月のレビュー・感想・評価
全282件中、121~140件目を表示
うん〇に触ってない奴がうん〇を描くな
この映画の感想はこれに尽きる
一緒に観た介護福祉士の娘と、ケアマネジャーしてる私の感想
映画を観終わって、しばらく無言で映画の内容に触れなかった娘が、堰を切ったように『本当にデカさない映画、世の中に出してはダメな出来、監督の自己満』と言い切った長女
私、本当はレビューはマイナスにつけたい!
ぐしゃっと自分のう〇〇を握りしめてから臭い嗅いでみろ
自分たちも毎日排泄してるでしょう?それをさも自分たちは排泄とは無関係かのような描かれ方に、大きな違和感しか感じない
宮沢りえが演じたようこ、最後まで実際に介護してるシーンはなく見学してるようなスタンスだし、苦虫を噛み潰したよう顔で利用者を見るだけ
あそこまで不適切なケアだけを描くのは現場をあまりに浅く見ただけの人が脚本描いたからだと思う
さとくんを演じた磯村、もう一人のようこを演じた二階堂ふみも、本当に働いている人に見えなかった
カレー食いながらう〇〇の話する現場なんだ!
う〇〇さえ愛おしい、う〇〇の臭いでどの利用者なのかがわかる!そんな世界なんだ
この人にとって、今日が最期になるかもしれないからと介護している大勢の私たちは、この映画には描かれていない
あの5人の職員以外の職員が描かれてないの、なぜ?
ああいう5人みたいな人も入り込む世界だけど、なぜ一生懸命利用者に話しかけながら介護して、ぐちも言いながらだけど、笑って働く職員が描かれてないのはなぜ?
5人を描くなら、大勢のちゃんと仕事してる介護職員を描かない?
う〇〇まみれになってしまった利用者を、見なかった事にする介護者3人のシーン
もう介護職の私たち二人は失笑しちゃった
あんな暗く描くシーンなの⁈
現場の私たちなら、一度扉を閉めたとしても『さぁ、やるか!』って協力し合って介助に入り、のちには大当たりだった話しとして労い合うヤツ
あんな苦虫を噛み潰したような顔しながら働いている介護職員だけじゃない!
現場知らない人がみたら、ああいう人しかいないんだと、誤解するだろう
誰にだって老いや死はやってくる
健常者なら、ずっと健常者で生きていられるような
障害者になる確率がないような描き方も非現実
誰にだって障害者になる可能性があるってことが描かれてない
大勢の私たちは反応ない利用者に、笑顔で話しかけながら介護してるよ
介護職員だけ『なぜ〇〇者に?』という話しになるの?警察だって自衛官だって消防だって、教員、保育士だって、どんな職業の人だって、そういう〇〇者になる人はいる
植松が入り込んで、ああいう事件を起こしたのは、陰惨な介護の現場、最低な仕事へのモチベーションしか持ってない低俗な職員のせいかのような描き方も許せない
国の決めたギリギリな人員配置基準や介護報酬のせいで、労働の対価として見合った待遇を得られず、常に質の高さを求められながら、踏ん張っている大勢の介護職員たちを、おおいに失望させてくれたわ
綺麗事じゃないことを突きつけられた、みたいなレビューがたくさん出ている事にも『いや、これは介護の現実じゃないよ!』と大きな声で言いたい
監督さんの言いたいことを表現するのに、大幅に勝手に都合よく切り取られたりつぎはぎされて利用された気持ちがして、とっ散らかってまとまりのない映画だと思う
これをフィクションと思わない大勢の人たちが、出てしまうことに危惧しか抱けない
人の定義
