【「愛のくだらない」評論】“生きづらさ”を感じている人へ、今をどう生きるかを描いた群像劇
2021年8月29日 09:00

普通であれば“女性のキャリアと出産”の話にしてしまうところを、野本梢監督は、ひとりの30代の人間が失敗を繰り返しながらも成長していく話を軸に、独自の視点と角度から描いている。自身の体験を元にしているというが、その感覚は「愛のくだらない」というタイトルからも感じられるだろう。
これまで撮った長短編で野本監督は、親友への恋心を打ち明けられず悩むレズビアン女性、子育てを通して自身の葛藤と向き合う若い母親、年齢を重ねるごとに変化していく姉妹の関係、または人生の岐路に立たされた大学生の葛藤など、社会の片隅で追いやられてしまったり、他者との違いに思い悩んでいる人間などを、LGBTQやハラスメントといったテーマを交えながら、“生きづらさ”を感じている人々に光を当てて見つめてきた。
初期作品の「あたしがパンツを上げたなら」からはじまり、第24回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭レインボー・リール・コンペティショングランプリや第10回田辺・弁慶映画祭映画.com賞などを受賞した「私は渦の底から」、国内映画賞を受賞した「わたしが発芽する日」や「次は何に生まれましょうか」など、その独特なタイトルも野本監督の思考の特徴の一つだ。
「愛のくだらない」はテレビ局で働く30代の女性・景が主人公。仕事は多忙を極めるが上手く進まず、「結婚」や「出産」というものが差し迫ってくるなか、同棲する彼氏との関係は冷え込み、次第に周囲との関係もおかしくなり始めて追い詰められていく。そのもがき苦しみ、間違いを犯しながらも走り続けなければならない様は、「大人」として生きねばならない者ならば男女問わず共感するところがあるのではないだろうか。気づかぬうちにイライラしてしまい、他人にあたってしまう姿は見ていて身につまされる。野本作品で度々挿入されるトイレやお風呂場などの水や渦にのみ込まれるシーンは、息ができなくなってしまった主人公の精神や心情を表現していて印象的だ。
野本監督は景に寄り添いながらその心情を生々しく描き、主演の藤原麻希のリアルな演技がプラスされて、景の焦燥感やトゲトゲしさが痛いほど伝わってくる。また、景の彼氏や周囲の人物像もしっかりと描かれているので、群像劇としても見ることができ、それによってさらに景の葛藤が浮き上がってくる。野本監督作品の常連である長尾卓磨や橋本紗也加、根矢涼香、笠松七海らに加え、景の彼氏役のお笑いトリオ・ななめ45°の岡安章介や、手島実優らが脇を固め好演している。
本作には昨今の“炎上”というテーマも盛り込まれているが、より多様で複雑になった社会の中で、他者とどう向き合っていくか、自分の言動が周囲にどんな影響を与えているのかも問うている。結局それは自分に返ってくるもので、人生がむしゃらに走り続けることも大事だが、まわりの景色が見えなくなってきたことに気づけたら、一度立ち止まり深呼吸して、自分を見つめ直すことが大切なのだろう。見る人によって、どこにポイントを置いて見るかによって多様な捉え方ができる作品だ。
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