ある閉ざされた雪の山荘でのレビュー・感想・評価
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救いのある軽いミステリー
東野圭吾原作の本格(風)ミステリー。
劇団×クローズドサークルとは、ミステリー好きの心をくすぐります。若手俳優8人はとても豪華。特に、森川葵の演技は、終盤だけにも関わらず印象深くて流石でした。(TVのバラエティ番組のイメージが強いですが、実はかなりの演技派ですよね。)一方で室内の場面ばかりだし、実は低予算映画かな。
東野圭吾は本当に色々なテイストのミステリーを描いているが、こういう軽いテイスト&救いのあるミステリーもまた彼らしい。
原作と違うラストでしたが、これはなかなか秀逸なアレンジだったと思う。そう言えば、どこか現実感の無いふわふわした雰囲気が序盤から終盤まで漂っていて、観客を惑わせるミステリアスな演出でしたね。
救いのある感動的なストーリーと見るか、全てがフェイクの劇中劇だったと見るか、全ては観客次第。
ご都合主義的な展開もありましたが、自分は素直に感動したし、映画として素晴らしいと感じました。
人により評価が分かれるのだろうとは思いますが、自分は満点を付けたいと思います。
ミステリエンターテイメント
原作を読んだ上で、3回観ました。
登場人物の性格や動機、山荘の造り等、原作と違う箇所は多々ありますが、映像作品に合う様に上手く作り替えられていると思います。
原作ファンの方がどのよう思われるかは分かりませんが、元々、感情移入する情緒的な書かれ方はされていないので、誰かに感情移入してストーリーに入り込むというより、曲者揃いの登場人物のやり取りや二転三転するストーリーを楽しむ映画だと感じました。
設定に無理がある、という意見もありますが、そもそも7人中4人が共犯(共演?)なのですから、残り3人が不自然に思わなければいいわけです。そして、彼らは役者。そして、これはオーディション。役を勝ち取りたい、降りたくないという精神的な縛りが想像以上にあるのだろうな、と思っていたので私は気になりませんでした。
狭い世界を生きる若者の青春ドラマでもあり、人間ドラマでもあり、ミステリでもある。面白かったです。
全てが舞台の上の演出だった、と考えられるのもいいですね。
舞台の上の演出だった、とするのが一番綺麗にまとまるとは思いますが、白黒付けずに観客の想像に任せられているのも良いです。
原作と違って、皆さん美男美女なのも観ていて眼福でした。
特に、主演の重岡大毅さんは普通の青年を演じさせたら素晴らしいです!いつか彼が犯人のミステリも観てみたいと思いました。
死人が多く出る本格サスペンス好きには向かないストーリーですが、私のように人が死ぬのが苦手なタイプにはとても面白い映画でした。
一度見て“つまらない”はもったいない作品
原作を読み、見に行きました。
一回目は原作の映像化に注目し、のちに舞台化したシーンは映画オリジナルとして付け加えられたな、くらいの感覚でした。ただ、“ネタバレ”と言われた三日間限定特典で雅美が車椅子ではないのを見て、もしかして最初から舞台(フィクション)を見せられていた?と気になり、二回目へ。発見があり、疑問も増え、そこを解消させるために三回目へ。という風に、見れば見るほどはまる作品です。
プロの仕事だわ。
トリックがどーした、こーしたってストーリーじゃないね。
才人の長所、短所、特徴に相性を正しく組み合わせて、勘違いされやすい人達の善性を前に押し出したラスト。
プロの仕事だわ~。
スッゴイ!
追記
相性がいいのにそりが合わなかったり
相性が合わないのに惹かれてしまう人だったり
相性がいいのに恋愛対象にならなかったり
相性がいいのに考え方が違ったり
相性関係なしにひたむきな才能に心惹かれたり
悪女に勘違いされやすい人、絶望していても本当は前向きな人、繊細すぎる人、本当に相性が悪い人がいる人達などなど勘違いされやすい人ばかり。原作未読なので元キャラは知りませんが原作にはカップルがいたとか?カップルになりそうな人達がいないのでオリジナルなのかな?だったら脚本家ってスゴイな~
これは?あれは?の多層思考に閉ざされることの面白さ
評価が真っ二つに分かれている
これこそ鑑賞者に解釈を委ねられた作品の醍醐味!
もうそれだけでゾクゾクする。
"さあ、お前はどっちだ?"と試されているよう。
原作読了後、3回鑑賞
観れば観るほど深みがでてくる本作
『サスペンスエンターテインメント』と銘打つ通り、原作へのリスペクトは忘れず、時代を合わせ映画というエンタメに手入れされている。
噛んで噛んで自分で思考することに面白さがある。噛むほど甘くなるお米のよう。
これって?あれって?自分の脳内で組み立てて、意味が生まれた瞬間の爽快感を味わう作品、かな。
事件が実際に起きたのか、すべてがフィクションで劇団水滸の舞台を観劇していたのか。
このわかりやすい結末を差し出さないところ、私はかなり好き。
絶望も希望も100/0なんてことないし。人間って人生って、そうじゃん?
