【アジア映画コラム】中国における映画情報の発信について “SNS世代”へのアプローチに求められるものとは?
2021年9月11日 12:00
まずは、私が思わず首を傾げてしまったエピソードを紹介させていただきます。
ある日本映画が、海外の映画祭でワールドプレミア上映を行うことが決まりました。映画祭サイドは、その情報をオフィシャルとして発表。やがて、その発表を目にした日本の媒体Aが自社の海外向けSNS(映画祭が行われた国の言語で運営)を活用し、オフィシャルの情報を引用する形で報じました。ところが、ここで同作の日本国内配給会社Bから、媒体Aに対して「海外SNSに掲載された情報の取り下げ」の連絡が入ったんです。
媒体Aは、あくまでオフィシャルの情報だけを引用し、映画祭サイドにも「現地の言語を使用して、日本向けには報じず、海外向けのSNSのみで報じる」と確認をとっていました。しかし、配給会社Bは「日本の媒体は、海外向けのSNSであっても、日本国内向けに送付するリリースの解禁日時に合わせて、情報を報じてください」とのこと。海外向けのSNSに掲載された映画祭のオフィシャル情報は、結局取り下げられることになりました。
このコミュニケーションを知った時、私は強い違和感を感じてしまいました。
第32回のコラム「日本と異なる中国の映画宣伝を解説! 主流は共有型、『破圏』へと至った事例も紹介」では、中国における映画宣伝の“最前線”を紹介させていただきました。中国の映画宣伝でも、ニュースリリースはもちろん配布されます。しかし、同コラムでも記したように、情報流出を防ぐため、限定されたポータルサイト、公式SNSアカウント以外には送付していません。そもそも中国では、情報が解禁された後「すべてのユーザーが素材使える」状態。日時が指定された「一斉解禁」による効果は、あまり意識されていないんです。
私は映画ジャーナリストとして、中国の媒体で10年以上執筆活動を続けています。近年では、日本でも映画関連の記事を書いているのですが……やはり、日本国内の映画媒体は“ルール”に縛られていると実感しています。
今回は、中国ポータルサイトの元編集長2人(Y氏、H氏)の言葉を交えながら、話を進めていきましょう。
Y氏は、中国における外国映画の情報発信について、このように述べています。
Y氏「中国における外国映画の公開は、検閲、上映本数の制限などが影響して、色々な縛りが生じています。大抵の場合は、封切りの1カ月前、もしくは本当にギリギリのタイミングで“公開決定”が発表される。だからこそ、オフィシャルの宣伝が難しい。ですから、外国映画の情報に関しては、我々のチームが毎日海外の映画情報サイトをチェックし、中国国内での上映有無に関係なく、最新の映画情報を最速で報道できるような体制を整えていました」
中国国内で上映しないのに、報道する意味はあるのか――そんな疑問が生じることでしょう。今は「インターネットの時代」です。一度発信された情報は、世界各地に届きます。その情報に触れたことで、実際に現地へ鑑賞に訪れる人もいるはず。例えば、中国語で発信された日本映画の情報を見て、日本に住んでいる中国人が作品を鑑賞しに行く。こんなパターンだって考えられますよね。さらに言えば、中国語で発信された情報が話題となった場合、中国人バイヤーがライセンスを取得し、中国国内での上映へと結びつくなんてこともあり得ます。
日本映画の場合、中国の媒体に向けて、映画会社がニュースリリースを配布することはありません。日本映画の紹介は、中国媒体、もしくはSNSユ―ザーの“一方的な行為”によって成り立っています。そんな状況でも、日本映画への注目度はどんどん高まっていきました。媒体、SNSユーザーの持続的な紹介によって、中国の映画ファンは、常に日本映画の現状を把握しています。その結果、中国国内の映画祭における「日本映画の盛況」へとつながり、最終的に一般公開が決まることがあります。
日本映画だけではなく、世界各国の映画情報が、長期にわたって報道される。このことによって、中国の映画ファンは、世界の映画界の動向を常にチェックするという習慣ができました。グローバルな“映画コミュニケーション”と言えるでしょう。
さて、日本における情報の発信に視点を移しましょう。媒体Aと配給会社Bのコミュニケーションのなかで、「日本」という言葉が何度か登場しました。まず、言っておきたいのは「日本の映画が、海外の映画祭に参加する」という場合、日本国内だけに視野を向けていてもいいのだろうかということ。「映画が、映画祭に参加する」ということは、自国以外の人々とコミュニケーションをとる機会となります。主導するのは、あくまで映画祭サイド。彼らにとって、“日本国内の解禁時間”は関係ありません。映画祭が上映作品の発表を行った段階で、その情報は世界で“解禁”されたということになります。となると“日本国内の解禁時間”は、最早形骸化してしまっていると言えます。
