「彼の作品を聞き込んでからもう一回観たい」マエストロ その音楽と愛と 山川夏子さんの映画レビュー(感想・評価)
彼の作品を聞き込んでからもう一回観たい
主役兼監督を務めたブラッドリー・クーパーさんが、しょっぱなからバーンスタイン本人にしか見えない!
若いころから老年期まで、一人で演じきって、なんの不自然さもなく、特に老年期のバーンスタインはドキュメンタリーを観てるような気分になってしまった。
また、バーンスタインの奥様のフェリシアを演じたキャリー・マクガンさんも、子供が3人いるのに、まさかの夫が結婚前、交際前からゲイだったという現実を静かに受け入れて、寂寞とした感情を抑えながら、凛として生きる大人の女性の品格を見事に表現されていました。感情をおしころした人を演じるのは演技の中でも難しいと聞いたことがあります。
なんとなくバーンスタインの方が主役の前提で最初は見ていたのですが、途中で移される彼女の美しい後ろ姿—―シルクの水色のワンピースを着て(西洋では水色は幸福な結婚を象徴する色だと聞いたことがあります)、すくっと伸びた背筋が凛々しくて、寂しげでもありセクシーでもあり、この映画の主役はバーンスタインではなく、フェシリア夫人の方だったんだなと後で気が付きました。
世界的指揮者で小澤征爾さんや佐渡裕さんがバーンスタインに弟子入りしていたそうですが、夢見心地で踊るように指揮をして、魔法使いのように美しい音楽を生み出す、バーンスタインさんのとけそうな笑顔にハートを射抜かれてしまいました。「音楽の神様に愛され、祝福された人」がバーンスタインで、奥様がどことなくさみしそうだったのは、彼は音楽の神様に選ばれた人だから、家族が彼を独占してはいけないずっと奥様はがまんしてたんじゃないかなと思いました。奥様は芸術家の彼を愛していたから、彼に自由に好きなことをさせて、自由を謳歌する彼の自由の中には、ゲイの恋人との逢瀬が含まれていたり、音楽に関することなら欲張りに何でも挑戦する、嫁の自分が彼にリミッターをかけてはならないという覚悟をして、彼の妻の役割を果たしたんだろうなと思いました。
ボヘミアンラプソティでも、女性と結婚しているフレディが実はゲイだったという衝撃の展開がありますが、こちらの作品では、衝撃的というよりは、天衣無縫に生きる夫の性的志向も、すべて神様が決めたことで、奥様は静かに受け入れるという、大人の女性の物語でした。この作品が悲劇にならずに、美しい家族の愛の物語が成就したのは、バーンスタインはバイセクシュアルで、奥様のことも本気で愛していた、という真実がきちんと描かれているからだと思いました。
日本でも江戸時代から同性愛の男性は意外に多くいたんだといわれていますが、結婚は子供を作るために男女間で行われて、夫婦は親友のような関係に変化して、恋人は別にいるという人も、実際は多くいたのかもしれません。この作品の中で鮮烈な印象を与えて心をゆさぶるのは、バーンスタインの「音楽」で、夫婦の問題はごくごく静かに穏やかに描かれています。
いい映画だなあと思いました。