そうすると人間劇としても面白い。
疑う余地、を残していること。受け取り方が自由だからこそ、賛否両論、もう一回観て確かめてみるかと思える。それが意図な気すらしてくる。
「アイマスクしたままバス降りれんのか?」「なんか臭い言い回しだな?」
これらの違和感もすべて、こんなの現実じゃありえん→わざとらしく浮きだたせている→やはりすべてフィクション?舞台演出?と解釈の余白を生んでいる。自然になじませず変なのと思わせることで層として浮き上がる。
二回観てほしい、という意味が分かる。
上澄みだけ掬って一回で面白くないと思うのは相当勿体ない。
観るたび、考えるたびに正解のない多層構造に迷い込み、
自分がどの階層に閉じ込められるか、が楽しい。
あと個人的には、今をときめく主役級俳優陣がこんなに揃って、サブキャストもなし、シンプルに演技合戦してるってだけで単純にワクワクした。拮抗してないと、この並列感は出ない。これだけ華のあるメンバーが質実剛健な作品作りしてるの、なんか、いいよね。このなんかいいよね、ってなんだかんだ一番強い気がする。みんな好きになったな。今後の活躍気にかけると思う。
原作からずっと引っかかっていた久我については、今回映画で重岡さんの演技を観て、この作品のピュアの部分を担っているんだな、と私の中では腹落ちした。彼が放っている言葉にできない空気、瑞々しさ、が、捨てきれない希望、人間の愚かさの底に消えない純真、みたいな説明できない部分。筋とかなんだとか思考パートでなく、感覚で腑に落ちた。彼の存在が作品自体の救いの光の一筋を担っているのかなと。これは感覚なので言語化がうまくできない。感じろ、のやつ。
映画を観終えた後も考える楽しみ、原作と反復する楽しみ、あれこれ言う楽しみがある。楽しいの持続性&キャストを好きになった→これらも加点して総合エンタメ評価として5☆
ラストの舞台裏でちょっと泣けた
推理物の映画って見た事が無くて、最初は戸惑った。目隠しして公共交通機関乗るとかリアリティ無さ過ぎだろ!とか。
原作未読で観る。ん〜、ストーリーは了解。最後普通に感動した。
別にそんなに斜めに見てこき下ろさなくてもいいじゃん。流れてくるレビュー読んでそう思う。映画ファンやらミステリーファンて大変だね〜。
映画観た後原作読んだけど、上手に現代に改変してたなと思う。あの原作のテイストだと人間関係ドロドロしすぎだし、青年群像劇にしてて良かった。
ちゃんと映画として楽しめた。
監督プロデューサーか誰かが「重岡大毅は受けの芝居が良い」って言ってて、受けの芝居ってどういうの?と思ったが、こういうことか。確かに。
もう一度観たい
原作未読で鑑賞しました。
あらすじ、設定、人物紹介等は把握して観たのですが、まずは俳優さん達の演技に嘘くささがあると成り立たないので、自然に見せつつ違和感みたいな物も感じるように演じられていて、単純にすごいな、と思いました。
途中違和感を感じつつ、起きた事柄に注視していたので、謎解きされた後に、その時の視線や動きはどうだったのか、を答え合わせしたくなりました。
密室の作り方も、本当に閉ざされている訳では無いのに、出る事が出来ない状況を作り出していて、そこから既に手中にあったのか、と単純に閉じ込めている密室とは違う面白さがありました。
ラストも、これは全てが演劇だったのか、現実に起こった事を舞台に落とし込んだのかを曖昧にしているようにも感じ、人によって違う感想を持つのだろうな、と思いました。
人同士の関係性が、事件の度に浮き彫りになったり変化したりするのも、もう一度観ると更に分かりやすく感じ取れそうです。
次は原作を読んでから、鑑賞する予定なので、更に違う視点で観られるかな、と思っています。
タイトルなし(ネタバレ)
原作にある「ここに恋愛感情がある」のような関係性はストーカー的な1か所しか残さなかったので、殺意までの説得力は少し減った気がする。あと共犯者の顔出しがあっさりとしていてなぜ登場できたのか説明があっても良いと思ったけれど。良いところが多い。令和の現代だからどこにでもカメラがあり、普通に盗聴器が買える。全部がメモや手紙だと違うかたちで犯人にたどり着いてしまう気もするから。俳優のレベルが主演級で揃っていて、あたりをつけることもできない。カメラと演出が巧妙でにおわせと惑わせがゴロゴロしている。ラストが特に秀逸で、水滸と比べてあか抜けない主演はこのために呼ばれたんだろうなと思った。エンドロールまで聴いているとひときわ感情を揺さぶる歌声が聞こえるのだがそれがその主演重岡さんだという。とんだ役者だった。
主題歌の歌詞の通り…
気になるところはいくつかあったけど主演の重岡さんの演技がめちゃくちゃ好きだったな…特に貴子を部屋に入れて2人で話したあとの、目の奥の感情が上手く読み取れなかったけど、逆にそこで久我に対しての興味をひかれたな……。
でも結局あれは最初から最後まで久我が作り上げた演目なような気もするし、ただ部外者の役を演じていたのか…?主題歌の歌詞の「どこからどこまでフィクション?」とあるように、各々の解釈に委ねられてる結末もそれはそれで面白い。また観に行きます。
犯人を暴くミステリーではないが…
最初は芝居かと思って観ていると、途中から本当の殺人事件に?…えっ、ヒントが少なすぎて、それはないでしょと思っていると、ここから劇団員達のこれまでのストーリーが語られる。
犯人捜しのミステリーと思えばがっかりするかもだけれど、これは劇団員達の物語だったのか…と納得していたが、ラストでまたもやひっくり返される。
実は、これまでのもお芝居だったということ?
