【「花束みたいな恋をした」評論】坂元裕二が奏でる、この街で暮らす「わたし」や「あなた」と地続きのラブストーリー
2021年1月31日 10:00

1980年代後半以降、エポックメイキングなテレビドラマを数多く手がけてきた名脚本家・坂元裕二が、舞台を映画に移し、純正ラブストーリーをオリジナルで書き下ろした。「花束みたいな恋をした」は、鑑賞後に五感すべてに負荷のかかる意欲作といえる。
坂元の名を一躍知らしめたのは、91年に社会現象となった「東京ラブストーリー」だが、これはもう別の時代の作品である。今作は2015~20年、山根麦(菅田将暉)と八谷絹(有村架純)という、どこにでもいる現代の大学生の21歳から26歳までを描いている。
東京・井の頭線の明大前駅で終電を逃した麦と絹が偶然出会い、恋に落ち、子どもでも大人でもない5年間を迷いながら歩んでいくふたりの姿は、どこまでもリアルだ。そのリアリティを助長するのが、坂元作品の特徴ともいえる固有名詞の数々、そして菅田と有村の真似ができないバランス感覚といえるのではないだろうか。
それにしても、今まで以上に固有名詞に溢れている。ふたりの距離を一気に縮める重要な役割を果たした押井守にいたっては本人役で出演しているし、その後も天竺鼠、ミイラ展、ジャックパーセル、今村夏子、ゴールデンカムイ、宝石の国など、書き出したらきりがない。
今作の脚本を読んでから本編を改めて鑑賞してみて感じるのは、坂元の脚本は役者が声に出してセリフとして発した瞬間、観る者に一番届くのだと実感させられる。固有名詞の波状攻撃を浴び、気持ち良くのみ込まれ身を任せていると、不意に忘却の彼方へ追いやっていた何十年も前の記憶がよみがえり、心が震えている…という体験をすることになる。
そればかりではない。坂元の著書「往復書簡 初恋と不倫」にある“村上龍”ネタは今作にも登場するし、坂元が個人的に大好きなんだろうと容易に想像がつくファミレス(今回はジョナサン)は、今作でも重要な場所として登場する。ロケーションのひとつひとつをとっても、何ひとつ“違和感”が紛れ込んでいないため、観る者にとっていつしか麦と絹は「わたし」であり「あなた」の物語となっていく。
そして巧妙に、どこまでも巧妙に、伏線が張り巡らされている。「トイレットペーパー」と「じゃんけんのルール」。このふたつの持つ意味合いが終盤、全く変わってくるのには驚きを禁じ得ない。
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