「オッペンハイマー(キリアン・マーフィ)vs ルイス・ストローズ(ロバート・ダウニー・Jr.)」オッペンハイマー Kazu Annさんの映画レビュー(感想・評価)
オッペンハイマー(キリアン・マーフィ)vs ルイス・ストローズ(ロバート・ダウニー・Jr.)
クリストファー・ノーラン 監督による2023年製作(180分/R15+)アメリカ映画。
原題:Oppenheimer、配給:ビターズ・エンド、劇場公開日:2024年3月29日。
原作は未読でもあり、見終わった直後は何を見たのかが判然とせず、鑑賞後しばらく経ってからこの文章を書いている。見た人間に随分と色々なことを考えさせる映画であった。
大きな違和感を覚えたのが、主人公オッペンハイマー(キリアン・マーフィ)の職権と名誉を奪った原子力委員会委員長ルイス・ストローズ(ロバート・ダウニー・Jr.)が商務長官就任のための公聴会で因果応酬の様に陰謀が暴かれて失脚してしまう描写の不自然にも思える丁寧さ。
しばらくずっと謎に思えていたのだが、ルイス・ストローズも主人公というか、彼こそが 「ダークナイト」のジョーカーの様な影の主役と考えると、この映画が良く理解出来る気がした。
天才 vs 非天才、未来が見えてる人間 vs 今しか見ていない人間、ヒトの気持ちに無頓着な天才 vs 陰謀で天才を葬る人間の構図。普通の人間が天才を深く理解・共感することはなかなかに難しいが、アイソトープの輸出に関する公聴会で笑いものにされ更にアインシュタインに自分の悪口を伝えたと誤解し、オッペンハイマーをソ連スパイと陥れて復讐をする人間は何とも分かりやすい。
そして多分、天才監督クリストファー・ノーランも、こうした人間に大きなストレスを抱いているのだろう。天才を葬ろうとする人間の存在は本映画の隠れたテーマと感じた。ロバート・ダウニー・Jr.の抑え気味の演技も、とても素晴らしかった。
お酒に溺れ子育て放棄の妻キティを演じたエミリー・ブラントも、とても良かった。彼女大事な時にはとてもしっかりとしており、ストローズの陰謀を糾弾し夫に闘うべきと激励し、不倫相手の共産党員ジーン(フローレンス・ピュー)が自殺した時に精神的にボロボロとなったオッペンハイマーを救ったのも彼女。ノーランの奥様兼プロデューサーのエマ・トーマスのキャラクターを反映している様にも思えた。
その他、軍隊側責任者マット・デイモン、ストローズを糾弾したラミ・マレックや親しい研究者役ジョシュ・ハートネット等俳優陣も素晴らしかったが、物語も画期的に思えた。米国社会での大きな汚点史でもある赤狩りの欺瞞性を見事に暴き、戦争終結に有意義であったとされてきた2度の原爆投下に関して、開発責任者自身の贖罪意識を真正面から鮮やかに見せていて感心させられた。原爆投下成功に大きく歓喜する多くの研究者の姿が映る中、オッッペンハイマーには焼けただれた肌の女の子(監督の長女フローラ・ノーランらしい)の姿が見えている。自分も含めて日本人的にはここでは脳裏に被災者の姿が浮かんでいる訳だが、落差が大きく、それを超える様な見事な演出と思わされた。
水爆推進者エドワード・テラー(ベニー・サフディ)は、核反応の連鎖反応により大気に引火する可能性を指摘。その可能性は「near zero」というドイツからの亡命物理学者のハンス・ベーテ(グスタフ・スカルスガルド)の計算結果を頼りに、トリニティ実験は実施される。かなり驚愕の展開だが、どうやら事実であったらしく、リスクの存在を承知の上で未知の領域にひたすら前進してしまう科学者のサガが見事に浮き彫りにされていた。
映画のなかでオッペンハイマーは、アインシュタインにそのテラーの数式を見せ、意見を求めていた(実際は違う人間らしいが)。それを受けて、最後のシーンでオッペンハイマーはアインシュタインに、核爆発の連鎖反応を自分たちは起こしてしまったと伝える(I believe we did.と言っていたらしい)。原爆を完成させたことにより、世界中に核が広がってしまったことの責任を自覚した言葉だ。
ショックを受けたアインシュタインは、ストローズに目もくれずに去っていく。核戦争リスクが現実に存在する今、この世界の扉を開けた天才の成功と懺悔を描ききり、この恐怖を我々に突きつけてくる凄い映画であった。
監督クリストファー・ノーラン、製作エマ・トーマス 、チャールズ・ローベン 、クリストファー・ノーラン、製作総指揮J・デビッド・ワーゴ 。ジェームズ・ウッズ 、トーマス・ヘイスリップ、原作カイ・バード 、マーティン・J・シャーウィン、脚本クリストファー・ノーラン、撮影ホイテ・バン・ホイテマ、美術ルース・デ・ヨンク、衣装エレン・マイロニック、編集ジェニファー・レイム、音楽ルドウィグ・ゴランソン、視覚効果監修アンドリュー・ジャクソン。
出演
キリアン・マーフィJ・ロバート・オッペンハイマー、エミリー・ブラントキャサリン(キティ)・オッペンハイマー、マット・デイモンレスリー・グローヴス、ロバート・ダウニー・Jr.ルイス・ストローズ、フローレンス・ピュージーン・タトロック、ジョシュ・ハートネットアーネスト・ローレンス、ケイシー・アフレックボリス・パッシュ、ラミ・マレックデヴィッド・L・ヒル、ケネス・ブラナーニールス・ボーア、ディラン・アーノルドフランク・オッペンハイマー、デビッド・クラムホルツイジドール・ラビ、マシュー・モディーンヴァネヴァー・ブッシュ、ジェファーソン・ホールハーコン・シュヴァリエ、ベニー・サフディエドワード・テラーデ、デビッド・ダストマルチャンウィリアム・ボーデン、トム・コンティアルベルト・アインシュタイン、グスタフ・スカルスガルドハンス・ベーテ、マイケル・アンガラノ、デイン・デハーン、オールデン・エアエンライク。
トミーさん、コメント有難うございます。
言われてみれば確かに、争う姿に人間味を感じました。ロバート・オッペンハイマーは特にですが、ルイス・ストロースも含め二人とも、弱さをしっかりと見せていたことを思い出しました。
共感ありがとうございます。
ロバートもストローズも戦時は同じ方向を向いて仕事していたのが、ちょっと恐ろしいです。戦後、争う姿の方が人間味が有ったと思います。ダウニーJRの態度は論外ですけどね。
共感及びコメント、あり難うございます。
基本、前情報は無しで見ることにしていますが、TENETのノーラン監督ということで、今回はオッペンハイマー経歴をWikipediaでザックリ予習し、主要登場人物の配役も事前に仕入れて望みました。まあそれでも、少し分かりにくい部分ありましたが。
皆様のレビューも様々で、本当に議論が尽きない映画ですね。