【佐々木俊尚コラム:ドキュメンタリーの時代】天空からの招待状
2015年1月11日 15:45
[映画.com ニュース] 台湾政府で建設事業の航空写真を20年にわたって撮り続けてきたという、異色の映画監督がつくった作品。台湾全土を空撮した映像が次々と展開し、山並みや海岸、田園といった美しい光景が紹介される。さらには自然破壊の恐ろしい実態も描かれ、文明への警告が語られる。しかし私が非常に興味深いと感じたのは、そうした環境問題的ストーリーではなく「空撮のみのドキュメンタリ」という手法そのものだった。
かなり凝った空撮映像だ。単に上空から俯瞰するだけではなく、鉄塔や高層ビルなどを斜めや真横からなめるようにパンしていき、時には小型無人ドローンぐらいの低空飛行にまで下りて、海での漁のようすや遊んでいる子供たちの動きの細部まで入りこんでいく。さすがに表情まではわからないけれど、逆に表情を描かず、彼らの身体のさまざまな所作だけを俯瞰して見ることによって、人間の「生」を別の角度から照射して見せられているような感覚をいだく。
自然も同様だ。さまざまな角度から森や海や川を撮影し、ときにそれは模様のようにも見える。自然の美しさは至近距離で感じる肌触りや空気感だけにあるのではなく、樹木や水や繁茂する草や岩石、砂原などの要素が、モザイクのように組み立てられた構成美にもあるのだということをあらためて気づかされる。
間近に見ているだけでは気づかないさまざまな自然破壊も。海岸の消波ブロックは、波打ち際を歩いて見ているときには「ああテトラポッドがあるね」という淡い感想しか思いつかないけれど、俯瞰した映像で遠くまで延々と消波ブロックが続いているのを見せつけられれば、「海辺の景観がこれほどまでに損なわれているとは」という衝撃を観客に与えることができる。
これはデータジャーナリズムのアプローチに似ている。ジャーナリズムは人間にインタビューして人間を取材するものだ、というのは私が新聞記者だったころに先輩たちからさんざん教え込まれた原理原則だったが、しかし最近は「データを取材する」という新たな手法が登場している。政府や自治体、企業などが持っている大量の公開データが最近はたくさんあるので、こうしたデータを読み取るというやり方だ。データの多くは単なる数値の羅列で、それがエクセルの表みたいなかたちで配付されているだけなので、普通の人には読み取るのが難しい。これを専門的技能によって読み取り、さらにそれを図解などをフルに使ってわかりやすくまとめるのが、データジャーナリストの仕事。
人間のなまの肉声はもちろん大事だが、しかしそれだけでは気づかないこともある。データジャーナリズムは、人間の肉声とは別の次元に潜むさまざまな事実を切り出すことによって、より立体的に人間社会のリアルを映し出すことができる。
本作の空撮映像も同じだ。至近距離で見た人間や自然のアップ映像からは見えない美しさや残酷な事実を、より立体的に切り出すことができている。本作は人間の搭乗するヘリコプターから撮影されているが、最近は超小型の無人ドローンも普及してきている。ドローンによる撮影がもっと一般化して、独自の撮影技法なども確立してくると、この「空撮によって人間社会の生々しさを別角度から切り取る」という新たな手法も広がっていくだろう。
関連ニュース
映画.com注目特集をチェック
関連コンテンツをチェック
シネマ映画.comで今すぐ見る
第86回アカデミー作品賞受賞作。南部の農園に売られた黒人ソロモン・ノーサップが12年間の壮絶な奴隷生活をつづった伝記を、「SHAME シェイム」で注目を集めたスティーブ・マックイーン監督が映画化した人間ドラマ。1841年、奴隷制度が廃止される前のニューヨーク州サラトガ。自由証明書で認められた自由黒人で、白人の友人も多くいた黒人バイオリニストのソロモンは、愛する家族とともに幸せな生活を送っていたが、ある白人の裏切りによって拉致され、奴隷としてニューオーリンズの地へ売られてしまう。狂信的な選民主義者のエップスら白人たちの容赦ない差別と暴力に苦しめられながらも、ソロモンは決して尊厳を失うことはなかった。やがて12年の歳月が流れたある日、ソロモンは奴隷制度撤廃を唱えるカナダ人労働者バスと出会う。アカデミー賞では作品、監督ほか計9部門にノミネート。作品賞、助演女優賞、脚色賞の3部門を受賞した。
