「生きろ 島田叡 戦中最後の沖縄県知事」キャスターから番組制作、そして映画へ 佐古忠彦監督が伝える知られざる戦中戦後史

2021年3月20日 08:00


佐古忠彦監督
佐古忠彦監督

太平洋戦争末期の沖縄県知事・島田叡にスポットを当て、知られざる沖縄戦中史を描いたドキュメンタリー「生きろ 島田叡 戦中最後の沖縄県知事」が3月20日から全国公開される。監督は、TBS「筑紫哲也NEWS23」などでキャスターを務め、初監督作「米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー」(17)で注目を集めた佐古忠彦。スポーツアナウンサーから局の看板キャスター、そして社会派ドキュメンタリーの制作へ。そのキャリアの転機と今作で伝えたかったことを佐古監督に聞いた。

1945年1月、大空襲で壊滅的な打撃を受けた沖縄の新知事として、内務省は当時大阪府の内政部長だった島田叡を任命する。本土に家族を残しひとり沖縄に降り立った島田は、大規模な疎開促進や、食糧不足解消に奔走するなど、様々な施策を断行。米軍の沖縄本島上陸後は、壕を移動しながら行政を続けた。県民が命を落としていく中、島田は軍部からの理不尽な要求と、行政官としての住民第一主義という信念の板挟みとなり、苦渋の選択を迫られる。「玉砕こそが美徳」とされた時代、人々に「生きろ」と言い続けた島田。関係者の証言を中心に、新たに発見された資料を交えながら、島田の生涯に迫る。

――TBSのキャスターとしてお茶の間でなじみ深い佐古さんが、「米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー」でドキュメンタリー映画を発表され、今作で3作目となります。もともと制作志望だったのでしょうか? 映画をつくられるようになったきっかけを教えてください。

子供の頃、将来の夢は新聞記者と言っていましたが、就職活動当時はアナウンサー志望でした。とにかく野球が好きで、選手の側にいけるような仕事がスポーツ記者やアナウンサーだったので、実況をやってみたい、と。まずはスポーツアナウンサーになりました。

そして最初の6年間はスポーツに携わりましたがその後、報道局に異動すると、阪神大震災やオウムの事件が起き、自ら現場に行くようになり、がらっと仕事の中身も生活も変わりました。そこから、朝や昼のニュース、そして当時の夜のゴールデンタイムのキャスターを1年経て、「筑紫哲也NEWS23」で10年筑紫哲也さんとご一緒しました。

「23」で特集番組を作る機会に恵まれ、その後も政治部の記者やデスクをやりながらも番組を作らせてもらえる環境があったので、主に沖縄を題材に作っていました。「23」では自分が取材して、持ち帰った素材を編集し、自分が出てリポートする、その形が充実していました。その後、出演者ではない自分は、目立たずにストイックにものを作りたいという気持ちになりました。ナレーションも、以前は自分で担当していましたが、そうじゃなかったな、とも思い今に至っています。2017年の3月にキャスター職を降りて、同時にそこから映画に携わることになりました。

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――戦争という負の歴史を伝えなければ、という思い、そして沖縄に対しての関心は、やはり筑紫さんとの出会いが大きかったのでしょうか?

子供の頃に原爆資料館に行ったことがきっかけで、その後も戦争関連の番組を見たり、本を読んだりして、戦争には興味を持っていましたが、沖縄のことやそこから今につながることは、30代以降ですが、やはり筑紫さんとの出会いで広がっていったと思います。筑紫さんはなぜ沖縄にいくのか、という話になるといつも「沖縄に行くと日本がよく見える」「この国の矛盾がたくさん詰まっている」ということを仰っていて。実際に自分も行くと、その通りだと思いました。今の基地問題をめぐっては、沖縄の人がまた反対している、というような見方が本土にある。では、なぜ、そういった温度差が生まれるのか? と考えると、戦後史への認識というものがすっぽり抜け落ちていると思ったのです。

そこで、カメジロー(元衆議院議員の瀬長亀次郎氏)を通して見たら、見え方が変わるのではないかと。今回は、その戦後史の原点。それは沖縄だけなく、日本の歴史です。そこにいかに思いを寄せられるか、視点を持てるか。この国に生きる者としてのありようを問われている気がしています。

「米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー」
「米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー」

――そして初監督作「米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー」で高い評価を受けました。どのような手ごたえを感じましたか?

映画は初めての経験でしたので不安でしたが、ただ、1年前の2016年に1時間の特集「米軍が最も恐れた男~あなたはカメジローを知っていますか?~」を作った時に、深夜のドキュメンタリーだったのですが、手紙やメールなどものすごい反響がきたのです。これまでにない経験でした。こんなに「カメジロー」って伝わるものなのか。と。それで「映画にしてみたら」と先輩が半分冗談で言っていたことが頭をよぎって、企画書を書いて。映画を作るなんて初めてのことでしたが、既に東海テレビさんがドキュメンタリーを映画にして、ブランド化されていたので、どうしたらああいう風にできるのだろう、追いかけたいと思う気持ちはありましたね。

