めるまでの経緯を紹介。その後、立ち上げた「オウム真理教」布教活動のため、アニメ、オカルト雑誌だけでなく、最終的にはダライ・ラマ14世に謁見した際の様子を宣伝に利用する姿や、信者と家族を引き離す非情なやり口など、これまでに「オウム真理教」を扱ってきた番組とそれほど変わらない部分はあるものの、当時日本に在住していたアメリカ人の記者の視点で描かれているという点が興味深い。
1989年の「坂本堤弁護士一家殺害事件」、1994年の「松本サリン事件」以降、「オウム真理教」に対して警察がずさんな捜査を行っていたという点を指摘。メディアの動きにも視点を移し、麻原だけでなく、信者の上祐史浩、村井秀夫らをテレビ出演させ、視聴率を稼ぐために“彼らの主張をそのまま放送していた”事実も浮き彫りにしている。
本編では、上祐史浩のロングインタビューが収められている。流暢な英語、落ち着いたトーンで言葉を交わす彼の姿には、過去に「ああ言えば上祐」と揶揄された饒舌ぶりはない。1990年、「オウム真理教」の武装化が開始され、上祐は生物化学兵器開発に関与。「亀戸異臭事件」に参加している。その後、「オウム真理教」のロシア支部長になった時、武装強化のために同地にいたと思われていたため、上祐は「地下鉄サリン事件」に全く関わっていないとされていた。そして、現在では麻原の教義を完全排除したとする新団体「ひかりの輪」を2007年に立ち上げたものの、我々一般人にはどこか喉にものが引っかかっているような、違和感を覚えざるを得ない。
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ニューヨークのイーストビレッジ、レアでカルト系の作品も数多く揃えていた伝説のレンタルビデオストア「Kim’s Video」が題材となったドキュメンタリー映画。創業者のヨンマン・キムは、かつてドライ・クリーニング店の片隅を利用してレンタルビデオを始めた。ニューヨークの映画ファンを唸らせるほどの在庫、風変わりな独特の映画を保有し、全盛期には6店舗に拡大。最大でビデオを5万5000本も所有し、ニューヨークの映画文化を支えるほどのビデオストアに成長していった。
ところが、このレンタルビデオ店は、多くの海賊版を販売していた。2005年には、FBIから摘発される。しかし、翌週には新たな海賊版を売り始めていたという“ツワモノ”のビデオ店だった。ストリーミングサービスが主流の世の中になり始めた2008年、キムは所有していた全コレクションを「傷をつけずに管理する」「Kim’s Videoの会員がいつでも歓迎される」ということを条件に、イタリア・シチリア島にあるサレミという場所に譲渡することを決意した。
当時、サレミでは大地震が起きた。その復興のため、映画文化を復活させる目的で、このコレクションが譲渡される形となったのだ。最初は目新しさからか現地のイタリア人がコレクションに興味を示していたが、徐々にデジタルの波に押され、結局サレミでの店舗も閉店しまう。
本作は「そのコレクションは、今どうなってしまったのか?」と疑問を抱いたデビッド・レッドモン&アシュリー・サビン共同監督が、イタリアのサレミを訪れたところから展開していく。彼らは、ほとんど英語が話せない現地の人々と連絡をとりながら、ようやくサレミの「Kim's Video」を訪れる。そして、ずさんに管理されたコレクションを見て驚愕するのだ。さらに、このコレクションが譲渡された時、サレミで市長を務めていた人物とマフィアの関わりが浮上。「このままではコレクション管理は改善されない」と悟ったレッドモン&サビンは、膨大なコレクションをアメリカに連れ戻すという救出作戦を実行する。
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アカデミー賞長編ドキュメンタリーにもノミネートされた「83歳のやさしいスパイ」のマイテ・アルベルディ監督の新作は、とある夫婦にカメラを向けた。25年間連れ添い、6年前に結婚。8年前には、夫のアルツハイマー病が発覚している……徐々に記憶が薄れていくなか、妻は夫との会話の中で、ともに過ごした輝かしい日々の記憶を取り戻そうとする……という内容だ。サンダンス映画祭ワールドシネマ長編ドキュメンタリー部門では大賞を受賞している。
主人公となる夫の名前は、アウグスト・ゴンゴラ。チリを長年制圧していたアウグスト・ピノチェット政権下において、テレビジャーナリストとして活躍し、人々に重要なストーリーを伝えてきた人物だ。薄れる記憶の中でも、今でも鮮明に残っているのが、ピノチェット政権下で失った同僚のこと。この回顧シーンが見事に描かれている。
アウグストを支えるのが、女優として活躍し、政治家として文化大臣も務めた妻のパウリナ・ウルティア。彼女は、日々の生活の中で、彼の体を洗ったり、服を着せたり、食事を食べさせるだけでなく、夫の記憶を呼び起こすため、優しい口調で毎日語りかけている。
ある時、レストランで食事をしている際、ショッキングな出来事が起こる。パウリアが、夫婦の最初のデートの記憶を呼び起こせさせるためにテストをするのだが、アウグストは記憶を呼び起こすことができなかった。それだけでなく、2人の間になぜ子どもができなかったのかということも忘れてしまっていた(アウグストにとっては、パウリナとは2度目の結婚。1度目の結婚で子どもがいたために、あえて授からなかった)。
