アフガン難民の青年の半生をアニメーションで描いたドキュメンタリー「FLEE フリー」監督に聞く制作裏話とアミンとの友情
2022年6月11日 08:00
第94回アカデミー賞で史上初めて国際長編映画賞、長編ドキュメンタリー賞、長編アニメーション賞の3部門ノミネートを果たし、各国の映画祭で高い評価を受けているデンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フランス合作映画「FLEE フリー」が公開された。本作は、登場人物の安全を守るためにアニメーションを採用し、20年の時を経て、亡命先のデンマークで祖国アフガニスタンからの脱出を語る青年の姿を描いたドキュメンタリー。自身も迫害から逃れるためにロシアを離れたユダヤ系移民であるヨナス・ポヘール・ラスムセン監督にオンラインインタビューを実施した。
アフガニスタンで生まれたアミンは幼い頃、父がタリバンに連行されたまま戻らず、残った家族とともに命がけで祖国を脱出した。やがて家族とも離ればなれになり、数年後、アミンはたったひとりでデンマークへと亡命。時は流れ、30代半ばとなった彼は研究者として成功をおさめ、恋人の男性と結婚を果たそうとしていた。しかし、彼には20年以上抱え続ける秘密があった。あまりに過酷な半生を、彼は親友である映画監督(ヨナス・ポヘール・ラスムセン監督)の前で、静かに語り始める。
デンマークの田舎の小さな村で出会いました。僕が15歳でアミンが16歳の時です。彼はひとりでアフガニスタンから来ていて、初めて見た時のことをよく覚えています。電車に乗っていて、彼は僕に気付いていなかったけど、僕は彼の存在に気付いたんです。彼はものすごくオシャレで目立っていて、イケてるな、クールだなと思いながら見ていました。田舎町だから、オシャレな格好をしてる人自体いないんですよ(笑)。そしたら彼は僕と同じ駅で降りて、驚きました。
住んでいたところも角を曲がったところぐらいのご近所さんでした。彼はデンマーク語をものすごいスピードで習得していき、高校が同じだったから毎日同じバス停から通い、すごく自然な形で友人になっていき、毎日色んな話をしました。例えば、音楽やファッション、映画の話もしました。10代が話すようなことを色々話したんです。そこから友情がはぐくまれていきました。毎週ジムにも一緒に通いました。僕はその頃腰が悪くて、アミンは筋肉を付けたいと思っていたようです。
僕としては彼のバックグラウンドに好奇心を持っていたので、一度聞いてみたこともあるんですが、彼は話したくないと。彼のその気持ちを尊重して、その後聞くということはしませんでした。
アミンがこのタイミングで話したのは、彼の中でも自分がオープンに話さなければならない必要性を感じていたというのもあったと思います。彼は、今の自分と過去の自分がうまく繋がっておらず、解離してしまっていることを苦しんでいました。人は、誰もが他者との親密な人間関係を大事にしたいと思っているだろうと思いますが、彼にはとても難しいことだったんです。秘密にしていることを暴かれるのが怖いと思い、それにより人間関係に距離ができてしまう。なぜ怖いと感じていたのかというと、彼が話した話が、それまで他の人に話してきた話ともし齟齬があったりすると、またしても移動させられたり、国外退去のようなことになりかねない……そういう危険性をはらんでいたから、彼は話すことができなかったんだと思います。
でも、彼も、他者と密接な人間関係を持たずにそのまま生きていくことはできないと感じていたから、話さなければという必要性を感じていたんだろうと思います。そして、アニメーションで作ることにより彼にとっても匿名性を得られることになり、「それだったら」ということもあったと思います。映画を作り始めた時にはすでに20年育んできた友情があったから、僕が彼の物語を作るということに安心してくれたというのもあるようです。
タイトルの「FLEE」とは、逃げる/逃避という意味もある言葉で、アフガニスタンからデンマークへの逃避行という意味があります。でも、それと同時にアミンがありのままの自分でいられず、そこから逃げているという意味としての「FLEE」とも取ることができる。だから、この映画もゲイであることと彼のたどった過去という2本柱のような感じになっていきました。
アミンのセクシュアリティはこの映画においてパズルの大きな部分でもありますが、映画を作り始めた頃は、それが大きな部分を占めることはないだろうと思っていました。というのも、彼が17歳の時にカミングアウトをしていて、僕にとってはそれが自然のことだったんです。でも色んな話をしていく中で、彼が過去に経験してきたことと、彼のセクシュアリティが合わせ鏡のように呼応していることに気付きました。それで彼のセクシュアリティについて描くことは、この映画の大きな部分を占めていくようになりました。
この映画は、彼が自分自身であるために、自身の過去とゲイであることが呼応するように描く形になっています。アミンというひとりの人間だけの物語ではなく、難民の物語をアニメーションにすることで普遍性を獲得することができ、世界のすべての難民についての物語として見せることができるのではないかというのもありました。
