【ハリウッドコラムvol.314】アレック・ボールドウィン「Rust」撮影現場で死傷事件 スタッフの労働条件から原因を考える
2021年11月5日 13:30

ゴールデングローブ賞を主催するハリウッド外国人記者協会(HFPA)に所属する、米ロサンゼルス在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
俳優のアレック・ボールドウィンが新作「Rust(原題)」の撮影現場で小道具の銃を発砲させ、スタッフふたりを死傷させるという痛ましい事件が発生した。「小道具の銃」(prop gun)とは、単に小道具として使われる銃という意味なので、プラスチックやゴムなどで作られた玩具やレプリカから、本物に空砲を入れただけのものまですべての銃を含む。「Rust(原題)」は西部劇で、しかも低予算のインディペンデント映画だから、精巧なレプリカを製作するよりも、本物のほうが安上がりだと判断していた可能性が高い。
なぜ実弾が入っていたのかは謎だが、事件の前の週にも「Rust(原題)」の撮影現場では実弾が発砲される事件が発生し、身の危険を感じたカメラクルーたちが現場を去っていったという。その後、現場に残ることを選択した女性の撮影監督の命が奪われることになったのだ。
劇中で銃を扱う場合、Armorerと呼ばれる武器担当と助監督がそれぞれ安全確認をすることになっている。だが、この助監督は、2019年に関わった別の映画で銃の暴発事件を起こしてクビになった経験があるそうで、武器担当もまだ24歳で、この映画が2本目の仕事と経験が浅い。直接的にはこのふたりが「犯人」となりそうだが、これほどまでに危なっかしい人材を起用した製作陣のほうに問題がありそうだ。本作に関しては、ベテランの武器担当が最初にオファーを受けたものの、製作陣の安全意識の低さに危険を感じて辞退していたことを明かしている。
ハリウッド映画というと、高額の出演料や巨額の製作費で贅沢なイメージがある。だが、スタッフの待遇に関しては、実は階級が存在する。アバブ・ザ・ライン(above the line)と呼ばれる上層と、ビロー・ザ・ライン(below the line)という下層だ。かつて映画の予算表を作成する際、クリエイティブのタレントとそれ以外を、棒線で区切っていたことに起因する名称である。
たとえば、脚本家や監督、プロデューサー、主演俳優はアバブ・ザ・ラインである。彼らは作品作りにおけるクリエイティブ面の核であり、彼らの参加が決まってはじめて企画にゴーサインが下りる。
いったん製作準備がはじまると、撮影、美術、衣装からトラックの運転手まで、多くのスタッフが起用されることになる。彼らはみんなビロー・ザ・ラインに所属する。
アバブ・ザ・ラインの人々は、企画の立ち上げに不可欠な人材で、彼らが所属する組合やエージェンシーも力を持っているから、然るべき対価が支払われる。だが、ビロー・ザ・ラインの人々は違う。言葉は悪いが、取り替えが可能な労働者だから、低く抑えられてしまう。
たとえば、製作費3500万ドルの「シカゴ7裁判」は、企画開発が長年に及んだことや、有名プロデューサーの参加、豪華キャストのせいで、アバブ・ザ・ラインだけで1100万ドルもかかっている。つまり、実際の製作予算は2400万ドルしかなかったのだ。
さらに、映像製作は1日の労働時間が長い。ぼくもセット取材で何度も現場に足を運んでいるが、12時間から14時間は当たり前だ。日本のブラックな現場よりは待遇はましだけれど、アメリカの物価は高いから、厳しいことには変わりがない。さらに、最近はストリーミング勢の台頭で製作本数が急増していることから、ビロー・ザ・ラインの人たちが条件改善を求めるのも当然のことだ。

最近、IATSEが労使交渉に強気で臨んでいた背景には、こんな現状がある。IATSE(International Alliance of Theatrical Stage Employees, Moving Picture Technicians, Artists and Allied Crafts of the United States, Its Territories and Canada)とは、映像制作におけるビロー・ザ・ラインの人たちが所属する労働団体である。
Instagramに作成されたIATSE Stories(ia_stories)というアカウントには、会員たちが体験談をアップしている。
「子作りしようと思えないのは、パートナーが業界で働いているから」
「今日は予定より早く進んで10時間で家に帰れる、家族に会える、もしかしたらスポーツ観戦だってできるかも! そしたら奴らシーンを追加しやがった。しかも、短いシーンじゃない。勤勉のご褒美が、さらなる勤勉だとは!」
長時間労働によりワークライフバランスが崩壊していることを嘆くものが大半で、さらに、帰宅中に居眠りして交通事故死した同僚の話や、失業を恐れて勤務を続けた結果、がんの進行を早めてしまったという告白もある。
そんななか、今回の死傷事件が発生した。ハリウッドのビロー・ザ・ラインの人々の待遇改善が望まれるところだ。
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