巨匠と脳科学、ボディーアーマーを作った男の栄光と影……ドキュメンタリー映画の祭典「Doc NYC」注目作を紹介【NY発コラム】
2022年12月8日 07:00
ニューヨークで注目されている映画・ドラマとは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、日本未公開作品や良質な独立系映画を紹介していきます。
ニューヨークで開催されている「Doc NYC」は、世界中の優れた作品が一挙に鑑賞できるドキュメンタリー映画の祭典だ。13回目を迎えた今年は、世界各国から200以上の作品が集結。そのうち29作品がワールドプレミア、27作品がUSプレミア。ニューヨーク市内の映画館、IFC Center、SVAシアター、シネポリス・チェルシーなどで鑑賞できるだけでなく、オンライン鑑賞にも対応したハイブリッド開催となった。今回は、同映画祭で披露された5本の秀作を紹介しよう。
オープニングナイトを飾った作品で、ブラジル出身のビッグウェーブサーファー、マヤ・ガベイラに迫っている。彼女は、2020年にポルトガルのナザレで、73.5フィート(22.4メートル)の波に乗り、ギネスの世界記録を更新した世界を代表する女性サーファーだ。ブラジルのリオデジャネイロで生まれ、13歳からサーフィンを始めている。15歳でサーフィンの大会に参加。17歳でプロのサーファーになると、オーストラリアやハワイに住みながら、本格的にその才能を磨き始めた。
大きな波が打ち寄せるため“危険なサーフィンの場所”として知られる北カリフォルニアのマーヴェリック、ハワイのワイメアベイ、メキシコのトドス・サントスなどに挑戦。さまざまな賞を獲得して、女性サーファーとしての地位と名誉を手に入れた。ところが、2013年、ポルトガルのナザレでビッグウェーブにさらわれてしまう。溺死寸前だったが、サーフィンのパートナーであるカルロス・バールによって助けられ、すぐに病院に運ばれたことで奇跡的に助かっている。
トラウマを抱え、肉体的にもダメージを受けたマヤ。本作では、そんな彼女が再びポルトガルのナザレに戻り、ギネスの世界記録を樹立。その記録を更新していく過程を、ブラジルの緑の党の設立者のひとりである父フェルナンドを含めた家族のサポート、なかなか評価されない女性サーファーの葛藤とともに描いている。
カンボジアからミシガンの「Bad Axe(バッドアックス)」に移り住み、レストラン「Rachel’s Bar & Grill」を経営するチュン・シーヴと彼の家族を描いた作品。10代の時、カンボジアの大虐殺を目撃したチュンは、なんとかアメリカに逃れ、ミシガンの田舎町「Bad Axe」でドーナツ・ショップを開店。のちに大繁盛する「Rachel’s Bar & Grill」を経営し、アメリカンドリームを掴む。
映画では、新型コロナウイルスの影響で世界中がロックダウンになり、数カ月もの間レストランに客が入らず、テイクアウトのオーダーに頼ることになる様子を活写。ようやくレストランを開店できるようになっても、血圧が高く高齢のチュンは、会社勤めをしながらも週末に店を手伝う娘ジャクリンに心配される。レストランではマスク着用を義務付けるポリシーを掲げているが、「Bad Axe」は、トランプ支持者が多い場所。マスク着用を拒否するトランプ支持者の客と揉めたりすることも。さらに、ブラック・ライブズ・マターの支持をソーシャルメディアに載せ、ラリーに参加するジャクリンの行動も映し出していく。
大統領選になるたび、さまざまな州が「Red State(共和党支持者の多い州)」と「 Blue State(民主党支持者の多い州)」に分けられる。さまざまな人種が住み、異なる価値観を持った人々がいるアメリカの社会問題を、小さな田舎町の移民の家族を通して浮き彫りにしている。