メディアの役割とは、自ら情報を掴んでいくことだと思っています。しかし、解禁時間が設けられたリリースによって“縛り”が生じている。そもそもリリースをベースにし、解禁時間に一斉配信される情報に「ニュース性」はあるのでしょうか。媒体にとっても、どれほどのブランド効果があると言えるのでしょう。この状況が長く続けば、多くの媒体は“リリースを待つ”という体制となり、所属記者のモチベーションが下がっていく恐れがあります。このような状況は、改善していくべきだと考えています。
再び、中国へと視点を向けましょう。特筆すべきことがあります。それは、中国の映画情報サイトでは、既に「公式HP」が機能していないというもの。H氏が、その流れを説明してくれました。
H氏「2014年が大きな転換期になりました。我々のポータルサイトにとって、革命的な1年。その年、ポータルサイトの理念を中国に持ってきた会社の総合編集長が退職したんです。『時代が変わった』と実感しましたね。スマホの普及によって、PCの役割がどんどん変わっていきました。PCは情報をチェックする“場所”ではなくなったんです。SNSの『WEIBO』がスタートしてから、こんな日が来ると思っていました。今の若いユーザーたちは、公式HPのことなんて知らないと思います」
中国のSNSは、個人間のコミュニケーションだけでなく、情報の交流機能が非常に発達しています。だからこそ、映画情報サイトも、公式HPではなく、SNSの運営に注力することになりました。
Y氏「モバイル時代に入った後、情報解禁系のネタに関しては、最早記事にする必要がなくなりました。重要なポイントだけをまとめて、SNSに投稿すれば、記事化した場合に比べて、よりユーザーに届くと考えられているんです。今、多くのユーザーが長文を読まなくなっています。求められているのは『簡潔なもの』。その結果、公式HPが消えてしまったんです」
Y氏は、情報発信とユーザーの関係性についても言及してくれました。
Y氏「公式HPか、SNSか――形式にこだわる必要はないんです。重要なのは、ユーザーを満足させること。今の時代のユーザーは“SNS世代”です。わざわざ公式HPのURLを入力し、そこから情報をチェックすることはしません。ですから、8億人以上のユーザーを有する『WEIBO』において、自分たちの公式アカウントを活用し、情報を上手く発信していくことが大切なんです」
SNSは、従来のポータルサイトと比べ、より活発なコミュニケーションが可能です。同じ趣味趣向を持つ人々が、ひとつの場所に集まり、そこから“盛り上がり”を生み出すことができる。ポータルサイトの場合、大抵は情報を見ることだけで終わってしまいます。SNSは、簡単に交流できる“場所”を提供しているんです。
Y氏「SNSでのコミュニケーションは、ポータルサイトが主流の時代よりも、はるかに活発です。投稿する内容は、更なるコミュニケーションを生む“空気”を作らないといけないと思います。今は、誰でも発信ができる時代です。我々は、ポータルサイト時代のブランド力によって、多くのユーザーにフォローされています。しかし『投稿の内容が固い』もしくは『面白くない』場合、同じ内容でも、一般ユーザーに“負ける”ケースも少なくありません。SNS時代は“SNS文体”で勝負をしなければならないんです。これは自分たちのためでもあり、ユーザー、そして紹介する作品のためでもあります」
Y氏は、日本の映画情報サイトのSNS投稿について、こう指摘しています。
Y氏「日本の映画情報サイトのSNSアカウントを時々チェックしていますが、あまり有効活用できていない印象です。内容は“記事っぽい”ですし、投稿の大半が公式HPへの誘導ですよね。SNSで発信する意味があるのかどうか……。SNSはユーザーにインパクトを与えることが重要です。簡潔な投稿内容、簡単な説明付きの画像、動画だけを投稿するのもアリだと思います。細かく説明する必要はなく、むしろユーザーに解釈を任せる方が話題になると思っているんです。大切なのは、やはりコミュニケーションですね」
映画の宣伝と同様に、中国における媒体の形式は、時代の変化に応じて進化を続けています。SNSの勢力図も「WEIBO」「WeChat」の二強時代から、「RED」「Douyin」「Kuaishou」などの存在が際立つ時代へと突入しています。特に「Douyin」「Kuaishou」をはじめとしたショート動画アプリは、中国のSNS勢力図を塗り替える可能性があると言われています。今後、媒体はどのような“カタチ”になるべきなのか。非常に注目しています。
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