「夜の家族」ほかげ sankouさんの映画レビュー(感想・評価)
夜の家族
この作品との直接的な関係はないが、今年公開された『ゴジラ マイナスワン』との繋がりを感じさせられた。
戦後のどん底から復興を遂げゼロに戻った日本が、ゴジラによって再びマイナスへと叩き落される。
あの映画でも自分の中の戦争が終わらず、苦しみ続ける人々の姿が描かれていたが、この作品で描かれる戦争の後遺症はさらに生々しい。
日本全土が復興していく裏では、戦争によって受けた心の傷により、マイナスのまま立ち直ることが出来ずに打ち捨てられた人々がいたのだ。
まずは戦争により家族を失い、売春を斡旋されることで無気力に日々を生きる一人の女。
彼女のもとにかっぱらいをしながら野良犬のように生きる一人の坊やが転がり込む。
そして金を作ることが出来ないのに、一人の復員兵の男も毎晩彼女のもとを訪れる。
いつしか三人は夜になると集まる疑似家族になる。
復員兵の男はかつて教師だったらしく、坊やに勉強を教える。
その姿は実直な若手教師そのものだ。
しかし男は昼になると働くこともせずに抜け殻のように蹲っているらしい。
夜、女と坊やのもとを訪れる時だけ人間の生活に戻ることが出来る。
彼が心に受けた傷は重大だ。
大きな音がすると過敏に反応し、恐怖のあまり理性を失ってしまう。
そしてついに彼は二人に暴力を振るってしまう。
坊やは女を助けるために銃を男の頭に突きつける。
坊やが誰にも見せずに肌身離さず持ち歩いていたものが銃であったことに脅威を感じる。
男は何処へと消えていくが、女は坊やと本当の家族になることを願う。
夜だけの家族という形は変わらないが、彼女の坊やへの愛は日増しに強くなっていく。
母と子という関係よりも、まるで男女の関係のように見える二人の姿が危うい。
坊やはなかなか普通の仕事にありつくことが出来ずに、危険な仕事に手を出してしまう。
それを女は必死で咎める。
坊やはある親切な男から仕事をもらったと女に報告するが、その仕事に銃が必要だと知り、女はすぐに断るようにと鬼のような形相で坊やに言い放つ。
そして坊やが再び戻った時、もうこれっきりであると縁を切ってしまう。
坊やは結局仕事を与えてくれたアキモトという男と行動を共にする。
仕事の内容は分からないが、アキモトの様子から真っ当な仕事ではないことが分かる。
そして彼自身が自分の果たそうとしていることに踏ん切りがつかないでいるらしい。
この映画の中では誰もが戦争による後遺症に苦しめられている。
坊やが寝ている時にうなされる姿は尋常ではない。
女は襖の向こうに何かを隠しているし、アキモトもまた夜になると坊やと同じように夢にうなされ、子供のようにすすり泣く。
うまく復興の波に乗れた者に対して、あまりにも彼らの生き方は惨めだ。
この映画の中で、明日への光を感じさせるのは坊やだけだ。
映画の中で銃声が何度も聞こえるが、終盤になってその意味が分かるような気がした。
銃声は戦争によって心を壊された者が、自らの戦争を終わらせるために放つ音なのだろう。
その中にはマイナスのまま立ち直れずに、自ら命を断った者もいるだろう。
あまりにも哀しい余韻を残す作品だ。
塚本晋也監督の作品は本当に画面から放たれるエネルギー量が凄まじい。
これこそ反戦映画といえる心に重くのしかかる傑作だった。