劇場公開日 2024年3月29日

「世界の恐怖に引火した男」オッペンハイマー 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5世界の恐怖に引火した男

2024年4月6日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

悲しい

怖い

知的

オッペンハイマーの原爆開発道程とその余波を、共産スパイ疑惑事件を交錯させて描くドラマ作。

傑作。
世界の在り方を変えてしまった現代のプロメテウス。その強迫的なまでの探求心と脆い理性。力を望む者の狡猾さと、世界の恐怖に“引火”したという後悔が、彼の心を擦り潰す。

* * *

星/雨/炎/硝子に重なる、極大化された光と波の幻想。量子力学に憑かれた男の圧倒的な脳内イメージ。ナチスが敗北してなお目的を挿げ替えて開発継続した最大の理由は、世界の破滅をも軽視するほどの科学への好奇心だろう。広島・長崎の犠牲を経てようやく自身の業に気付き、責め苛まれるももう遅い。「恐怖を理解すれば使わない」などという思惑も空しく、原水爆はリスクを十分理解しようともせぬ権力者共のパワーゲームの駒に加えられ、世界に引火した恐怖は今もなお焼き拡がり続ける。まるでオッペンハイマー達が試算した悪夢の如く。だからこそのあの言葉。

「我々は破壊した。」

* * *

原爆投下の描写については日本人としてやはり敏感にならざるを得ないが、“原爆をあくまでオッペンハイマーの視点で描く”との意図は鑑賞中にも理解できたし、広島・長崎の惨禍と為政者達の振舞いを見て水爆反対の立場に転じた彼を見て感じたのは、「開発者も米国も原水爆の誕生を喝采と共に迎えるべきでは無かった。この兵器は人の理解も及ばぬほどに破滅的且つ予測不能な代物だ」という激しい恐怖だ。
“戦勝スピーチ”の場面で心を引き裂かれた彼のビジョンは強烈だし、彼の憂慮とはかけ離れた卑小な嫉妬心や軍事的野心によって彼がいたずらに貶められる様を見れば、やはり原水爆は無知で欲にまみれた我々 人の手には余ると感じる外無い。

その点では、ストローズの敵愾心の根元たるアイソトープ輸出議論の場面はやや淡白過ぎて思えたし、広島・長崎の写真を目にする場面では主人公の視点としてはっきり写真を見せるべきだったとも思う。そこが本作に対する数少ない不満点。

<了>

補足:
2つの時間軸を激しく往き来する構成ゆえ難解と感じる方も多いようだが、各場面で語られるテーマに着目しながら話を追えば、テンポは早いものの実は比較的シンプルと思う。本作での時間軸の交錯・対比はあくまでテーマを際立たせる為の手法と気構えしておけば良い。
あとはそこまで複雑な予備知識は無くとも、第二次世界大戦(特にドイツと日本)のおおまかな時系列や、米ソ対立に端を発する共産主義者締め出し運動≒“赤狩り”について軽く知っていれば十分に付いていけるレベル。
登場人物が多くて混乱するとの声もあるようなので、そこは公式サイト等で軽く下調べしておくことをおすすめ。

浮遊きびなご