「Escape From Darkness 人間社会の闇からの脱出」サウンド・オブ・フリーダム レントさんの映画レビュー(感想・評価)
Escape From Darkness 人間社会の闇からの脱出
本作についてはモデルとなったティム・バラードや主演のガヴィーゼルの言動、そしてQアノンとの関係がなにかと物議をかもしてる。あと、個人的にはメル・ギブソンが製作サイドに名を連ねてるのが気にはなるが。
監督は本作は事実に基づくと言いながらもドキュメンタリーではなく、映画的創作も加えてるし演出もしている、ティム本人からのリサーチを経てはいるが適度な距離感を持って脚本を書いたという。
映画が製作者の意図せぬところでしばしばプロパガンダに利用されることがあるのは「バックトゥザフューチャー」や「フォレストガンプ」の例を見ればわかることだし、(ちなみにゼメキスはゴリゴリの共和党支持者)今更騒ぐことでもない。また、モデルとなった人物を美化してしまうのも「シンドラーのリスト」の例を見ればわかる。(あの作品を見たシンドラー婦人が夫はあんな善人ではなかったと語っている)
本作を取り巻くそんなネット上の情報に惑わされて作品評価を下げる意見も散見されるが、本作の本質を理解していれば描かれている内容の何が大切なのかは理解できるはずだし、それら飛び交う情報がいかに作品の本質と無関係なのかがわかる。
反政府組織が支配するコロンビア奥地でジョン・ランボーよろしく少女の奇跡的な救出劇などというものが本作の訴えたいところでないことは普通に鑑賞していればわかるし、本作はそもそもティム・バラードの英雄的行動を称賛するような作品ではないのだ。
むしろティム本人がどんな人間だろうが関係ない、シンドラーが人格者であろうがなかろうがあの作品の評価が変わらないのと同じように。作品の本質はそこではないからだ。
重要なのは今のこの世界で現代の奴隷制度とも言える人身取引が年間数十兆円の市場規模を持つ巨大産業として成り立っていて、このグローバル社会においては誰もがそれと否応なく関わりを持っているという事実だ。
本作では人身取引の中でも特に子供の性奴隷に関して焦点が当てられている。これは人身取引全体の中でもかなりの比重を占めていて深刻である。小児性愛者の性的搾取という点ではその被害は日本も例外ではなく、その検挙数を見ても氷山の一角であることがわかる。
映画「SNS」で描かれた事実は日本でも頻繫に起きていて、今や誘拐などの物理的方法によらずにネット上だけで精神的な性的搾取が容易に行えてしまうのでその実態を把握するのは困難だ。
こういったネットを介しての性奴隷の売買が本作で描かれてるようにSNSがその温床にもなっている。
まるでネットの世界の闇は人間の心の闇と繋がっているかのようで、その闇の深さは想像を絶する。ティムが潜入したジャングルの奥深さなど比べようもないくらいに。
奴隷は子供に限らず成人女性に対する性的搾取など、後発後進国の貧困問題が性奴隷を生む土壌となっているし、これは性的搾取に限らず奴隷労働、はては紛争地域などでは子供の兵士利用など態様は多岐に及ぶ。
奴隷制度なんて言うと日本では関係ないなんて思う人もいるだろうけど、ホストの売掛金のために女性客が風俗で強制的に働かされたりと普通に起きてるし、それこそ外国人研修制度を悪用して奴隷のように外国人を安い賃金で酷使したり日本も現代の奴隷制度と全く無関係とはいえない。
また先進国において人々は知らず知らずに奴隷制度に加担しているケースもある。安価なファストファッションの製品やバナナ、カカオなどをはじめとするありとあらゆる農産物が手軽に手に入るのはすべて産地の奴隷労働に支えられているからである。ある意味我々の生活はそんな奴隷制度によって支えられてると言っても過言ではないのかもしれない。
この作品を鑑賞してその描かれた事実を知ってしまうとこの資本主義社会において先進国と呼ばれる日本に暮らす我々はその事実を見て見ぬふりはできなくなるはずである。
差し当たって我々にできることといえば奴隷制度による搾取から生み出されたものを消費しないことだが、子供の性被害についてはペドフィリアは依存症の一種であり、その自覚がない人間が多く検挙されない限り本人たちはやめることができない。麻薬常習者と同じで完全な撲滅は難しいのかもしれない。
それ以外の奴隷労働に関してはフェアトレード商品以外の安価な製品の購入を控えることで多少は効果があるかもしれない。需要がなくなれば奴隷労働による供給も減少するだろうから。
ただ、今の世界の状況を見ているとやはり完全解決は難しい。資本主義社会であり続ける限りは奴隷制度は根絶できないのかもしれない。奴隷制度は労働者からの搾取を基本とする資本主義から必然的に生まれたものといえるからだ。
主人公のティムは捜査にあたり人間社会の闇の深淵をのぞき込み、心を蝕まれた。この闇にとらわれた自身の心を解放するには闇にとらわれた子供たちを救い続けるしか方法がない。
彼の心が闇から解放され日の光を浴びれるのはいつになることか。
本作を鑑賞して私自身も世界を包み込む闇の一端に触れてしまった。知ってしまったからには主人公と同じくもはや後戻りできない。