【「スティルウォーター」評論】喪失、無力感。言葉に出来ない“やるせなさ”をとらえた、繊細な描写が心に染みる
2022年1月16日 22:30

イリノイ州の物流倉庫を倒壊させた巨大竜巻の痕跡を見て茫然とするしかなかった。夜に人々を襲った自然の猛威は、瞬く間に街を薙ぎ倒し、昨日まであったはずの日常を無残に奪い去ってしまった。それは一瞬の出来事だけれど、多くの命を奪うだけではなく、生き残った者にとって容易に癒やすことはできない深い傷跡を残す。
「スティルウォーター」は、マット・デイモンが演じるブルーカラーの男が竜巻被災地で廃棄物を処理する場面で始まる。ドライブスルーで夕食を手に入れ、独り暮らしの家に戻ると「娘が健やかであることを」と祈りを捧げる。
父の祈り。マルセイユの大学に進学した娘アリソン(アビゲイル・ブレスリン)は、アラブ系女性と恋に落ち、同棲を始める。だが想いは報われない。大喧嘩の後、泥酔して帰宅すると彼女は何者かに殺されていた。アリソンは容疑者となり、後に殺人者の烙印を押される。それから5年、今も刑務所に収監されている。
「私は無実、この手紙を弁護士に渡して」と冤罪を訴える娘にとって、オクラホマの“スティルウォーター”から面会に現れた父は無視したい存在だ。読めないフランス語の手紙と娘からの不信、無力感を抱えてホテルに戻ったビルは、廊下でサッカーボールを手にした少女マヤ(リル・シャウバウ)とすれ違う。カードキーを持たされていない彼女もひとりぼっちだ。彼は「フロントに行って鍵をもらおう」と声をかける。
弁護士は当てにならない。探偵もらちがあかない。少女へのささやかな親切がきっかけとなり、言葉が通じない異国で最も頼りになるマヤの母ヴィルジニー(カミーユ・コッタン)と出会う。母娘のアパートに居候することになったビルは、解体作業の仕事を得て真相を追う。やがて、実の娘にすら与えることがなかった家族的な愛を感じ始めている自分に気づいていく。そんなある日、マヤを連れてサッカー観戦に出かけるのだが…。
2007年にイタリア留学中の米女学生がルームメイト殺害容疑で逮捕された実話にインスパイアされたトム・マッカーシー監督は、舞台をマルセイユに移して、人間の奥底にある闇に迫る。圧巻は、地元クラブチーム「オリンピックマルセイユ」のホームゲーム中に撮影された映像だ。6万7千人収容の巨大スタジアムが生み出す高揚感にサスペンスが交錯していく。そしてもうひとつ、喪失と無力感に苛まれながらも自分の正義を貫こうと奮闘した男の胸に去来する、言葉に出来ない“やるせなさ”をとらえた、撮影監督のマサノブ・タカヤナギによる繊細な描写が心に染みる。
(C)2021 Focus Features, LLC.
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