劇場公開日 2024年3月29日

「「我は死なり、世界の破壊者なり」」オッペンハイマー かせさんさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0「我は死なり、世界の破壊者なり」

2025年1月1日
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鑑賞方法:VOD

監督脚本はクリストファー・ノーラン。
原爆開発者のオッペンハイマーの、フィクションをおり混ぜた伝記映画。

【ストーリー】
1954年。
アメリカを揺るがしたオッペンハイマー事件。
優秀な理論物理学者ロバート・オッペンハイマーによるソ連への情報提供疑惑。
そこで行われた聴聞会を軸に、オッペンハイマーの原爆開発にいたる半生を追う。
ユダヤ人として生まれた彼は、アインシュタインが発表した相対性理論を用いた新型爆弾の開発に、頭抜けたリーダーシップを発揮し、その優れた数学物理学能力すべてを注ぎこむ。

「我は死なり、世界の破壊者なり」
有名なトリニティ実験成功時の、オッペンハイマーの頭にひらめいたイメージとして知られている、ヒンドゥー叙事詩『バガヴァッド・ギーター』の一節と言われています。
ヒンドゥー語の原書で読んでたって言語力がまずすごすぎなんですが。

この映画を理解するためには、まずアメリカ核開発事業だった"マンハッタン計画"について、知っておいた方がよいかと思います。
マンハッタン計画は、1942年に発足した、新型爆弾の開発計画です。
アインシュタインが提唱した『相対性理論』は、原子核の質量が膨大なエネルギーに変換される可能性を示唆した、現代科学文明の基礎にもなった非常に重要な理論でした。
「相対性理論を応用すれば、人類の兵器最大の超破壊力を生みだせる」
核兵器とか熱核爆弾とか称される、現在においても最大の破壊力をもつ兵器群であることは、日本人なら誰でも知っているでしょう。
理論実践でドイツがリードしていた核開発を逆転すべく、ルーズベルト大統領が莫大な金を投じて国内の優秀な物理学者を片っぱしから集めて、ニューメキシコ州のロスアラモスってなーんにもない場所に開発関係者タウンを丸ごと建設した、超巨大プロジェクトです。
どれぐらい超巨大かっていうと、最終的な合計金額が、アメリカの年間国家予算を大幅に超えたというから、あぜんとしますね。
集められたメンバーも超豪華で、この作品の主人公となったオッペンハイマーをはじめ、化学準備室の気になるギミックNo. 1・ボーア模型のニールス・ボーア、フェルミ推定のエンリコ・フェルミ、今ぼくらが使っているノイマン型コンピュータのフォン・ノイマン(この方、超天才)、スペースシャトル・チャレンジャー爆発事故の調査にも加わった"ファインマン物理学"のリチャード・ファインマンなどなど、その後のスター科学者がずらりと顔をそろえています。
天才たちの頭脳をフル回転させて遂行された、人類初の核爆発・トリニティ実験が成功、その後ガンバレル型と爆縮型、二つの原爆がわが日本国内の民間人生活地域に投下されたのは、みなさんもご存じのとおりです。

戦後、マンハッタン計画にお金使いすぎたのが発覚して、他のなんやかや逆風もあってトルーマン失脚しかけたとか。
どうにか復活すると、マッカーシーって上院議員の、ウソ大げさ紛らわしい言説で政敵や気に入らない人をアカ認定しては排除する"マッカーシズム"を利用して「赤狩り(レッドパージ)」を推進、オッペンハイマーへの聴聞会に発展するって本編のストーリーにつながります。
その質疑応答からオッペンハイマーの半生をふり返るというストーリー構成。
物理学や量子力学よりも、他の研究者との関係構築を撮ったものなので、特段物理の知識は必要ないかなーと。
「法廷劇が撮りたかった」
というノーランの言葉どおり、オッペンハイマーと原子力委員会の長ルイス・ストローズの対立を軸にストーリーはサスペンスフルに進みます。
クライマックスにさしかかると、耳が痛いほどの音圧をかけてくるノーラン演出に、手に汗握らずにはいられません。
その後科学開発のポジションから失脚したオッペンハイマーと、フーバーの腹心として国務長官にまで上りつめたストローズ、二人の表情は事実やそれ以後の経緯とは真逆の印象です。
自死した元恋人・ジーン・タトロックにまつわる疑惑も、特に根拠があるわけではない模様。
対立役をできるだけダーティに、主人公をなるべく無垢に作るのは、感情移入しやすくするための作劇テクニックでしょう。
原爆被害者の映像が無いことについては、ごく個人的には、核開発に主眼をおいたこの映画には、無用に思えます。
その後核兵器開発は加熱しますが、実際には使われないまま、80年が経ちました。
その80年をどう捉えるかはそれぞれ一家言あると思います。
核に限らず、殺傷兵器に対する議論は今後もつづけられるべきだ、とも。

