「存在のない人生」市子 sankouさんの映画レビュー(感想・評価)
存在のない人生
三年間の同棲生活を経て、義則は恋人の市子にプロポーズをする。
彼の差し出した婚姻届に思わず感極まって涙を流す市子。
しかしその翌日、市子は義則の前から姿を消した。
義則は刑事の後藤から市子という人物など存在しないと衝撃の事実を告げられる。
そして市子は山中で発見された白骨死体と何らかの関わりがあるのではないかと示唆される。
物語は市子の小学生時代に遡り、やがて様々な人間の証言を通して謎に包まれた彼女の人物像が浮かび上がってくる。
市子の境遇が明らかになるにつれて、彼女が背負わされた人生の重荷が観ているこちら側にもずしりとのしかかってくるようだ。
まず彼女が背負わされた重荷は彼女自身にはどうすることも出来ない。
複雑な事情から市子は、難病で寝たきりの妹の月子として生きることを余儀なくされる。
幼くして彼女は偽りの人生を歩まされてしまったのだ。
彼女の母親は男関係にもだらしがなく、市子は家庭でも辛い思いをさせられてきた。
そんな彼女が二つの大きな罪を犯してしまうのだが、人生を捻じ曲げられた彼女に他に選択肢はあったのだろうかと思わず考えさせられてしまった。
幸せを望むことも、夢を見ることも憚られるような壮絶な彼女の人生に胸が痛くなる。
そんな彼女を助けたいと願った男が二人いる。
まずは彼女にプロポーズをした義則、そして彼女の罪を消そうとした秀和だ。
しかし彼らの市子を助けたいという想いは本当に市子のためになっているのだろうか。
ただの彼らのエゴなのではないか。
その答えは物語が進むに連れてはっきりしてきたように思う。
彼女の罪を受け入れ、彼女を守りたいと願った秀和。
一方で義則はほとんど彼女の過去を知らずに生きてきた。
最初は秀和の想いの方が強いと思ったが、彼はずっと市子に見返りを求めていたように思う。
だから市子は共に罪を背負った彼の側を離れてしまったのだろう。
一方、義則は純粋に彼女を助けたいという想いだけで彼女の人生を追いかける旅に出る。
市子が彼の側を離れたのは、真実が明らかになることで二人の幸せが壊れることを恐れたからだろう。
市子に重荷を背負わせた母親のなつみが全ての元凶なのだが、彼女の人生もまた幸せからは程遠かったことが分かり、とてもやるせない気持ちになった。
なつみが市子を助けたいと船に乗り込む義則に頭を下げる場面がとても印象的だった。
この映画は観る者に想像する余地は与えるが、最後に明確な答えを出さない。
果たして市子と義則の人生が再び交わることはあるのだろうか。
二人が初めて出会う祭りの夜店の場面が微笑ましいだけに、悲しい余韻が残る作品だった。