「傑作」オッペンハイマー LCさんの映画レビュー(感想・評価)
傑作
広島・長崎への原爆投下の直接描写が無い、バーベンハイマーの一連の騒動など、映画の完成度よりも少し違った角度で何かと話題になってしまい、日本での公開も本国より大幅に遅れてしまいましたが、結果として傑作と思いました。
タイトルの通り、ロバート・オッペンハイマーの伝記映画となっており、近年のノーラン作品と比べて珍しく人物の会話劇が主体になっています。
時系列が入れ替わり、登場人物も非常に多く、更に説明もほとんど無いことから観る側としても考えて組み立てながら観ることになり、集中が途切れない三時間でした。
ジョーカーと同じく、全編にわたってほぼ全てのシーンで主人公のオッペンハイマーが映し出され続けていますが、主役のキリアン・マーフィーの、登場シーンの多さではなく演技による存在感が凄く、オスカーを受賞したのも納得です。
ロバート・ダウニーJrやエミリー・ブラント等、脇を固める大勢の大物役者たちもそれぞれ素晴らしい演技を見せています。
伝記の原作を元に脚色して映画化したものとしては非常に完成度が高いのでは無いかと思います。歴史に詳しくないので、史実と異なる部分もあるのでしょうが、総じて傑作だと思いました。
過度に米国の行いを正当化することもなく、原爆が実際に使用されてしまった後の、オッペンハイマーの「ああ、とんでもないことになってしまった」とでも言いたげな、でも自分の手を離れてもうどうにもできなくなってしまった無力感のような、苦しみのような表情や演出が忘れられません。
ポツダム会談までにどうしても完成させたい、日本が死に体なのは分かっているが投下したいというような、主導部の悪意のようなものも垣間見え、そこにはやはり憤りや恐怖も感じました。見方によってはホラーとすら言えるかも知れません。
どんな理由があっても無実の市民に対して使ってはならなかった、どうすれば使用せずに済んだのだろうと、観ながらずっと考え続けていました。
核実験の様子をフィルムに収め、中立国を仲介して日本側に見せて降伏を促す?それでも日本は決して降伏しないとしたら?というような葛藤を自分の中で感じてしまい、観た後もそれを引きずってしまいました。
日本人としては、ほぼ常識レベルで本来人類は核兵器なんて持つ必要が無いということは理解していますが、抑止力としての核兵器を保持し続けている他国にはやはりこの感覚は理解できないのだと思います。
クリストファー・ノーラン作品が好きなので毎回楽しみに観に行きますが、今度ばかりは題材が題材だけに少し落ち込んでしまいました。
広島・長崎の描写が無かったことは、はっきり言って問題無いと思いました。むしろそうした描写を挿入することで映画の方向性が変わり、まとまりが無くなってしまうのではと思いました。
原爆投下の描写やそうした作品はやはり日本で作られるべき、他国が描くべきでは無いのではないかと思います。
そのほうが核兵器の恐ろしさや悪意を感じやすいと思いました。アンサーというわけではないですが、いつか実写でそうした被爆の悲惨さや恐ろしさやを徹底的に描き、世界に衝撃を与えるような作品が生まれてくれることを願います。
最後に視覚効果の部分に目を向けると、世界初の核実験であるトリニティ実験をCGではなく実写で描くノーランの執念を感じましたが、トリニティ実験の実際の爆発の様子は、やはり通常の火薬ではなく核の爆発なので、不自然なまでに丸い爆発、雲が形成されています。
映画の中で描かれるのはやはりどうしても強烈な"火薬"の爆発で、実写に拘ったあまりリアルの核爆発に見えないという皮肉なことになってしまっているので、こんなことを言ってしまうとノーラン監督が激怒するかも知れませんが、実験を見守る人たちに到達する衝撃波は火薬で実現させ、核爆発のビジュアルはCGでも良かったのではないかと思ってしまいました。
いろいろと大変な思いをしたので、映画館でもう一度観ることは無いと思いますが、ソフト化されたらまた観て、更に理解を深めたいと思います。