↓マンハッタン計画こぼれ話↓

さてさて、若手研究者として計画に参加したファインマン、1965年にノーベル物理学賞を受賞。
この方多才で、その後『ご冗談をファインマンさん』などなど科学エッセイ本を発売してはベストセラーにかがやく、物理学者らしからぬ文才を発揮してます。
マンハッタン計画の話も書かれていて、映画では道化役だったファインマン、実生活でも本当にイタズラばっかりする人だったようで、当時の研究仲間たちの書斎のデスクのナンバーキーを、勝手に突破してたそう。
ある夜お酒の席で得意満面、
「あのカギはカンタンに開けられるから変えた方がいい。ぼかぁチミたちのダイヤル番号全部知ってる」
なんてポロッと話しちゃったそうです。
以降同僚たちから
「ファインマンをデスクに近づけるな」
という対策を取られちゃった。
そりゃそうなるよね。
原爆開発については、作中のとおりお互いに話すなっていう指令が出ていたものの、優秀な頭脳集団だから、みんな解ってたそうです。
そりゃそうだよね。
メンツで判るよ。
量子力学と核物理学の専門家多すぎだよね。

原爆の破滅的なイメージには、ファインマンも悩まされていて、車を運転しながら今この瞬間ソ連の核がアメリカに撃ちこまれて、目の前すべてが蒸発して無くなるんじゃないかという幻視で動けなくなったりしてたようです。
軍人や政治家は研究者をナイーブと非難しがち。
でもその威力を正確に理解できるからこそ、自分たちが「世界の破壊者」となってしまう恐怖に怯えるのです。
理解しようよ。
特に政治家のみなさんは、戦争を語る場面においては、兵器の威力についてきちんと勉強してほしいです。

オッペンハイマーに「泣き虫科学者め!」と吐きすてたトルーマンですが、朝鮮戦争のさいには、国連軍司令官となったマッカーサー(日本人におなじみで、マッカーシーじゃないほう)が「核使おうよ。使って敵をやっつけちゃおうよ」と核使用を強硬に推してきたのを却下、解任しています。
水爆の開発も進めてはいますが、公民権運動を推し進めたのもこの人。
そこそこいい政治家なんですよ、内政の面では。赤狩りとかやらかしてますけど。
日本への核投下を許す気持ちにはなりませんが、守備一貫して核使用の決断を正当化しつづけたのは、政治家としては正しいんでしょう。

色々脱線しましたが、科学者を主人公にした伝記としても、法廷を舞台にしたサスペンスとしても、非常によくできた映画です。
日本人として、そして映画ファンとして、みんなに見てもらいたい3時間のフィルムでした。

かせさん
ratienさんのコメント
2025年1月14日

共感ありがとうございます。
このレビューで「オッペンハイマー」が、だいぶ理解できたような気がします。

ここで申し訳ないですが、「ランボー」等への共感ありがとうございます。そして、「ミステリと言う勿れ」へコメントありがとうございます。かせさんは、原作を読まれてるんですね。映画の感想もぜひ、お聴かせ願いたいものです。

ratien
マーマレードさんのコメント
2025年1月6日

共感ありがとうございます
この作品が公開されないか微妙だったという話ですが、公開されて良かったですね。

マーマレード
あすパパさんのコメント
2025年1月4日

共感とコメントいただきありがとうございます
またSF作品を観たいですね

あすパパ
りかさんのコメント
2025年1月4日

かせさんが大変賢く博識でおられるということがよくわかるレビューでした。

りか
KENZO一級建築士事務所さんのコメント
2025年1月3日

かせさんさんのレビューでは色々と教えて頂きました。
その原爆を落とした側の問題の一方、落とされた側としては、戦争を推進する立場の軍人が首相だったこともあり、終戦処理を怠った日本も問題でした。
諜報組織にいた者が大統領に座り他国を侵略する某大国も同様ですが、国の代表には、それなりに政治家らしい政治家を擁しておかないと大変な結果になるとの教訓を国民としては意識することが大切な気がします。

KENZO一級建築士事務所
ひでちゃぴんさんのコメント
2025年1月3日

かせさんさん、共感&コメントをありがとうございます!おっしゃる通り、敢えて日本側に立たずにアメリカとしての立場を貫いたのは、本作としては良かったんじゃないかなと思いました。

ひでちゃぴん
Mさんのコメント
2025年1月3日

ほんとにそう思いました。
実際の実験の映像でよかったように思いました。
それか、CGを使って、「怖い」と思われる映像にして欲しかったですね。

M