あの事故は現実だったのか、あれも芝居の中のお話なのか…
すっかり監督の思惑通りに踊らされましたが、観たあと、とても晴れ晴れとした気持ちになりました。
原作を読んで、もう一度見直してみたい作品です。
自分なりの考察(推理好きの方の意見も沢山みたい)
原作、パンフレット未読での考察。
あくまでも、ノンフィクションは麻倉雅美がオーディションをしている所を久我が客席から見ている所だけ。他は全部舞台。
オーディションの麻倉雅美のすごさに感化した久我は、麻倉雅美が主演となる脚本を作り上げた。それがある閉ざされた雪の山荘で。
だから、初っ端からの突っ込みたくなる場面は、舞台ならではなのかなと。リアルとしたい映画ならバスに他の客はいないの?目隠しで乗り込むのとかあり?とか突っ込みたくなるから。あくまでも舞台演出。
そして、私は実は田所と貴子も本田からタネ明かしをされていて、この2人には知らない程で演じろと言っていたのではないかと(死体はないのに井戸での2人の大袈裟な演技、スムーズな部屋決め、最後に雨宮をぬいて3人で過ごしたのもこれなら納得できる)
つまりは、雅美を騙すための演技を残り全員でやっていた。もちろん、作った久我も。
これだと結構すんなりするかなと。
所々での間取りの映像、山荘の外観などの場面は、舞台でのセット切り替えを意味してるんだと考えた。BGMもついてまさにそれっぽい。
靴がキレイにされ、いなくなると同時にくつもなくなるのは、あくまでもアガサ・クリスティのそして誰もいなくなったにもかぶせ、見てる観客に今の現状をみせる久我なりの演出だったのではと。(だって、内容的にあまり関係なかったし)
本田と久我のハートができてた場面、山荘の外での雪山遭難場面、最後の嘘という字は…ということろは、観客に笑いを入れたい。ここも久我の演出だったのかなと。
結局、雅美の足は?の所は実際は怪我をしてない、と結論づけた。カーテンコール1度目はよくその役のまま挨拶にでる事も多いから。何より、公開初日3日間に配られたネタバレカード。あれ、麻倉雅美が他のメンバーと同様に椅子に座ってるのよ。しかも、肘掛なしの普通の椅子に、手は前に組んで、姿勢も良くて。下半身不随ならあんな座り方できないなず。
本田が久我にありがとうと言ったのは、いまいちピンとしてない。久我作の舞台が完成した事に対してのありがとうなのかなと。ただ、これじゃ軽いかな?ここが、スッキリしない点。
本当に何度もみたくなり、その都度、考察が更新されるスルメ映画。さすが東野圭吾作品と満点。こういうの大好き。
役者が役者を演じる、とよくプロモーションで言ってたけど、重岡大毅が久我を演じるということでなく、久我という役者が、さらに舞台で久我という演技をしたということかな。
あ~、推理好きの人の考察読み倒したい。
一層目と二層目の間でうろつく
このミステリーを楽しむポイントは、オーディションの仕込みなのか本当の事件なのか分からないところにある。
実際に、間宮祥太朗演じる本多がその多くを仕組んでいたのだから、オーディションとして先生が全てを仕組んだ可能性は常にあった(観ているコチラの感覚では、まあ事件だろうなとは思うわけだが)。
山荘にいたメンバーもオーディションなのか本当の事件なのか分からないから困惑し、とりあえず様子を見ようみたいな空気になるり、そこが面白い(実は久我と田所以外は知っていたので演技だったわけだが)。
先生から犯人をさがせと指示されているにもかかわらず、コイツら犯人探しほとんどしないなと思って観ていたけれど、田所と久我以外は違うことを考え「演じて」いたわけで、本多が仕組んだプロットに犯人探しのパートがなかったのだろうと想像できる。
つまり、犯人探しをしないというところが、観ている私たちに向けた謎解きのヒントだったわけだ。
付け加えるならば、本多は良い脚本家ではなかったということにもなり、久我にはその才能があるかも?と思わせられる。
主人公であり、この作品の探偵役でもある重岡大毅演じる久我が、謎解きの時に言った。三層構造であると。