アルツハイマーが悪化し、新型コロナウイルスの蔓延で外にも出られなくなる。テレビでは死者数が伝え続けられ、どこにも行けず、友人も訪れない。そんな環境下で、アウグストは徐々に自暴自棄になっていく。そんな夫を涙ながらに諭しながら、事情を説明するパウリナの姿に胸が打たれる。「記憶」という2人が過ごした宝のような時間が失われていくなかで、アルツハイマー病を扱った悲劇としてではなく、確かな愛として描いている点が魅力となっている。
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黒人女性A・V・ロックウェル監督の長編デビュー作で、今年のサンダンス映画祭のU.S長編ドラマ部門では審査員賞を獲得した話題作。舞台は、1990年代半ば。数々の問題を抱えて刑務所から出所してきたばかりの20代前半のイネズ(テヤナ・テイラー)は、シェルター(ホームレスの緊急宿泊施設)生活を続けていた。ある日、養護施設でいつもひとりぼっちだった6歳の少年テリー(アーロン・キングスレー・アデトーラ)を連れて帰ってきた彼女は、荒んだ生活から離れ、自ら改心して母親としてテリーを育てることを決意する。
だが、刑務所帰りのイネズはなかなか就職ができない。ようやく与えられた仕事も、数時間かけて通勤するようなものだった。イネズは、過去に付き合っていたモテ男・ラッキー(ウィリアム・キャットレット)が「テリーの父親である」と周囲に嘘をつき、彼に父親になってもらおうとする。しかし、気が強く、思ったことはすぐ口に出してしまう2人は喧嘩ばかりで、なかなか家族になることができない。
映画では、1993年から2005年までのテリーの成長期がとらえられており、6歳&13歳(エイベン・コートニー)、17歳(ジョシア・クロス)とそれぞれ別々の俳優が演じている。ニューヨーク市長がルドルフ・ジュリアーニだった頃、犯罪減少のため、警察がアフリカ系アメリカ人を呼び止め、所持品検査などを徹底的に行っていた。今作でも少年時代のテリーが急に警察に捕らえられ、所持品検査をさせられるシーンが描かれている。当時のハーレム付近の社会状況などがしっかり反映されているのだ。
やがてスマートに成長したテリーは、学校である事実を突きつけられ、その真実のために母親と対峙することに。90年代ニューヨークのハーレムでは、ドラッグの常習者の両親や片親に育てられた黒人の子どもたちが多く、これまでの映画ではそのような型にハマった黒人像がよく描かれてきた。一方、本作では黒人たちが日々抱えている問題を真摯に描き、シングルの黒人の母親が何とか生き残るために厳しい現実と向き合う姿を克明に描写している。特に、母親と息子が感情をむき出しにする終盤のやりとりは見どころと言えるだろう。
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テレビシリーズ「フアン家のアメリカ開拓記」「ワンダヴィジョン」など、アジア系アメリカ人俳優として注目されてきたランドール・パークの長編監督デビュー作。カリフォルニア州のバークレーに住むアジア系アメリカ人のベン(ジャスティン・H・ミン)は、ローカルの映画館でマネジャーをしながら、ガールフレンド・ミコと同棲していた。ある日、些細なことから口喧嘩になり、お互い少し距離を置くことを決める。ミコはインターンの仕事でニューヨークへ移住を決断。ベンはずっと望んでいたブロンドの白人女性との交際を始めるが、彼女からの批判的な言葉、決めつけの言葉が目立ち、うまくいかず。ようやく仲良くなった別の白人の彼女には、昔の交際相手とヨリを戻され、フラれてしまう始末だ。
そんなベンには、なんでも話せるレズビアンの友人アリスがいた。レズビアンであることを両親に隠しているアリスは、ベンに恋人のふりをさせて両親に合わせるが、祖父に見破られてしまう。そして、そんなアリスも新たな恋を求めてニューヨークに旅立ったことで、ベンもニューヨークに向かうことを決める。
ところが、ニューヨークに着いてみると、ミコがインターン先の会社にいない。あるファッションブランドの店を通りかかると、ミコがモデルとなった写真を見つけてしまう。さらに、そのファッション・デザイナーとミコの同棲が発覚する。いまだにミコが自分の恋人だと思っているベン。ファッション・デザイナーに怒りをぶつけるが、ミコは白人女性たちとの交際を把握していたようで“ベクトルが同じ方を向いていない”という理由で別れを告げる。
この旅路を通して、ベンは自身の難ある性格を見つめ直し、それを受け止めることで次に進むことを決断する。本来であれば、これほどクセのある主人公に共感を抱けないはず。しかし、終始ウィットに富んだ会話やジョークが繰り広げられているおかげか「こういう男、実際にいるよね」と思わせてくれる。そんな心地よい仕上がりになっているのだ。これだけアジア人が出演しているコメディ作品も珍しい。一見の価値がある。
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