あの歌を憶えている : 特集
シングルマザーの主人公。同窓会から、ある男が無言で
家までつけてきた。しかも大雨のなか一晩中、部屋を
覗き込んでくる…しかし。やがて主人公は男に惹かれて
いく。彼は若年性認知症だった。【心揺さぶる感動作】
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まずは、本作のポスターをじっと見てみてください。どのような印象を抱くでしょうか。見つめ合う男女、柔らかな光が射す公園、そして「凍った心が溶けてゆく」というコピー。ハートウォーミングな作品をイメージされる方もいらっしゃると思います。
2月21日に公開される「あの歌を憶えている」は、確かに心あたたまる要素がありつつも、ポスターからは想像できないほど
主人公は、ポスター右の女性・シルヴィア。シングルマザーの彼女はある日、高校の同窓会に参加した帰り道、同窓会にいた男(ポスター左)に、自宅までつけられることに。大雨にも関わらず一晩中、家の前にいたその男・ソールはやがて、若年性認知症だということが明らかになります。
ストーキングで通報…まさかの出会いを果たした男女が
心の傷を癒し合う関係に 予想外の展開に引き込まれる
映画をたくさん観ていると、「このパターンね」と、良くも悪くも予想しがち。でも、映画を観続けていると、本作のように
●【心揺さぶる魅力①:予想外かつ感動的な物語】
忘れたい記憶を抱える女と、忘れたくない記憶を失っていく男が出会い…
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まずは、開始数分で引き込まれた物語について。
上述や予告編で映し出されている通り、シルヴィアとソールは
そしてシルヴィアは、当初は彼に恐怖を抱いていましたが、ひょんなことからソールを手助けすることになり、お互いを支え合うように、やがて惹かれていきます。
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シルヴィアが抱える過去とは? ふたりに何が起きるのか――?
大いに続きが気になる物語の先にあるのは、
●【心揺さぶる魅力②:絶品の演技】
名優ピーター・サースガードが“世界三大映画祭”で男優賞受賞 オスカー女優ジェシカ・チャステインが“どうしても演じたかった役”で、演技を超えた熱演
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豪華キャスト陣による熱演が、卓越した物語をどこまでも味わい深くしています。主演は、「女神の見えざる手」「355」「ヘルプ 心がつなぐストーリー」「ゼロ・ダーク・サーティ」など、ハリウッドのトップで活躍し続けるジェシカ・チャステイン。

Photo by Alessandra Benedetti - Corbis/Corbis via Getty Images
本作は何と、自身がアカデミー主演女優賞を受賞した「タミー・フェイの瞳」の直後に撮影されたそう。お世辞にも華やかとは言い難いシルヴィアの服装やメイクですが、チャステインが自ら衣装をそろえ、スタイリングも担当したというエピソードも合わせ、
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Photo by Ernesto Ruscio/Getty Images
「ニュースの天才」「17歳の肖像」などで知られる名優ピーター・サースガードは、
映画館で、親密な暗闇に包まれながら、
●【心揺さぶる魅力③:魂に響く音楽】
日々、記憶を失う男が唯一覚えている曲 あのジョン・レノンも影響を受けた名曲「青い影」が、“記憶から消えない”余韻を演出
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映画で印象的な音楽が使われていると、両者は分かちがたく結びつくものですが、本作にもまた、鑑賞後にずっと頭のなかで響くような音楽があり、
その音楽とは、ソールが唯一覚えている、亡き妻との思い出の楽曲――英ロックバンド「プロコル・ハルム」による、全世界で1000万枚以上を売り上げた大ヒット曲
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あのジョン・レノンが
>>記憶を失っても、心から消えなかった楽曲「青い影」を今すぐ聞く
【シルヴィアの過去にご注意を】なぜ彼女は自宅に大量
の鍵をかける?行動に注目→作品のテーマが深く伝わる
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ここまでの記述でお気付きかもしれませんが、物語の核は、
以下の彼女の行動に注目してみてください。すると、サスペンスフルな感覚がアクセントとなり、普通に観ているのとは異なる感情が芽生え、より強い満足感を得ながら作品に浸れるはず。
●シルヴィアの過去に何があったのか? やがてあなたは、驚がくの真実と、“本当の彼女”を目撃する…
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名優ふたりとともに、本作を撮り上げたのは、「或る終焉」「ニューオーダー」など、世界の映画祭で受賞を重ねる
がらりとイメージを変えた新境地ともいえる本作では、穏やかで美しいトーンを大事にしながらも、主戦場としてきたスリリングな演出も際立ちます。それによって、観客は最後まで緊張感と集中力を途切れさせることなく、物語にのめりこんでいきます。
果たして、その結末は――
【編集部レビュー】人と人の救い合う関係の尊さ、不思
議さ… リアルで甘くない“再生”がこの上なく力強い
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最後に、本編を鑑賞した映画.com編集部員である筆者のレビューをご紹介。
●ふたりは一見、「救い・救われる関係」だが、実は「救われ・救う関係」でもあった。記憶との向き合い方、人同士が救い合う尊さ・不思議さが印象的
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ソーシャルワーカーとして働くシルヴィアが、若年性認知症を抱えるソールの生活に寄り添う。ふたりは一見、
例えば、シルヴィアがソールと「青い影」に耳を傾けているときの、過去からしばし解放されているかのような穏やかな表情。そして、他者との交流を拒み、ソールとも距離を置こうとするも、抗えずに思いを確かめ合う横顔――。
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救うはずだったシルヴィアは確かに、ソールによって救われ、これまで他人との間に築いていた壁を壊そうとする。過去の出来事が原因で、人を信じられなくなった彼女にとって、
絶望のなかにあっても、人は誰かを救うことができるし、また、思いもよらない誰かに救われることもある。
●過去の影に引きずられても、記憶が失われても、それでも人生は続く 一生忘れられないラストシーンが、明日を生きる力をくれた
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筆者は本作を通して、
劇中にはシルヴィアが家事をしているシーンが多く、彼女が“家事=秩序のある生活”を通して、不安定な記憶や、不安定な自分をどうにか保とうと奮闘している、切実な思いが伝わってきます。そしてソールもまた、まだ手のなかに残された記憶や、自身を心配する姪っ子がくれた、名前や住所などが書かれたプレートをお守りに、日々を乗り越えていることが描かれます。
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ネタバレを避けるため詳しく書くことはできませんが、そうした日常描写も相まって、ふたりが迎える結末は、どこまでもリアル。
「あの歌を憶えている」。