「核爆発に向けて進んでいくシーンの緊張感が凄かった」オッペンハイマー 60代の男ですさんの映画レビュー(感想・評価)
核爆発に向けて進んでいくシーンの緊張感が凄かった
〔60代男です〕
本作は劇映画の作り方を完全に理解している熟練者だけが作れる作品だ。
同じことを未熟な者がやろうとしても、こんなにうまく仕上がるもんじゃない。
普通どおり、たくさんのシーンのモンタージュで構成されていることに変わりはないのだが、現在時間の表示もせずに時間軸をたびたび前後させ、それでも観ている者に勘違いさせることもなく、バラバラに分断されている印象にもならず、BGМの力も借りて、3時間の上映時間全体を切れ目のない一つながりのものとして有機的な塊に仕上げることに成功していているのだ。
物語としての一本の道ではなく、オッペンハイマーという科学者の人生全体が、ひとつの印象として心に残るようになっている。
だから観終わっても、あのときこうしたらどうだった、とか、あのときこいつの正体を見抜けていたら、みたいなことは感じず、全体で大きな一つの印象だけを与える作品になっているのだ。
3時間にもなる大量の映像を、まったく混乱もなしに、これほどなめらかに一つながりに仕上げられるのは、並大抵の才能ではない。
おはなしは、第二次世界大戦中のアメリカ。
ドイツより先に原子爆弾を完成させることの重大性を意識する将校マット・デイモンは、主人公の優秀な物理学者オッペンハイマー/キリアン・マーフィを、原爆開発計画マンハッタン・プロジェクトのリーダーに抜擢する。
主人公は、優秀な物理学者とその家族を呼び寄せ、砂漠地帯ロスアラモスに原爆開発のためだけの厳重に管理された町を作り出し、原爆開発に没頭する。
そして史上初の核実験に成功し、その場にいた現場スタッフ一同と軍関係者は歓喜に包まれる。
その後、主人公は、自分が送り出した2つの完成品が広島と長崎に投下されたことをラジオのニュースで知る。
称賛を浴びて持ち上げられるが、恐ろしい兵器を生み出して実際に使用されたことが罪悪感として重くのしかかる。
政府も周囲の軍人も、次なる水素爆弾の開発に向けて動き始めたので、良心を持ってそれに反対する主人公は邪魔者あつかいされ始める。
世界的に注目された主人公に嫉妬と悪意を持つ、原子力委員会の議長ロバート・ダウニー・Jr.は、評価を地に堕とすための聴聞会をセッティングし、主人公の下で働いていたテラー博士を始めとする悪意ある科学者たちを証人に、主人公を危険な共産主義者で、最初からソ連のスパイだったというとんでもない容疑までかけて糾弾する。
この悲惨な後半は「ハドソン川の奇跡」「リチャード・ジュエル」のメインで描かれていた話とそっくりで、マイケル・ジャクソンもそうだったが、アメリカでは称賛される英雄がいると、それを悪意を持って破滅させようとする人たちが出てくるようだ。ひどい話。
主人公が非常に穏やかな人柄で、誰に対しても態度が紳士的すぎるため、彼に悪意ある人間の言動に対しては、代わりに妻エミリー・ブラントが腹を立てる言動で、観客が勘違いしないよう配慮されている。
腹立たしい人間が連続して出て来たあとに、良識ある発言をする人を出して溜飲を下げてくれるので、気分は暗くならない。
幸い主人公は破滅させられずに終わるものの、核開発は手の届かないところへ行ってしまうので、ハッピーエンドにはならない。
あとアメリカ映画では核爆発が出てきても、放射能による被害はいつも無視されるものだが、本作でも同様なのだけは残念な点。
ロスアラモスにだって被爆者はいたはずだ。
ここでの原爆は、あくまで超強力な爆弾、というだけにすぎない。
それと自殺してしまう愛人フローレンス・ピューを出すのは必要だったのか。彼女が全裸で出てくるシーンさえなければPG12の年齢制限もなくせただろうに。
主人公が仕事一筋の堅物ではなかったことを、浮気で描いておきたかったのかもしれないが、僕は不要に思えた。しかしこんな美人の物理学の教授なんているのか?
天才科学者ボーア役にケネス・ブラナー、トルーマン大統領役にゲーリー・オールドマン、アインシュタイン役にトム・コンティ、計画に参加した学者仲間でジョシュ・ハートネット、ほかに政府関係者にデイン・デハーン、ラミ・マレック、マシュー・モディーンほか。
聴聞会での原子力委員会側の弁護士ジェイソン・クラークが主人公をネチネチといたぶる腹立たしさは、役者が演技をしているということを忘れて憎しみを感じるほどだった。
ロバート・ダウニー・Jrも、これほどの嫌われ役は初めてだ。
のちに水爆を作りまくるテラー博士は、悪名高いキチ○イ博士として有名だが、それにふさわしい描かれ方をする。まあ、こういう人間だからキチ○イ博士と言われるんだろうが。