目を背けてはいけない。それは分かっている。だけど、朝9時に見るもんじゃなかった。とにかくキツくて辛くてどうしようもない。犯人の気持ちも少しばかり分かってしまうからより一層。答えのない問いであるとは重々承知なんだけど、せっかく映画化したのなら、監督なりの考えくらいは提示して欲しかった。ただひたすらに事件の概要を説明するのは、とてもじゃないけど見てられない。
見ている最中はそれほど気にならないのだけど、思い返してみればこの映画は何を伝えたかったんだろう?と疑問が浮かぶ。犯人は極悪人であるということ?人々全員、偽善者だということ?全員正しくて、間違っているということ?最初から犯人を主人公に当てて物語が展開されていたら、どのような映画になっていたんだろう。客観的に、他人事のように見るからこそ、心が重くなり、深く考えさせられるんだろうけれど、主人公の気持ちにこれっぽっちも同情できず、かといって周りの人間にも感情移入出来ず、ただひたすらに居心地が悪かった。
結局、主人公は過去を繰り返している。
長い年月をかけて、何も成長していない。それどころか後退しているまである。夫だけが前を向いていて、自分はずっと過去を背負っている。たまに八つ当たりしたり、感情的になって逃げ出したり。人間味があると片付けることも出来るんだけど、あまりに身勝手で、しかもこのテーマを描くにあたって必要な人物だったとも到底思えない。それは他の人物も同じ。モチーフにしているとは言えど、観客が頭に浮かべるのはやはりあの事件。表面だけを伝えるメディアと何が違うのか。
ジリジリと迫り来る音楽、そして絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜたような汚い黒。映像作品としては文句無しに素晴らしい。140分を超える長尺だが、見事に魅せられた。役者の演技も怖い。魂を抜かれたような二階堂ふみの表情に、気分を悪くしてしまった。最高の役者だ。とても「翔んで埼玉」と同じ人とは思えない。だが、史実を元にした作品としてみた時、この期に及んで本作を制作した理由が見当たらない。そう易々と語れるようなものでないことは十分理解しているが、せっかくなら石井裕也らしく、ズバッと決めて欲しかった。ん〜...。また洗練して、映画化してくれないかな。
96%の選択
医療関係の仕事をしており、様々な施設の特殊な病棟やICUにも入ります。そこで様々な人を見てきました。
そして自分も心臓に障害を持って生まれました。
自分は手術という現代の技術で普通となんら変わらない生活と運動出来る身体になりました。
そのため感慨深いものがあります。
自分の子供が産まれる時も不安で仕方なかった経験があります。
今は染色体異常は出生前判断にて事前に判りますが、子供を持つ事は精神的にも経済的にも覚悟が入ります。ただ、産まれた子供は可愛いです。何も出来ないから可愛いのです。多分それはどんな人として生まれても可愛いのだとおまいます。しかしそれが他人の場合はどうでしょうか?
幼少の頃近所に意思疎通が出来ない年上の子がいました。まるで獣のようなオムツをしたままの子でした。その家族はいつの間にか居なくなりました。
毎日布団が干してありました。
正直出生前判断は色々な意味で必要だと感じた映画でした。
観ることができて良かったです。
地元の映画館では公開終了してしまったので、高速乗ってわざわざ観に行きました。
観ることができて本当に良かったです。
【かつてあったことは、これからもあり かつて起こったことは、これからも起きる。太陽の下、新しいものは何ひとつない。】
旧約聖書の一節から始まりました。
いきなり考えさせられました。
原作は読んでいませんが、事件のことは少し調べました。
重いテーマです。
目をそむけたくなる場面もありました。
生きてるって何?