その一層目と二層目の境で観ている私たちはウロウロすることになる。
そして三層目が、ミステリーのトリックと言える部分にあたる。
コイツら全員怪しいと気付ければ探偵役になれたかもしれない。
ラストにもう一つ、久我の言う三層構造とは、久我から見た場合のみであるところが面白い。
つまり、この作品を観ている私たちの目には、久我が謎解きをするという四層目が存在する。
更に、エンディングや、作中で野外の景色が変わるところから察するに、最初からラストで演じられる舞台を私たちは観ていた可能性が浮上する。五層目である。
五層もあった入れ子式の物語構成の中、一層目と二層目の間だけでほとんど楽しめてしまうのだから満足できないはずがなかった。
原作の改変が巧みだと感じた
Amazon Prime Videoで鑑賞。
原作は既読。
ストーリーや登場人物の設定(舞台俳優)が相まって、まるで舞台劇を観ているようだった。原作の改変が巧みだし、俯瞰した平面図で登場人物の動きを見せる手法も面白い。
肝心の謎解きシーンで、主人公がある人物を招き入れるのが腑に落ちなかったが、作劇上致し方無いことかもしれない。
原作には無いラスト・シーンが良かった。一瞬、蛇足でキレイごとじゃないかと感じたが、観ている内にみんなのその後を描いてくれたのが単純に嬉しいと云う想いが強くなった。
だが、観終わってしばらくしてから、このシーンさえも、もしかしたら仕掛けなのかもしれないと思い当たって戦慄。
ラストまでの出来事は劇中劇だったのか、それとも本当にあった出来事なのかが最後の最後で曖昧になる秀逸な展開だったと気づかされた時、映像化した本当の価値を知った。
ドキドキしないミステリー
原作を知らないから、楽しめたと思いたい。話の流れから犯人は、わかると思う。どんなトリックなのかは、ほぼ終盤までわからず。
死体がなくなるのはなぜなのか?井戸のシーンは、その中まで見せてほしかった。
ストーリーの流れは、きれいにまとまっていて、非常良かったと思う。
原作読んでみよう。
どんでんがえしです。
自分は単純な人間なので、面白かった。とてもです。何重にもトリックがしかけられていた、流石に東野圭吾です。角面々の演技が素晴らしいので、観客としてすっかりとハマってしまいました。最後はそーだったんだぁ・・・。納得。スッキリして帰りました。
予想外
面白かったです。
この人が犯人なんじゃない?って疑わしいような設定がたくさんあって頭を悩ましました。
ラストは本当に予想外で、最後まで楽しんで見ました。
こういう先が読めないストーリー好きです。
最終場面以外は面白かったです。
ミステリー初心者としては面白かったです。
主演の演技が不安でしたが始まれば気にすることなく見れました。
間宮祥太朗さんの演技が特に良かったです。首を絞め殺すシーンは見ててハラハラしました。
以下星を減らした理由
最終場面でかなりスポットが当たる方に感情移入しにくいです。急に出てきて急に語り始めたなぁと思いながら見てました。(ストーリーの都合上最後しか出れないし無下にも出来ないし仕方ないとは思います。)
主人公の言動の1つが明確に浮いてる気がします。伏線だと分かりやすくて少ししらけました。
金田一少年のオペラ座の怪人を思い出した
観ている最中は「人狼ゲームじゃん」と思っていたら、金田一少年の事件簿の初期の傑作オペラ座の怪人に似ているなと感じました。あのオペラ座の怪人のワクワク感があり、悲しげな音楽がマッチしていました。
1回の観賞では把握出来なかった疑問点が主に2つ出てきました。
・なぜ久我が雅美の居場所が分かったのか?
盗聴器が仕掛けてあったようですが、なぜ居場所が分かったのかな?
・犯人の殺害動機が薄いのではないか?
車椅子状態になった事故は突発的事故のような気がするけど、ノートの嫌がらせがあったとしても殺害まで企てるかな?
腑に落ちない部分はあったけど、東野圭吾の原作の中では、けっこう面白い作品だと思います。
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