そして「カメジロー」が公開されたら、沖縄で大行列ができて。あんなにお客さんに来ていただけるとは思いませんでしたが、それがきっかけで全国の皆さんに見ていただけた。手ごたえ、というか信じられない思いでした。映画を見てくださった方は、こういう作品を求めてくれていたのかなと、とてもうれしかったですね。「23」で筑紫さんから学ばせてもらったものが、ひとつひとつ積み上がっていった感じです。

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――今回題材にした島田叡氏の生涯を映画化した理由を教えてください。

2013年に放送された報道ドラマ「テレビ未来遺産“終戦”特別企画報道ドラマ『生きろ』~戦場に残した伝言~」で、緒方直人さんに島田叡を演じていただき、私はドキュメンタリーのパートを担当しました。しかし、ドキュメンタリーの分量は少なかったので、その時に収容しきれなかった証言がそのまま眠っていて、もったいな、という思いがありました。その後も沖縄戦に関する取材は続けていて、島田さんの生き方が私の中に残っていたので「カメジロー」を経験していたからこそ、島田さんをもう一度、ドキュメンタリーでやりたいと思ったのです。ただ、カメジローと違って、本人の資料が写真数枚しかなく、映像も音声もない。それをどう表現するのか、それが大きな課題でした。そこで、たくさんの証言者から、島田叡という人間像を浮き彫りにしてもらいました。そして、島田さんと大田實海軍司令官との繋がり、住民にとっての沖縄戦も見せたかったのです。

沖縄県平和祈念公園の摩文仁の丘にある「島守の塔」という慰霊塔にいくと、最初に「島田叡」と刻銘されています。沖縄で個人名で慰霊の対象となっている本土の人とはどういう人だろうか、というのが最初の疑問でしたが、元沖縄県知事の大田昌秀さんは「行政官として尊敬すべき本物の人物である」と、開口一番仰ったんです。島田さんは官僚として辞令を受け、軍とうまくやれと言われていた。その責務と住民を大事にしなければ、というはざまで相当苦しんだと思います。一方で、戦争を遂行する立場だったということで批判をする人もいます。その功罪も含めて提示し、英雄視や偶像化するのではなく、ひとりの人間を描きたいと思って作ったつもりです。

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――そして映画では日本軍と沖縄住民との関係も描かれています。戦争を知らない世代が増えているからこそ、このようなドキュメンタリーを残していかなければ、という使命感がおありになるのでしょうか。

本編にも出てきますが、「軍隊は住民を守らない」というのが沖縄の人たちが得た最大の教訓なんです。目の前で子供が銃殺されるところを見れば、そう思いますよね。そこは、絶対残していかなければならない証言だったと思います。でも、そんな日本兵ばかりだけではないことも確かです。「お前は生きろ」と、言える人もいて。よき父、よき青年が、戦場に行くと人が変わってしまう、というのが戦争でしょうし。そういったことを含めて、戦争が起きると何が起こるのか、ということは、証言をそのまま伝えなければいけないな、と思いました。牛島満司令官のお孫さんが、祖父がやったことが「沖縄守備隊ではなく、本土守備隊だった」と言うのが象徴的です。沖縄がどういった位置づけにされていたのか、そして、それって今もでは? と言いたくなる部分もある。決してあの時だけの話ではなく、現在につなげて考えると、また見え方も変わってくると思います。

私にとってドキュメンタリーの制作は、使命感というか、自分の役割として、絶対に残していかなければと思いますね。これから証言する方々も減っていき、最後の瞬間が近づいています。その言葉に耳を傾けることの大切さ、それを若い方にどう届けるか、というのが、これからの大きな課題です。いろんな表現方法がありますが、愚直にやるしかないと思っています。

――映画というフォーマットで世に出すことについてのこだわりをお聞かせください。

作るということとしては、番組も映画もそれほど変わりはないんです。編集機も場所も一緒なので。ただ、2時間という尺で見せられるということは、テレビではなかなか叶いません。お客さんに退屈せずに見ていただきたいので、音楽、最後の小椋佳さんの曲に至るまで物語を引っ張っていただきました。

映画というのは、やはりテレビとは違う広がりがあるように感じます。「カメジロー」では、作品そのものを育てていただけた。テレビでは作った後、送り出して、どんなふうに見てもらっているのかわからないんです。ご飯を食べながらでも、寝ながらでも見られますし、録画してそのままにしてしまうことだってある。でも映画は向き合いかたが違う。劇場に行けばお客さんがどんなふうに作品を見ているかが分かりますし、終わった後に感想も聞けます。歴史としてはテレビより古いメディアですが、インタラクティブで新しい可能性があるような気がして、作るときにすごく刺激を感じます。「カメジロー」とは違う挑みの作品でしたが、こういう挑みを続けられたらうれしいなと思います。

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――1945年に摩文仁の壕を出て消息を絶った島田さんのご遺体は見つかっていません。もし、島田さんが存命でしたら、どんなことを聞いてみたいですか?

大きな権力を前にして、信念をもって抗うことの、その時の気持ち。個として、何をなしたかに着目すべきだとずっと思っているのですが、島田さんはなぜ全体主義の中で、ああいうことができたのか。その背中を押したもの、踏み出せた理由は何だったのか。それを聞いてみたい。それって、すごく難しいことだと思いますし、今こそ私たちが問われていることだと思うんです。今とは比べようもない価値観と時代の中、それがなぜできたのか。それを考えることが、我々がどうあるべきかのヒントであるような気もします。

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