「プロメテウスの功罪」オッペンハイマー Moiさんの映画レビュー(感想・評価)
プロメテウスの功罪
感想
世界初の核兵器開発製造に中心人物として関わったロバート・オッペンハイマー、栄誉と挫折の物語。
科学史上の有名な登場人物が多く、複雑な人間関係であるが、理論物理学の大転換と新理論の台頭、第二次世界大戦末期に使用された原子爆弾開発製造と作戦での使用による世界終末の現実的出現可能性の葛藤と恐怖の心理を織り込み、オッペンハイマー個人の人間性をありのまま描写した物語で、興味深く観た。
2024年アカデミー賞、作品、監督、主演男優、助演男優、他三部門が最優秀の栄冠に輝いている。
オッペンハイマー自身は、科学者としての物事の探究と名声は欲していたと感じた。人としては偏ったイデオロギーなどは持ち合わせず、純粋で公平な人間関係を築こうと努力したが、社交性は決して高くなかったと思った。極端な共産主義思想、反対にヒステリックな共産主義批判は個人的に認めなかったが、共助的なユニオン思考には理解を示していたと思われる。また頭脳明晰な男は概ね性欲が強く、女も頭脳明晰な男を子孫繁栄の点から本能的に求めるのだと感じた。
オッペンハイマーの人としての道徳的良心の呵責は原子爆弾を完成させた後事の重大さに気がつき、悩みはその名声を博してから大きくなっていったと思う。
映画の最初と最後に出てくるシーンだか、オッペンハイマーが良心の呵責に苛まれることをアインシュタインは予言していた。この事はアインシュタインの人類史の行く末をも包括して観ることの出来る世界情勢の見方に驚嘆せざるを得ない。恐ろしさを感じる場面であった。また、ラストシーンに展開されるアインシュタインとオッペンハイマーの会話には原水爆の使用により破滅的な世界が出現する可能性のある危い時代の到来(一般相対性理論から派生した核エネルギー発生のメカニズムの結晶体である核爆弾開発)とニールス・ボーア提唱による光子の観測において不確定性原理がどのように適用され成立に至るのかが判明した革新的量子論としての相補性原理、(ボーアに反論したアインシュタイン提唱の光子箱の思考実験を一般相対性理論を用い、擁護したとされる現代の量子力学に通じる論争を通じて、(後年量子力学としての相補性理論が数学的にはベルの不等式の実証実験によりエンタングルメントが現実の現象である事が判明し「EPR相関」として様々な分野に応用されるという事実。)いわゆる量子力学が物理学界の代表的理論として台頭していく様が共に暗に明示されていて、息を呑むシーンであり説得力があった。この時深い悩みに陥ったアインシュタインがストローズを無視した事が誤解を生むことになり事件へ発展していく事が描写される。
学識者は未来を俯瞰し、想像して問題を解決するのだと感じた。しかし、核兵器開発については人類史の終末点が容易に想像出来てしまい、愚かな結末を選択しかねない国家から逃避したこともまた事実である。アインシュタインは原爆開発の現実化はもとより自らの提起により進展する事になった量子力学における相補性の問題、双方に頭を抱え不透明な世界の行く末を他人にに多くを語る事なく亡くなるまで悩んでいたのかもしれない。
ルイス・ストローズは自分が蔑まされていると勘違いにちかいものを感じ、後々オッペンハイマーの権威を失墜させるために暗躍。人間的にくだらない。馬鹿馬鹿しい限りと感じる。繰り返しよく思う事は人間の本質は身勝手で無責任であるということ。よくよくコミュニケーションをとっていかないと物事はじまらないし、動かない。大変な時代に我々は生きているのだと実感した。
この映画の時代に存在した
原子爆弾開発に関係する主な諸理論。
1905年
アインシュタイン、特殊相対性理論。
1916年
アインシュタイン、一般相対性理論。量子力学の始まり。「それ以前の物理理論の基礎となる前提の多くを根底から覆(くつがえ)し、その過程において、宇宙、時間、物質、エネルギー、重力などの基本概念を再定義した」とされる。
1933年
核の連鎖反応式を発表して以来、アインシュタインは爆発的エネルギーを放出する爆弾を理論上では製造できる事をすでに予測していた。
1938年
ドイツにてウラン原子の核分裂実験成功。ナチスドイツが大量破壊兵器製造研究に着手する。(ナチスに開発を依頼されたウランクラブのメンバー、ヴェルナー・ハイゼンベルク(量子力学としての不確定性原理を提唱。)原爆開発のウラン濃縮に必要なひとつの考え方である重水炉の考え方を連合国側にリークして、ナチス側での重水炉に関する開発をわざと遅らせたと言われている。)
1939年