舞台は、カリフォルニアのサクラメントにあるグラネット・ベイ・ハイスクール。ブロードウェイの舞台の夢を見ていた同スクールの教師カイル・ホームズ、音楽監督のデヴィッド・テイラー・ゴメスが、クラスの順位や大学受験の不安、生徒同士の付き合いに悩む高校生の心境を捉えたミュージカル「Ranked」を生徒たちと作り始める。スタジオでレコーディングを行い、その映像を基にブロードウェイ挑戦を目指すことになった。その様子をSNSで拡散すると、アメリカ国内のさまざまな演劇部が興味を示し始めた。
カイルとデヴィッドは、生徒と作り上げたミュージカルのレコーディング映像をライセンス化。同映像に興味を持ったアメリカ国内に住む高校生の演劇部にライセンス使用の許可を与えていく。その映像を基にそれぞれの学校の演劇部が舞台化を進めていくなかで、新型コロナウイルス蔓延によるロックダウンが生じ、学校の閉鎖、ブロードウェイの舞台も無期延期になってしまう。
心の拠りどころだった舞台、自分の思いをぶつけていた場所がなくなったことで頭を抱える生徒たち。だが、Zoomを通して、オンラインで表現をし始め、芸術の価値と生きる喜びを見出していく。学校や貧富の格差、人種の違いを感じながらも、前向きに目標へと向かう生徒たちが映し出されている。悩みに押しつぶされそうな学生、子供と上手くコミュニケーションがとれない方々にも見てもらいたい作品となっている。
ドイツの巨匠ヴェルナー・ヘルツォークが、コロンビア大学のラファエル・ユステと共に脳科学の研究者にインタビューを敢行。人工知能から視覚的な画像処理まで、人間の脳がもたらす機能を科学的な側面で探求した作品。脳の研究を続けるアメリカのワシントン州にあるアレン脳科学研究所クリストフ・コッホ教授によって明かされるのは、仮に事故や障害で話すことができなくなっても、脳の神経科学の調査を続けることで、コミュニケーションを図ることができるということ。
次にヘルツォークたちが出会ったのは、ロックフェラー大学のコリ・バーグマン博士とノーベル生理学・医学賞を収めたリチャード・アクセルの夫婦。嗅覚による脳の機能、音楽による人間の感情的な反応、過去の経験とのつながりを教わっている。ロデオ馬術師の家族を持つニューヨーク大学ジョセフ・ルドゥー博士(著書「エモーショナル・ブレインー情動の脳科学」)は、脳科学における感情を研究しており、恐怖に関する人間の対処法に触れている。
一方、スタンフォード大学で光遺伝学(光でタンパク質を制御する手法の総称)の第一人者として知られる教授カール・ダイセロスは、光遺伝学によって動物を攻撃的にしたり、お腹を空かせたり、眠くさせたりすることができると語る。ヘルツォークたちの取材は、教授や研究者に留まらない。1974年、ワールドトレードセンターのツインタワーの間を綱渡りして歩いたフィリップ・プティ、Siriを手がけたトム・グルーバーなどのインタビューも含まれているのだ。
もっとも多くの研究者に出会うものの、誰一人として人間の思考や意識に関しての“明確な答え”は持っていなかった。しかし、誰もが倫理的な問題に注意を払いながら、脳科学の研究をしている。そのことに驚かされ「脳には未知の部分がたくさんある」と改めて思い知らされた。
今年のサンダンス映画祭、東京国際映画祭にも出品された作品。ミシガン州のセントラル・レイクでボディーアーマー(防弾チェッキと並ぶ個人用防具。主に戦争において砲弾や爆弾が炸裂した際、飛散する破片への対応策として生まれた)の会社「セカンド・チャンス」を設立したリチャード・デイヴィスの栄光と影をとらえている。
ボディーアーマーの性能の良さを示すために、デイヴィスはこんな行動をとった。ボディーアーマーを着用した自分の腹に銃口を向け、撃ち抜いてみせる。銃弾はボディーアーマーを貫通しない……。デイヴィスはそんなクレイジーな行為に出るほど、目立ちたがり屋でド派手なパフォーマスを披露するのだ。
職を失った人々の多かった地元(=セントラル・レイク)を救ったデイヴィス。町の人口の8割が彼の会社に勤め、毎年、大きな花火大会も主催。信頼されている人物だったが、徐々に本性や性格があらわになっていく。
