「憎しみという“贈り物”」ぼくは君たちを憎まないことにした La Stradaさんの映画レビュー(感想・評価)
憎しみという“贈り物”
死者130人に及んだイスラム過激派による2015年11月パリの同時多発テロで35歳の妻を亡くした男性は、その知らせを受けて大きな悲嘆に暮れ混乱のさなかで犯人たちに向け「ぼくは君たちを憎まないことにした」とFacebookに書き込みました。それは忽ち爆発的に拡散され、大きな注目を集めました。そのメッセージは以下のようなものです。
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金曜の夜、君たちはぼくにとってかけがえのない人の命を奪った。彼女はぼくの最愛の妻であり、息子の母親だった。
だが、ぼくは君たちを憎まないことにした。
君たちが誰か知らないし、知りたくもない。君たちの魂は死んでいる。
君たちは、神の名において無差別に人を殺したが、もし神が自らの姿に似せて人間を作ったのだとしたら、妻の体に撃ち込まれた銃弾のひとつひとつが神の心の傷になっているだろう。
だから、決して君たちに憎しみという“贈り物”をあげることはない。
君たちの望み通りに怒りで応じることは、君たちと同じ無知に屈することになる。君たちは、ぼくが恐怖におののき、隣人に疑いの目を向け、安全のために自由を犠牲にすることを望んでいるのだろう。
だが君たちの負けだ。ぼくは変わらない。
今朝、妻に会った。何日も待ち続けた末に。
彼女は金曜の夜に家を出たときのままで、そして12年以上も前にぼくが恋に落ちたときと同じように美しかった。
もちろん、ぼくは悲しみに打ちのめされている。君たちの小さな勝利を認めよう。でもそれは長くは続かない。
妻はいつもぼくたちとともにあり、再びめぐり会うだろう。君たちが決してたどり着けない自由な魂の天国で。
ぼくと息子は2人になったが、世界中の軍隊よりも強い。そしてこれ以上、君たちのために割く時間はない。
昼寝から目覚めたメルヴィルのところに行かなければいけない。
彼は生後17ヵ月で、いつものようにおやつを食べて、いつものようにぼくと遊ぶ。そして幼い彼の人生が幸せで自由であり続けることが君たちを辱めるだろう。
君たちは、彼の憎しみを勝ち取ることもないのだから。
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本作は、この事件発生から妻の遺体との対面、葬儀・埋葬までの約2週間を描いた実話に基づく物語です。彼が憎しみを抱いていない筈はないと思うのですが、絶望と憎悪に呑み込まれない様にするにはこの言葉を紡ぐしかなかったのでしょう。
周囲からの同情や哀れみを素直に受け入れられぬ思いも正直に綴られ、この発信が注目を集めた結果、英雄や聖人の様に扱われる事への違和感も吐露されています。
僕がこの映画を観たのが、京都アニメーションへの放火犯人への地裁での死刑判決が下りた日でした。安易な類推は不謹慎かも知れませんが、理不尽な死(理不尽でない死があるのかどうか分かりませんが)が世界に満ち満ちている事に暗澹たる思いがしました。
本作の原作本が日本でも出版されています。こちらは本当に平易な言葉で淡々と綴られているが故に遣る瀬無さが一層心にしみました。