簡単なことは言えません。
映画の作りとしては、
事件と宮沢りえさん夫婦のことが、リンクしている描写に無理がなくて、
わかりやすかったと思います。
宮沢りえさんは、ちゃんと年齢を重ねた女性を演じていて、
とっても良かったです。
磯村勇斗君も、かなりの覚悟で演じたのだと想像できます。
ワンテイクで撮影したという長台詞も、見事だと思いました。
あのシーンは、すごかったです。
このテーマを映画にしたことが凄いです。
重いけど、見た方がいいと思う作品です。
さとくんほどでなくとも
高齢者施設勤務経験のある者です。
隠蔽された殺人や虐待、横領などを私は目の当たりにしました。いくつも。
役所に訴えても切り捨てられました。
この話は日本中のどこかの施設で起きています。有名な介護派遣会社のアンケートに6割の生活相談員が虐待を目撃したという回答を寄せています。
サニーライフや有名老健などいままでもあちこちで殺人は起きてきた。地元でも横領は頻繁に起きている。
他人事にしてはならない。これは映画の中だけではない。施設が暗いとか描写が暗いとか、そんな上っ面しか見えないのでしょうか。どんなに灯りがついていても虐待起きる施設は明るいですか?殺人が行われても警察も役所も動かない、そんな業界なのに。
目を背けないでほしい。どうか。
磯村勇斗さん、ありがとう
映画「月」を鑑賞しました。キャスティングが、とても良かったと思います。中でも、磯村勇斗さんの演じた犯人のエスカレートしていく異常さには、ぞっとしました。演者の覚悟を感じました。磯村さん、この役を引き受けてくれてありがとう。この作品が、多くの方に届きますように。
テーマは評価できるが
津久井の障害者施設で起きた大量殺人事件はとてもショッキングだった。殺された人の数もそうだが、事件を起こした犯人の主張の異常さに驚いた記憶がある。本作はあの事件をベースに作られたフィクション。そう思ってみても実際の事件はどうだったのだろう?と想像してしまう。
個人的にあの事件にひっかかっていたのは殺害した人数ではなく、犯人の優生思想だ。そういう意味で本作はそこに焦点を当てた部分もある。原作は未読だが、出生前診断も絡めた脚本は考えさせられる。でも、優生思想をふりかざす彼に対して、「私は認めない」だけでは弱いのではないかと感じた。ただ、それ以上に強さを持つ言葉を私達は持っていないかもしれない。あの事件をベースに映画を制作したという勇気だけは評価できると思う。
ただ、個人的には映画としてあまり評価できない。事件当日の犯人の行動や作家の洋子の夫との関係性に何かしらのおぞましさや感動を覚えることはなかったから。妙なカメラワークや演出に違和感を憶えることが多かったから?少し考えてみたがこれという答えは出ない。前述した「この事件を題材にする」という目的が強すぎたのかも。さとくんや洋子の心情がうまく描かれていなかった、もしくはさとくんの彼女が聴覚障害者とか女性同僚の家庭環境とかの設定が好みでなかったということかもしれない。観終わっても心が揺さぶられることはなかったなーというボーっとした感想しか浮かばなかった。
でも、案外こういう映画が日本の映画賞を受賞してしまう。あくまで個人の感想だが、テーマだけで評価されるのは避けてほしい。
事実とは違う物語。事件そのものに引っ張られないよう注意。
実在した事件をベースにした小説をさらに映画化する、という「メタメタ物語」なので、それを念頭に入れて見た方がいいです。wiki読んだり、元の小説を書いている人の情報を仕入れたり。
鑑賞後のシンプルな感想は「立場によって善悪は変わるな〜」でした。
特に印象的だったのは、さとくんの「じゃあ僕を排除しますか?」の一言。
事実ではどうか分かりかねますが(wiki情報しかないので)さとくんは自分のことを「生産性がない」と心のどこかで思ってたんじゃないでしょうか。
私たちはあくまで「命を奪うことがいけないこと」というのを演繹的にしか学びません。