これまでケブラーを使用し、ボディーアーマーを作っていた「セカンド・チャンス」だったが、画期的な新素材ザイロンで製造をスタート。ザイロンは加水分解によって防弾能力が衰えるため、信頼を失い、経営は悪化。さらに「強盗に立ち向かった」というデイヴィスの武勇伝の記録が“まったく残っていない”ことが発覚したり、彼が経営する射撃場の流れ弾が高齢女性が住む家の窓に直撃。女性は心臓麻痺を起こしてしまうのだが、その責任を素行の悪い青年に被せようとしたりと、デイヴィスの正体が暴かれていく。
冒頭から映し出される“破天荒なデイヴィス”。「セカンド・チャンス」は、一時期純資産が5000万ドルはあるとされ、ボディーアーマーは警察、軍隊、元大統領のジョージ・W・ブッシュさえも着ていた(2005年、「セカンド・チャンス」はArmor Holdingsに買収されている)。
フォトギャラリー
関連ニュース
映画.com注目特集をチェック
マフィア、地方に左遷される NEW
【しかし…】一般市民と犯罪組織設立し大逆転!一転攻勢!王になる! イッキミ推奨の大絶品!
提供:Paramount+
外道の歌 NEW
【鑑賞は自己責任で】強姦、児童虐待殺人、一家洗脳殺人…地上波では絶対に流せない“狂刺激作”
提供:DMM TV
ロード・オブ・ザ・リング ローハンの戦い NEW
【全「ロード・オブ・ザ・リング」ファン必見の超重要作】あれもこれも登場…大満足の伝説的一作!
提供:ワーナー・ブラザース映画
ライオン・キング ムファサ
【全世界史上最高ヒット“エンタメの王”】この“超実写”は何がすごい? 魂揺さぶる究極映画体験!
提供:ディズニー
中毒性200%の特殊な“刺激”作
【人生の楽しみが一個、増えた】ほかでは絶対に味わえない“尖った映画”…期間限定で公開中
提供:ローソンエンタテインメント
【推しの子】 The Final Act
「ファンを失望させない?」製作者にガチ質問してきたら、想像以上の原作愛に圧倒された…
提供:東映
映画を500円で観る“裏ワザ”
【知って得する】「2000円は高い」というあなただけに…“超安くなる裏ワザ”こっそり教えます
提供:KDDI
モアナと伝説の海2
【モアナが歴代No.1の人が観てきた】神曲揃いで超刺さった!!超オススメだからぜひ、ぜひ観て!!
提供:ディズニー
関連コンテンツをチェック
シネマ映画.comで今すぐ見る
内容のあまりの過激さに世界各国で上映の際に多くのシーンがカット、ないしは上映そのものが禁止されるなど物議をかもしたセルビア製ゴアスリラー。元ポルノ男優のミロシュは、怪しげな大作ポルノ映画への出演を依頼され、高額なギャラにひかれて話を引き受ける。ある豪邸につれていかれ、そこに現れたビクミルと名乗る謎の男から「大金持ちのクライアントの嗜好を満たす芸術的なポルノ映画が撮りたい」と諭されたミロシュは、具体的な内容の説明も聞かぬうちに契約書にサインしてしまうが……。日本では2012年にノーカット版で劇場公開。2022年には4Kデジタルリマスター化&無修正の「4Kリマスター完全版」で公開。※本作品はHD画質での配信となります。予め、ご了承くださいませ。
父親と2人で過ごした夏休みを、20年後、その時の父親と同じ年齢になった娘の視点からつづり、当時は知らなかった父親の新たな一面を見いだしていく姿を描いたヒューマンドラマ。 11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地にやってきた。まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人は親密な時間を過ごす。20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらてゆく。 テレビドラマ「ノーマル・ピープル」でブレイクしたポール・メスカルが愛情深くも繊細な父親カラムを演じ、第95回アカデミー主演男優賞にノミネート。ソフィ役はオーディションで選ばれた新人フランキー・コリオ。監督・脚本はこれが長編デビューとなる、スコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。