ドイツの核分裂実験成功。この事を知ったアインシュタインは大量破壊兵器の出現が現実となる事を確信。世界に幻滅する。
FDRにレオ・シラードが送った書簡の中でアインシュタインは核兵器開発推進の提言にサインした。これにより米国の核兵器開発が始まったとされる。
オッペンハイマー、核分裂実験成功の報を受けて核分裂の発見による核反応の報告を実証。(1943年前後、プリンストン高等研究所内、散策中のアインシュタインに核反応、放射線崩壊実証をオッペンハイマーが伝えるというシーン)
同年、
一般相対性理論に基づく、トルマン・オッペンハイマー・ヴォルコフ限界方程式(重力崩壊予言、ブラックホール存在理論。重力による空間の歪みの仮説)発表。この研究がオッペンハイマーのライフワークになるはずであった。
しかし、1942年以降、マンハッタン計画始動。
1943年ロスアラモス国立研究所設立。以降、映画本編の通り。
圧巻の展開で
⭐️4.5
広島、長崎を訪れる、この事に関心を持つ外国人が増えてほしいと願うばかりである。
2025.9.18再々鑑賞・追記
昨日今日のニュースでもインド×パキスタンについて盛んに見聞きしますが、核の失敗は二度と繰り返されないように願うばかりです。
アインシュタインの苦悩も空の上で続いているでしょう。
Moiさん、コメントありがとうございます。
(トリニティ)の核実験が成功して、マンハッタン計画後の研究を科学者の手を離れ、軍が引き継ぐシーンが印象的でした。二つの原子爆弾をロスアラモス国立研究所から見送るオッペンハイマーの心理を想像しても、凡人には理解しきれないものを感じます。理論物理学の権威のオッペンハイマーでさえ、お役御免の扱いになる。トルーマン大統領との会談のシーンでは、罪悪感から少しは解放されたとしても、根本的な解決にはならない。戦争中の軍に協力したした事実だけは歴史に残りますからね。天才に生まれ統率力があった自分の才能を恨んでいたかも知れない。色んな事を考えさせる点で、観て良かった映画になりました。
Moiさん、コメントありがとうございます。
今回、予習をほとんどしなかったかわりに、視聴後に原爆について深く知りたくなりました。日本(大阪)でも原爆実験していたとか、戦艦大和(と戦艦武蔵)の中で原爆をつくっていたとか、明治・大正・昭和はロマンの宝庫です。
今作の教訓のひとつとして、責任の所在を明らかにして仕事に取り組むということですかね。
共感&コメントありがとうございました!
これほど該博な科学知識に裏打ちされた、しかも単なる知識の羅列ではない、鋭い考察に満ちたレビューを初めて読みました。
アインシュタインの苦悩の部分など、映画を観ている時はぼんやりとしか掴めなかった箇所を細かく解説していただき、非常にこの映画を理解する助けとなりました。
是非フォローさせていただき、今後も鋭いご意見拝読させていただきます。
よろしくお願いします。
共感ありがとうございます。
ノーラン監督は今作で思想を極力、出さないように心がけていたと思いました。アメリカではバービーと共に大ヒット、その理由もそれだったのかもしれませんね。日本人が観るのと全然違うなと感じてしまいます。
みかずきさん
コメントありがとうございます。
わざわざお返事いただき、
感激です。每作品に対する、
すんなりと腑に落ちるレビューが感じ入ってます。
こちらこそ宜しくお願い致します。
返信が遅れて申し訳ありませんでした。
フォローありがとうございます。
私の方からもフォローさせて頂きます。
私、10年位前から、キネマ旬報、kinenote、yahoo検索などに映画レビューを投稿しています。現在の目標は二回目のキネマ旬報採用です。
こちらのサイトには、2022年2月に登録しました。
宜しくお願いします。
本作、監督もオッペンハイマーの視点で描いているとコメントしていました。
しかし、原爆の恐ろしさ、狂気を捉えるには、原爆をつくった人、
原爆を使った加害国、そして被爆国、の視点が必要だと思います。
被爆国・日本の視点がないのは残念でした。
仰る様に、広島、長崎を訪れる外国人が増えて欲しいです。
ー以上ー
コメントありがとうございます。
皆さんの全てのレビューを読み込んでいくことがあまりにもたくさんで時間がかかるのですが、感じ入った方にはフォローさせていただいています。
こちらこそ宜しくお願い致します。
とても素晴らしいレビューだと感じました。イデオロギー、人間、我々は様々なものと向き合わなくてはいけない時代を生きているのですね。
フォローありがとうございます、これからよろしくお願い致します。