虫などを(意図的でないにしろ)殺して大人に怒られた人は多いのではないでしょうか
のちに道徳の授業や社会の授業などで「命を奪うのはいけないこと」という道徳原則を強化していきます。
もちろん違う道徳原作を学んでいる国もあります。例えば日本と違い厳格なカトリック教徒の多い州では中絶は禁止だったりします。
さとくんは事実ベースでは確定死刑囚であり、罪を償うために死ぬのは確実です。
私は死刑廃止論者ではありませんが、さとくんを取り巻くさまざまな意見の中に
「こういうサイコパスや頭がおかしい人間を、終身刑にして税金で生かしておくのは許されない」
と考える人もいるでしょう。
そもそも危害とはなんなのでしょうか?身体への傷はもちろん、心への傷もそうでしょう。
さとくんを擁護するつもりは毛頭ありませんが、さとくんに石を投げられるのは、今まで人を傷つけたことがない人だけです。
そして、宮沢りえの方のヨウコ。彼女もまた出生前診断をある種肯定している人間の一人なのです。
エンタメにケチつけるのは寒いなと思いますが、宮沢りえがお化粧したまま寝てたり、施設職員がドカスだったりして、細かいところに集中が難しくなる要素がありました。お寿司を2人で取ろうとするのもなんか…蛇足っぽいです。
誰もが思うこと
衝撃の問題作
原作は未読であるが、映画化するにあたりかなり脚色されているそうである。後で調べて分かったが、原作の主人公は本作にも登場する障がい者の”きーちゃん”ということである。映画は視点を変えて洋子というオリジナルのキャラクターを主人公にしている。ストーリーを語らせるにあたって、言葉を話せない”きーちゃん”では限界があるということで改変したのだろう。
洋子は、生まれつき障害を持った我が子を失ったトラウマから小説を書くことが出来なくなった主婦である。これを宮沢りえが熱演している。彼女の葛藤は画面からひしひしと伝わってきて、まずはこの存在感が素晴らしかった。これは本作オリジナルの美点だろう。
同じ施設で働く小説家志望の陽子や画家を夢見る”さとくん”との関係、常に優しく包み込んでくれるがどこか頼りない夫昌平との関係。こうした周囲との微妙な距離感を言葉を使わず繊細に表現しきった所は見事である。
また、それとは対照的に後半の”さとくん”との対峙では切実なる感情を爆発させ、この熱演にも見応えを感じた。本作は正に彼女のためにあるような作品となっている。
テーマも実に興味深く読み解くことができた。
実際に障がい者施設で起こった事件を題材にしているということで身構えてのぞんだが、確かにセンセーショナルな意欲作になっていると思う。ただ、それ以上に、ドラマの根本ではもっと普遍的な問題を問うているような気がした。
建前を重んじて事実を隠そうとする社会。真実を知りつつも見てみぬふりをする世間の風潮。そういったものに対する問題提起が感じられる。
例えば、酒に酔った陽子は、自分の才能の無さを棚に上げて、洋子が書いた東日本大震災を題材にした小説を「真実が描かれてない、綺麗ごとだけだ」と嫉妬混じりに糾弾していた。
陽子の両親は不倫を知っているが何事もないように円満な家庭を取り繕っていた。
昌平は洋子に気を使って我が子の死に一切触れず、そのせいでどこかギクシャクした関係になってしまっていた。
施設の所長は職員による暴行を知りつつも見てみぬふりをしていた。
そして、洋子自身も小説家として、母親として自分自身に嘘をついていた。更に、施設の問題を行政に告発出来ず、小説という形で表現しようとした。実際に行政がこの問題にどこまで対処できたかは疑問であるが、少なくとも彼女はそうするべきだったように思う。ところが、小説家としてのエゴが勝り、”綺麗ごとだけではない”作品を書くことで彼女は自分を優先させてしまったのである。結果、事件を止めることが出来なかった。
このように、ここに登場する人々は目の前の現実を見ようとせず、あるいは知っていてもその現実から逃げているだけなのである。
