「生命の重み」人間の境界 ありのさんの映画レビュー(感想・評価)
生命の重み
終始重苦しい内容なので観てて辛くなってしまったが、エンドクレジットで示されるように、ここで描かれている難民に対する非人道的な仕打ちは実際に今でも行われているという。遠い国日本に住んでいると、こういう事は中々分からないものである。そういう意味では、観て良かったと思える作品だった。
聞けば、ベラルーシはEU諸国を混乱させる目的で敢えて難民を集めて送り込んでいるらしい。一方のポーランド政府も不法入国する難民を受けれない方針を取っており、彼等を見つければベラルーシに追い返すことにしている。そもそも、ベラルーシはロシアの同盟国であり、ポーランドを含めた西側諸国からすれば敵対する国である。そんな国からの移民はそう簡単に受け入れられないという事情もあるのだろう。
こうしてシリアやアフガニスタンから逃れてやってきた難民は、まるで”物”のように扱われ、国境沿いで立ち往生することになってしまう。正に行くも地獄、戻るも地獄。彼らの安住の地はどこにもない。
映画は国境を越えようとする一組の難民家族、彼等を支援する活動家、国境警備隊員、夫々の立場でこの問題を多角的に捉えている。一つの偏った視線に寄らず包括的に描くことで、この問題の難しさを浮き彫りにしようとする試みが感じられた。
中でも、国境警備隊員ヤンの葛藤にはドラマとしての面白さが感じられた。彼は身重の妻と慎ましくも幸せな日々を送っている。しかし、日々の任務からストレスが積み重なり、徐々に精神的に疲弊していくようになる。そんな彼が終盤に採った選択は印象的だった。暗い物語の中にかすかな光明が感じられた。
また、難民支援の活動に身を投じる精神科医ユリアのエピソードも印象深い。自らの危険を顧みず、この問題に真っ向から立ち向かうのだが、その姿は実に健気で崇高だ。そして、そんな彼女の奮闘が実を結ぶ終盤の展開にも、かすかな希望の光が感じられた。
こうした終盤の展開は若干ヒロイックになった感は拭えないが、このあたりは”劇映画”たらんとする作り手側の”良心”だろう。現実を見せるだけであればドキュメンタリーで事足りるわけで、こうしたドラマ性が無ければ劇映画にする意味はない。
もう一つ、本作にはエピローグが登場してくるが、これを観るとここで描かれている物語が何とも皮肉的なものに思えた。命の重さに違いなど無いはずなのに、この差は一体何だろう?と考えさせられる。
監督、脚本はアグニェシュカ・ホランド。かつてはアンジェイ・ワイダの下で脚本などを書いていた作家なので、元々本作のような社会派的な眼差しを持った監督なのだろう。ワイダの「地下水道」のオマージュとも言うべき「ソハの地下水道」を製作して世界的な賞賛を受けたが、その時のヒューマニズムは本作のヤンとユリアの活躍に引き継がれているような気がした。
今回は手持ちカメラによるモノクロ撮影が貫かれ、まるでドキュメンタリーを観ているような生々しさが感じられた。終始重苦しいトーンが続き暗澹たる気持ちにさせられるが、同時に目を離せぬリアリズムも持っている。特に、主人公一家に対する容赦のない追い込み方など、エネルギッシュな演出が光っていた。