アマゾンの先住民文化を映す「彷徨える河」コロンビアの俊英シーロ・ゲーラ監督に聞く

2016年10月28日 17:00


コロンビアの俊英シーロ・ゲーラ
コロンビアの俊英シーロ・ゲーラ

[映画.com ニュース] 第88回アカデミー賞で外国語映画賞にノミネート、2015年カンヌ国際映画祭監督週間では最高賞を受賞したコロンビア映画「彷徨える河」が10月29日から公開する。俊英シーロ・ゲーラが、20世紀前半にアマゾンを訪れた白人探検家の手記にインスパイアされ、失われつつある先住民の文明をモノクロの美しい映像で先住民の視点から描き出した。アマゾンのジャングルで撮影を敢行したゲーラ監督が作品について語った。

シャーマンのカラマカテは、滅ぼされた部族の生き残りとしてアマゾン奥深くで孤独に過ごし、長い時の中で他者との接触を拒んできたために記憶や感情を失ってしまう。しかし、アメリカ人植物学者エバンが幻の植物ヤクルナを求めやってきたことから、エバンと共にカヌーでアマゾン深部へ漕ぎ出したカラマカテは、少しずつ記憶を取り戻していく。

本作製作のきっかけを「国土の半分を覆っているアマゾンには、コロンビアで生まれ育った私のような人間でさえも知らない、秘境といえる場所がいまだ残っている。そんなコロンビアのアマゾンについて知りたいという個人的な興味がきっかけだ。私は皆がその世界を理解することから背を向けているように感じるんだ」と語る。

「調べはじめてから気づいたことは、その世界を知る術が、欧米の探検家たちの視点からの情報しかなかったということだ。私たちの国についての情報を私たちに与えてきたのは、彼らだったんだ。そこで、主人公を白人ではなく先住民にし、先住民と探検家の出会いの物語を描きたいと思った。視点の変化によって、過去に幾度も語られてきたこの遭遇劇は、新しいものとして生まれ変わったんだ。私たちは、この物語を先住民たちの経験として偽りのないものにすると同時に、世界中の人々が共感してくれるものにしたいと思った」

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物語は、出会ったことがない2人の探検家の手記を基に、2つの時間軸によって語られている。「先住民は私たちとは異なる時間概念を持っているという考え方がある。彼らの時間の概念は、西洋のように直線的に流れるものではなく、連続する複数の世界が同時に存在するというものだ。それは『時間のない時間』『空間のない空間』と呼ばれている概念だ」と、このような語り口に辿り着いた過程を説明する。

「この概念が、探検家たちの物語と繋がると思ったんだ。昔の探検家の足跡を辿ってアマゾンにやってきた探検家が、昔の探検家が遭遇したのと同じ先住民に遭遇し、昔の探検家の存在が神話になっていることを知る。先住民にとっては、繰り返し訪れてくるのは、いつも同じ人間で同じ魂なんだ。一つの人生や一つの経験が、複数の人間の身体を通して生き続けているというアイデアはとても面白く、脚本の大いなる出発点になると思った。このアイデアが、先住民の概念に基づいた視点で物語を描きながらも、探検家たちと同じ概念をもつ観客とその物語を繋いでくれた。私たちは、探検家たちを通して、ゆっくりとカラマカテの世界観を理解できるんだ」

実際に先住民のコミュニティにかかわって撮影した。「彼らはとてもオープンで協力的だったよ。アマゾンの人々はとても温かく、愉快な人たちだ」とその印象を述べる。「彼らは長い間、外部の人間によって略奪されたり、傷つけられたりしてきたので、映画の目的を理解してもらうまでは警戒していた。しかし、私たちが脅威となる存在ではないとわかると、熱心に協力してくれた。彼らと一緒にプロジェクトを進めるのはとても幸せな気分だったよ。私たちはこの映画で、もはや存在しない、もしくは変わってしまったアマゾンの記憶を取り戻そうとしているんだ。カラマカテのような賢者やシャーマンはほぼ絶滅しているから、願わくば、この映画は人々の記憶の一部として残るようなものにしたい」

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「現代の先住民にも知識は継承されているけれど、文化や言語などほとんどのものが失われている。彼らの知識の継承方法は、伝統的に口承だった。個人的には、筆記で伝えることは、ある意味で彼らの自尊心を傷つけることなのかもしれないと感じた。彼らの知識は学校などで短期間に学べるものではなく、人生や自然の循環に深く根ざしているものなんだ。私たちができることといえば、その表面を称賛したり、ひっかいたりする程度で、巨大な壁のような存在だ。知識を習得するには長い間、先住民としての人生を生きるしかない。多くの人が、この作品を見て好奇心を刺激され、現代社会にとって極めて重要なこの知識を、学び、敬い、守っていきたいと思ってくれることを願うばかりだ。この知恵は、ある民族や古代文化だけに関係するものではなく、今日の私たちが抱えている多くの疑問に答えを与えてくれるものだ。自然を破壊せず最大限にその資源を活用するという人間と自然との共存だけではなく、人間同士の共存という問題にも答えを与えてくれる。この共存、調和こそが、現在の政治や社会のシステムからは得られない幸福に辿り着く道なんだ」

先住民の文化について知識を得たことで、ゲーラ監督自身「あらゆる面において、このプロジェクトを開始する前とは違う人間になった」という。

「大きな流れの中での泳ぎ方を学んで、新しい世界に出会った。岩、木、虫、風など、すべてのものに学ぶべきことがあるとわかった。そしてそこに幸福を見出すことができるということを知った。物事の見方が変わったんだ。資本主義社会で生まれ育った私たちにとって、生き方を変えるのは簡単なことではない。でも、異なる生き方と出会い、人間が心地よく感じる道というのは一つではない。他者の中に美しさを発見して敬うことの大切さに、改めて気づいたんだ」

彷徨える河」は10月29日から、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。

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