結局、この物語で最後まで現実に目を向け、自分自身に嘘をつかなかったのは”さとくん”だけだった…というのが実に皮肉的である。
もちろん彼の思考や行動には決して賛同することはできない。しかし、彼の言い分には、否定しがたい真理もあるように思う。
生産性のない障がい者は不要だ。意思疎通ができない者に生きる意味があるのか。障がい者施設で働く者は日々の激務から自らも精神を病んでこうした思考に陥ってしまうのは何となく理解できる。
そして、このような排除思考は、我々が暮らす一般社会でも、すでにまかり通っているのではないだろうか。自助努力が出来ない人間は切り捨てても良いといった社会の風潮、合理性を重んじて負け組が容赦なく見殺しにされてしまう競争社会。そうした思考が普通に蔓延しているような気がする。
劇中で洋子は”さとくん”のこの排除思考に論理的に反論することが出来なかった。それは彼女自身にもそうした思いが心のどこかにあったからであろう(実際に彼女は出産に迷っていた)。
もし自分があの場面の洋子の立場だったら”さとくん”をどう説得できただろう…と考えてしまった。彼の誤った思考を改心させるだけの言葉を自分も持ち合わせていない。
監督、脚本は「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」、「ぼくたちの家族」、「舟を編む」等の石井裕也。
施設のロケーションやデザインにホラー映画のような不穏さが漂い、少し作り過ぎという気がしてしまった。おそらく日常の中の非日常性を演出したかったのだろうが、ここまでくるとリアリティがかえって薄まり違和感を覚えてしまう。
また、突然ズーミングするカメラワークや斜め構図のアングル、スプリットスクリーンで分割される画面が、鑑賞のノイズになってしまった。
重苦しいテーマだけに、全体的にもっとシックな演出に徹した方が良かったのではないだろうか。奇をてらい過ぎという印象を持ってしまった。
様々な意見はあると思いますが個人的には石井裕也監督の決意と覚悟を尊重したいと思います。
話題の作品をやっと鑑賞しました。
なかなかタイミングが合わなかったんですが、出張先の札幌の「シアターキノ」にて鑑賞。サービスデーで1200円だからでしょうか、場内はほぼ満席。
で、感想はと言うと…重い。でも見応えはずっしりとあります。
正直、この作品のレビューを書くのにあたり、注意は払ったつもりではあります。「じゃあ、書かなければいいじゃん」と言う御意見もあるかと思いますが、鑑賞したら書きたくなると言うか、書きたくなるだけの想いを募らせる何かがこの作品の中身の濃さかと思います。
表現での言葉使いには出来るだけ気をつけて書いてますがもしお気に障る表現があればご免なさい。稚拙な文章でのレビューと御了承頂ければと思います。
実際に起こった「津久井やまゆり園事件」をベースに描かれた今作は事件での詳細を綿密に描いていて、細かな点でも符合する事が多く、これが実際に起こったのか?と思うと改めて驚愕してしまう。
だけど、実際に起こっていることに目を背けている人が多い中(自分も含めて)、現場で対応している人達にはフィクションの延長でもなく、現実の中で起こり選ることに常に背中合わせと考えるとさとくんが言った「ここは社会の縮図」は言い得て妙。
見てるようで見ていない。知っているようで知ろうとしていない。社会の暗部の縮図がこの作品には詰まっており、匂いが伝わってくる作品かと思います。
特に立ち入り禁止とされる長年入所していた方の部屋での描写やクライマックスのさとくんの行動は正直目を背けたくなるようなショッキングな描写。
個人的にはさとくんのクライマックス描写は凶器を手にした時点で止めておいても良かったのでは?と思ったりしますが、社会人としての良識と社会的考慮。そして映画人としての作品の在り方に悩み、決断した石井裕也監督はそれ相当の覚悟をされたと思います。
だからこそ、それ以上に踏み込んだ石井裕也監督の決断は個人的には鑑賞者として尊重したいと思います。
