【「あの夜、マイアミで」評論】画面から溢れ出る、差別の歴史を果敢に生き抜いた同胞への愛とリスペクト
2021年2月28日 15:00

時代は1964年。舞台はかつて“グリーンブック”(黒人が宿泊可能な施設を掲載した旅行ガイド。映画でお馴染み)にも載ったマイアミのランドマーク・モーテル、ハンプトン・ハウス。黒人解放活動家のマルコムXが、世界ヘビー級タイトルマッチを終えたばかりの親友、カシアス・クレイ(マルコムの影響で後にモハメド・アリと改名)の勝利を祝おうと、同じく友人の歌手、サム・クックとアメリカン・フットボールのスター選手、ジム・ブラウンに招集をかける。登場人物は実在するが、設定は架空である。しかし、物語は示唆に満ち、今に繋がるリアルな感動を呼び起こすのだ。
男たちの祝宴はすぐに論争の場と化す。アメリカに住む黒人イスラム運動組織“ネーション・オブ・イスラム(NOI)”を率い、過激な方法で差別と闘うマルコムは、白人社会に迎合するような音楽に傾倒するクックが許せない。クックはそんな自分を少しも恥じてないと言い返す。ブラウンは黒人選手を使い捨てるフットボール界に別れを告げ、俳優デビューを模索している。そして、マルコムは急進的な活動家であり続けることに不安を感じていることを、静かに吐露し始める。
クレイがアリと改名し、ブラウンが新たなセックスシンボルとしてハリウッドで注目され始めた頃。自伝を書き上げたマルコムは、TVでボブ・ディランの“風に吹かれて”にインスパアされた公民権運動賛歌“ア・チェンジ・イズ・カム”を涙ながらに熱唱するクックに、笑顔で友情のサインを送る。マイアミでの口論は、決して無駄ではなかったのだ。同年の12月、クックがロサンゼルスのモーテルで射殺され、さらにその2ヶ月後、マルコムがNOIの信者たちによって暗殺されるという事実を重ね合わせると、たとえ架空とは言え、このTV越しのショットは切な過ぎて、胸が締め付けられるようだ。
アメリカの黒人史を各々の立場で刻んできた4人の男たちが体現する、不安と葛藤、差別への怒りとそこからの再起は、勿論、約半世紀前の昔話ではない。無残に分断された現在の、さらに、視界不良のアメリカ社会の未来を指し示す宿命的なテーマだ。本作が監督デビューのオスカー俳優、レジーナ・キングは、モーテル内のシーンで頻繁に肩越しショットを多用して、平面化しがちな構図に捻りを加え、鏡を使って狭いモーテルに広がりをもたらす等、様々なカメラワークを駆使して基になる舞台劇を映画的にアップデートしている。穏和なサム・クックにぴったりのレスリー・オドム・Jr.を筆頭に、俳優たちが奏でるアンサンブル効果も抜群だ。何よりも、差別の歴史を果敢に生き抜いた同胞への愛とリスペクトが画面から溢れ出て、その愛が観客をも優しく包み込むのだ。「これは黒人男性たちと彼らが経験したことへのラブレター」とは、監督自身のコメントである。
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