ギリシャ・クレタ島のリゾート地を舞台に、10代の少女たちの友情や恋愛やセックスが絡み合う夏休みをいきいきと描いた青春ドラマ。 タラ、スカイ、エムの親友3人組は卒業旅行の締めくくりとして、パーティが盛んなクレタ島のリゾート地マリアへやって来る。3人の中で自分だけがバージンのタラはこの地で初体験を果たすべく焦りを募らせるが、スカイとエムはお節介な混乱を招いてばかり。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を、酒に酔ってひとりさまようタラ。やがて彼女はホテルの隣室の青年たちと出会い、思い出に残る夏の日々への期待を抱くが……。 主人公タラ役に、ドラマ「ヴァンパイア・アカデミー」のミア・マッケンナ=ブルース。「SCRAPPER スクラッパー」などの作品で撮影監督として活躍してきたモリー・マニング・ウォーカーが長編初監督・脚本を手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリをはじめ世界各地の映画祭で高く評価された。
「苦役列車」「まなみ100%」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじ監督が、突然体が入れ替わってしまった男女を主人公に、セックスもジェンダーも超えた恋の形をユーモラスにつづった奇想天外なラブストーリー。 39歳の小説家・辺見たかしと24歳の美容師・横澤サトミは、街で衝突して一緒に階段から転げ落ちたことをきっかけに、体が入れ替わってしまう。お互いになりきってそれぞれの生活を送り始める2人だったが、たかしの妻・由莉奈には別の男の影があり、レズビアンのサトミは同棲中の真紀から男の恋人ができたことを理由に別れを告げられる。たかしとサトミはお互いの人生を好転させるため、周囲の人々を巻き込みながら奮闘を続けるが……。 小説家たかしを小出恵介、たかしと体が入れ替わってしまう美容師サトミをグラビアアイドルの風吹ケイ、たかしの妻・由莉奈を新藤まなみ、たかしとサトミを見守るゲイのバー店主を田中幸太朗が演じた。
奔放な美少女に翻弄される男の姿をつづった谷崎潤一郎の長編小説「痴人の愛」を、現代に舞台を置き換えて主人公ふたりの性別を逆転させるなど大胆なアレンジを加えて映画化。 教師のなおみは、捨て猫のように道端に座り込んでいた青年ゆずるを放っておくことができず、広い家に引っ越して一緒に暮らし始める。ゆずるとの間に体の関係はなく、なおみは彼の成長を見守るだけのはずだった。しかし、ゆずるの自由奔放な行動に振り回されるうちに、その蠱惑的な魅力の虜になっていき……。 2022年の映画「鍵」でも谷崎作品のヒロインを務めた桝田幸希が主人公なおみ、「ロストサマー」「ブルーイマジン」の林裕太がゆずるを演じ、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」の碧木愛莉、「きのう生まれたわけじゃない」の守屋文雄が共演。「家政夫のミタゾノ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭が監督・脚本を担当。
文豪・谷崎潤一郎が同性愛や不倫に溺れる男女の破滅的な情愛を赤裸々につづった長編小説「卍」を、現代に舞台を置き換えて登場人物の性別を逆にするなど大胆なアレンジを加えて映画化。 画家になる夢を諦めきれず、サラリーマンを辞めて美術学校に通う園田。家庭では弁護士の妻・弥生が生計を支えていた。そんな中、園田は学校で見かけた美しい青年・光を目で追うようになり、デッサンのモデルとして自宅に招く。園田と光は自然に体を重ね、その後も逢瀬を繰り返していく。弥生からの誘いを断って光との情事に溺れる園田だったが、光には香織という婚約者がいることが発覚し……。 「クロガラス0」の中﨑絵梨奈が弥生役を体当たりで演じ、「ヘタな二人の恋の話」の鈴木志遠、「モダンかアナーキー」の門間航が共演。監督・脚本は「家政夫のミタゾノ」「孤独のグルメ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭。