黒沢清監督、クレール・ドゥニ監督作&最新フランス映画事情について「映画批評月間」セレクション担当者と対談
2022年10月15日 15:00
最新フランス映画を紹介する「第4回映画批評月間~フランス映画の現在をめぐって~」が開催中の渋谷ユーロスペースで10月14日、「愛と激しさをもって」(2022/クレール・ドゥニ監督)の上映後、黒沢清監督と今回のセレクションを担当したフランスの文化誌「レザンロキュプティーブル」の編集長ジャン=マルク・ラランヌ氏が対談した。
「愛と激しさをもって」は、第72回ベルリン国際映画祭最優秀監督賞を受賞。サラ(ジュリエット・ビノシュ)とジャン(バンサン・ランドン)は情熱的に愛し合うカップルだが、ある日、サラはかつての恋人フランソワ(グレゴワール・コラン)と偶然再会する。ジャンとフランソワは友人で、二人は新たに事業を起こすことに。恋人時代はサラにとって幸せとは言い難かった関係だったが、ジャンとの安定した生活とは異なるフランソワへのかつての想いが再燃し、三人の不協和音をスリリングなタッチで描く。
黒沢監督は「2度見ましたが、すごいなと。物語のレベルでいうと、前半はサスペンスのようでした。ジャンとフランソワ二人の関係の過去に何があったのか巧妙に表現されていて、サラはその不安に苛まれるような展開に見えて、実はひたすら自分の心の中の何かに葛藤していることが次第にわかる。サラはラジオのDJとして社会や世界の様々な状況を語り、ジャンの息子からはフランス社会を取り巻く状況にも触れるのに、サラは全くそれらと切りはなされて自分の心とずっと闘う姿が印象的で。こんな映画は見たことがない」と、ストーリーを要約しながら感想を語る。
さらに、本特集で上映中の「ブリュノ・レダル、ある殺人者の告白」(22/バンサン・ル・ポール監督)、「フランス」(21/ブリュノ・デュモン監督)も鑑賞し、「フランスをとりまく様々な社会状況がある中で、登場人物は心の中の何かと常に葛藤して戦い続けている」と共通点を挙げ、「こういったドラマが最近のフランスではより多くなってきたのでしょうか?」とラランヌ氏に質問を投げかける。
ラランヌ氏は、「自分の内面の悪や欲望、得体の知れない感情と葛藤するのは普遍的なテーマで、今回そういった映画を敢えて選んだのではなく、コロナ禍にまつわる様々な問題が浮上してきた時期に作られた映画、感染予防のための厳しい制約の中で、困難に立ち向かいながら撮られた映画や、公開できなくなってしまった映画を選びました。その結果、黒沢さんが見出した構造を持った作品が揃ったことは興味深く、この映画たちが存在した状況の難しさを反映しているかもしれません」と回答。
そして、この日の上映作「愛と激しさをもって」について、「黒沢さんのクレール・ドゥニの映画についての分析はおっしゃる通りで、さまざまな社会的な問題、白人至上主義的な考え方というテーマを描くと同時に、ドゥニ監督はコロナそのものも映画の中に取り込もうとした。その結果として、登場人物はマスクを着けています。フランスの社会の構造、そしてパンデミックという我々が囚われた両方の問題を目に見える形で描いており、その意味でこの映画は何かに囚われた映画であり、登場人物もまた何かに囚われています」と特徴を挙げる。
また、ドゥニ監督の強い作家性に触れ、「ファーストショットから彼女の映画であることがわかるような、クレール・ドゥニらしい映画である一方で、登場人物同士の暴力という今まで扱っていなかった分野を取り上げた作品。ジョン・カサベテスやモーリス・ピアラの作品のように、攻撃的な言葉に強い思いが置かれていて、言葉と身体を通じて自分から衝突するということを描いている。これは彼女映画の中で全く新しいこと」と解説。黒沢監督は本作で、カップルが世間から切り離され、幸せな時間を過ごしていた部屋の構造や在り方、第三者によってその脆さが露呈する演出と撮影方法が「特に印象的だった」と言い、「分析すればするほどすごい映画」とドゥニ監督の手腕を讃えた。
その後、パンデミックを経験した現在のフランス映画界の状況に話題は移り、ラランヌ氏は「パンデミックの影響でフランス人は映画館に行かなくなっている」と話す。とりわけ、今回の特集で選ばれたような芸術性の高い作品は中高年の映画ファンに支えられており、「その方たちが、映画館に戻ってきていない。ロックダウン中に配信で見ることに慣れたり、年齢的に感染を心配して映画館に行かなくなったのかも。『トップガン マーヴェリック』などの大作はコロナ前と同水準に戻っていますが、小規模の作家主義的な映画には観客の戻りが少なく、危機的な状況にある。映画というメディアがなくなってしまうことではなく、映画を芸術として見ることの危機に瀕している」と現状を憂う。
黒沢監督は、「フランスは大丈夫かと思っていましたが、危機的だと驚きました。でありながら、これだけの個性的で品質の高い、強烈な映画がたくさん作られているのはうれしいこと。興行成績とは関係なく、作る側は非常に意欲的に作っていると信じてもいいでしょうか」とコメント。
ラランヌ氏は「私は悲観的ではありません。最近独立系の製作者たちが連名でフランス映画の危機の現状を訴える共同文書を発表しました。その対応を政治に求めていくことが必要ですが、フランス映画は世界で最も公的権力によって芸術性を含め保護されていることが幸いなことです」と結んだ。
「第4回映画批評月間~フランス映画の現在をめぐって~」は、10月21日まで開催。
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