アミンは、完全にオープンに僕のことを信頼してくれました。自分をきちんと描いてくれること、出来上がった映画を観た時にこれが自分の物語であると感じられるような綴り方を僕がしてくれると、完全に信頼してくれたのです。でも、僕としては制作の道程に彼が一緒に参加することがとても大事だと思っていました。だから、おりおりに例えばテストを見てもらいながら進行していきました。例えば、兄とバレーボールをしているシーンを見てもらった時は、彼はディテールにすごく驚いていて、例えばカブールの街の窓に映るものまで記憶通りだったというのです。そして、そのシーンでは彼は青いジャンパーを着てるんですが、「持ってたよ!」と話してくれ、いかに自分の記憶とアニメーションで描かれているものが近いのかということに驚いていました。
もちろん、編集の間に事実と違うことがあれば言ってもらったし、ここはこうしてほしいということがあれば毎回感想やコメントを聞いていきました。だから彼は大きな意味でこの映画の制作に関わっています。最終的にこれは彼の物語ですしね。
出来上がった映画は、アミンとキャスパー(アミンのパートナー)と僕の3人で一番最初に観たんです。終わった後に少し沈黙があって、アミンは「これがいい映画かどうかは分からないけど、ものすごく感動した」と言ってくれました。心が動かされたのは、自分の物語だからそう感じたのか、いい映画だからそう感じたのかが分からないと。だからこそ、公開された時に、彼が観客の皆さんのリアクションを見るのはとても重要なことで、多くの人が共感できると言ってくれたことや素晴らしいという反応は、彼にとって大きなものだったようです。
アニメーションのスタイルを見つけていく過程が一番大変でした。スタイルが漫画っぽくなりすぎてしまったり、今のスタイルを見つけるまでにかなり試行錯誤があり、時間もかかりました。制作費を集めるのも大変で、そもそもノンフィクションというジャンルで多くの出資者を見つけることは難しいし、その説得のためにかなり長い時間がかかっています。この作り方が正しくかつ唯一のやり方であり、それができるんだと納得してもらうためにかなりの時間を要しました。だからこそ、僕にとってこの映画を作る経験が、ものすごく大きな形で報われた体験にもなりました。
僕はドキュメンタリー畑出身で、全てをひとりでやることが多かったので、多くの才能あるアーティスト達や、時には6、70人のグループと一緒に仕事をすることは、今までとは全く違った体験でもありました。チームと向き合い、彼らひとりひとりがこの映画としっかり向き合ってくれていることはすごく新鮮な経験で、大きな挑戦でもありました。
それから、通常のドキュメンタリーであれば映像を80時間とか撮って後で編集しながらストーリーを組み立てていきますが、今回はアニメーションだから編集を先にしなければなりませんでした。先に絵コンテや絵コンテ動画を作らなければなりませんでしたが、逆にそれが自由を与えてくれました。つまり、自分が撮影した映像の奴隷にならずに済む……つまり、もしアップの画が欲しいなと思えば、アニメーターさんにお願いすればそのシーンをアップから始めることができる訳です。だから、逆に何を表現したいのかを正確無比に表現することができて、それが自分にとって初めての体験で、すごく楽しいチャレンジでもありました。逆にアニメーションだからなんでもできるということに圧倒されて、それもひとつの挑戦だったと思います。
ふたりはサンダンス映画祭のプレミア前に参加することが決まり、英語吹き替え版を担当しています。最初に、セールスカンパニーから英語吹き替え版があるといいのではないかと提案がありました。その時はどうなんだろうとも思っていましたが、著名な俳優が英語のバージョンでアミンを担当してくれるのは、英語圏にとって重要なことなのかもしれないと思い直しました。
それでアミンを誰にやってもらうのがいいのかと考えた時に、すぐにリズが思い浮かびました。彼は普段からレプリゼンテーションのために活動をしているし、必要な繊細さも持ち合わせていると感じていました。ただ、彼をつかまえるのはかなり大変でしたね(笑)。ようやく彼と連絡を取ることができて、映画を観てもらったら本当に気に入って「僕もぜひ関わりたい」と言ってくれたんです。それ以降は、口コミや色んな形でサポートをしてくれて本当にありがたかったです。ニコライとはそれまで面識はなかったんですが、(指さしながら)あっちの方向に10キロぐらいのところに住んでるんですよ(笑)。
本作のプロデューサーが彼のエージェントをしていて、ニコライもUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)との仕事とか、Choose Love(世界中の難民に人道支援と支援を提供する非営利団体)をずっとサポートをしている人でもあるから、彼にも連絡を取りました。それで、僕と同じような目線を持っている人であることが分かりすごく自然な形で仲良くなれて、この映画をサポートしてもらうことになりました。
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