父親と2人で過ごした夏休みを、20年後、その時の父親と同じ年齢になった娘の視点からつづり、当時は知らなかった父親の新たな一面を見いだしていく姿を描いたヒューマンドラマ。 11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地にやってきた。まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人は親密な時間を過ごす。20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらてゆく。 テレビドラマ「ノーマル・ピープル」でブレイクしたポール・メスカルが愛情深くも繊細な父親カラムを演じ、第95回アカデミー主演男優賞にノミネート。ソフィ役はオーディションで選ばれた新人フランキー・コリオ。監督・脚本はこれが長編デビューとなる、スコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。
ギリシャ・クレタ島のリゾート地を舞台に、10代の少女たちの友情や恋愛やセックスが絡み合う夏休みをいきいきと描いた青春ドラマ。 タラ、スカイ、エムの親友3人組は卒業旅行の締めくくりとして、パーティが盛んなクレタ島のリゾート地マリアへやって来る。3人の中で自分だけがバージンのタラはこの地で初体験を果たすべく焦りを募らせるが、スカイとエムはお節介な混乱を招いてばかり。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を、酒に酔ってひとりさまようタラ。やがて彼女はホテルの隣室の青年たちと出会い、思い出に残る夏の日々への期待を抱くが……。 主人公タラ役に、ドラマ「ヴァンパイア・アカデミー」のミア・マッケンナ=ブルース。「SCRAPPER スクラッパー」などの作品で撮影監督として活躍してきたモリー・マニング・ウォーカーが長編初監督・脚本を手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリをはじめ世界各地の映画祭で高く評価された。
「苦役列車」「まなみ100%」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじ監督が、突然体が入れ替わってしまった男女を主人公に、セックスもジェンダーも超えた恋の形をユーモラスにつづった奇想天外なラブストーリー。 39歳の小説家・辺見たかしと24歳の美容師・横澤サトミは、街で衝突して一緒に階段から転げ落ちたことをきっかけに、体が入れ替わってしまう。お互いになりきってそれぞれの生活を送り始める2人だったが、たかしの妻・由莉奈には別の男の影があり、レズビアンのサトミは同棲中の真紀から男の恋人ができたことを理由に別れを告げられる。たかしとサトミはお互いの人生を好転させるため、周囲の人々を巻き込みながら奮闘を続けるが……。 小説家たかしを小出恵介、たかしと体が入れ替わってしまう美容師サトミをグラビアアイドルの風吹ケイ、たかしの妻・由莉奈を新藤まなみ、たかしとサトミを見守るゲイのバー店主を田中幸太朗が演じた。
文豪・谷崎潤一郎が同性愛や不倫に溺れる男女の破滅的な情愛を赤裸々につづった長編小説「卍」を、現代に舞台を置き換えて登場人物の性別を逆にするなど大胆なアレンジを加えて映画化。 画家になる夢を諦めきれず、サラリーマンを辞めて美術学校に通う園田。家庭では弁護士の妻・弥生が生計を支えていた。そんな中、園田は学校で見かけた美しい青年・光を目で追うようになり、デッサンのモデルとして自宅に招く。園田と光は自然に体を重ね、その後も逢瀬を繰り返していく。弥生からの誘いを断って光との情事に溺れる園田だったが、光には香織という婚約者がいることが発覚し……。 「クロガラス0」の中﨑絵梨奈が弥生役を体当たりで演じ、「ヘタな二人の恋の話」の鈴木志遠、「モダンかアナーキー」の門間航が共演。監督・脚本は「家政夫のミタゾノ」「孤独のグルメ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭。
奔放な美少女に翻弄される男の姿をつづった谷崎潤一郎の長編小説「痴人の愛」を、現代に舞台を置き換えて主人公ふたりの性別を逆転させるなど大胆なアレンジを加えて映画化。 教師のなおみは、捨て猫のように道端に座り込んでいた青年ゆずるを放っておくことができず、広い家に引っ越して一緒に暮らし始める。ゆずるとの間に体の関係はなく、なおみは彼の成長を見守るだけのはずだった。しかし、ゆずるの自由奔放な行動に振り回されるうちに、その蠱惑的な魅力の虜になっていき……。 2022年の映画「鍵」でも谷崎作品のヒロインを務めた桝田幸希が主人公なおみ、「ロストサマー」「ブルーイマジン」の林裕太がゆずるを演じ、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」の碧木愛莉、「きのう生まれたわけじゃない」の守屋文雄が共演。「家政夫のミタゾノ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭が監督・脚本を担当。