立ち入り禁止部屋の様子は重度障がい者施設が全てそうでないと思うし、そう信じたいと思うが綺麗ごとでは済まされないと思うし、憶測にはなりますが大小なりにもあるのかも知れない。
直接関わってない者が正論を立てたところでそれは綺麗事であると思うし、かと言って何もやらないなら口を出すな!と言うのもなんか違う気がする。
本当はさとくんが怒りを向ける所は障がい者施設のスタッフの行動やそれを管理する責任者や責任施設。詰まるところには国になるのかも知れないがそこは見て見ぬふり、聞かないふりで「臭いものには蓋をする」が蔓延した体制の結果かと思う。
この辺りは公開中の「福田村事件」とも似ている。
でも、雇用条件の低さやそれを良しと考えなければ、やっていけない状況にさとくんはある意味洗脳され、そういった曲解の解釈に至ってしまったと言うのが悲しい。
ここでは実際の事件はどうであったと言う点は敢えて考慮せずに作品から観た感想で述べさせて頂きますので御了承頂ければと思います。
様々な実力派の俳優が重厚なテーマの中で伝えるべきテーマでの表現の比喩や誤解を恐れずに演じているのはやっぱり流石。
特にオダギリジョーさん演じる昌平は最初オダギリジョーさんとは気が付かなかった。オダギリジョーさんと言えばクールかつスマートな演技のイメージですが、昌平のような何処か頼りない夢追い人はちょっと想定外。
でも洋子と子供のことや生活のこと。様々な事で夫として父親のしての責任が現れていく様はやっぱりお見事かと。それにしてもバイト先の同僚(先輩)はめちゃくちゃムカつく! 自分は同居者様と思っていないのに、新人にそれを過剰に押し付けるのには腹が立ちますが良いアクセントですw
ただ、話に様々な要素を取り込んでいるので些かブレが無い訳でもない。
・元、小説家の洋子が障がい者施設に勤める。
・夫の昌平がクレイアニメ作家
・同僚で作家志望の陽子の家族の背景
特に二階堂ふみさん演じる陽子の件は物語に含みを持たす為の演出かと思いますが、クリスチャンの家系で厳格な父親が浮気をしていたと言う伏線は特に回収もされないし、前半で怪しかった陽子は事件に加害者的には関わっていない。(間接的には関わっている感はありますが)
そうするとちょっと横道に逸れる感があるのと、中盤で酒を飲んで洋子に暴言を吐くのはかなり胸糞。酔っ払ったからと言って何を言っても良いと言うのは酒飲みからするとちょっと腹ただしいw
洋子が小説を書けなくなる件は良いとしても、オダギリジョーさん演じる昌平が売れないクレイアニメ作家としての件に洋子の件はちょっと詰め込み過ぎかなと。
3つの伏線的な件があることで磯村勇斗さん演じるさとくんのバックボーン描写が少なく、どうしてこうなった?が薄くなっているんですよね。
ちょっと伏線要素が詰め込み過ぎには感じますが、そうしないと重すぎるテーマに終始圧迫されるのかな?と考えたりしますが、如何でしょうか?
さとくんが壊れていく(敢えてそう表現しますが、そうでもないと正直理解出来ない行動と御理解下さい)ところから物語が急に進んでいき、不謹慎ながらにも目が離せなくなってきますが、いろんな事件をテーマにした作品はそのバックボーンはどれも闇深く、悲しい。
不平等で矛盾が蔓延している世の中を描いた作品だからこそ、ラストの昌平の受賞や洋子が小説を改めて書けたこと。回転寿司のシーンはちょっとほっこりするし、なんか嬉しい。
重いテーマで観る人にとってはあの事件と重ね合わせることが多分にある為、その認識に差異があることで異議を唱える方もいると思いますが、自分は観てよかったと考えますがそれは石井裕也監督の作品で実力派の俳優陣が出演している映画としての魅力であり、あくまでも個人的な感想と考慮して頂ければ幸いです。
追記:今更ながらなんですが、石井裕也監督が「愛にイナズマ」も担当されているのにやっと気がつきましたw
正直、作品の在り方やジャンルが違い過ぎて、気がつかなかったと言うか、正直「…うそ?」「同姓同名?」と今でも半信半疑ですw
撮影した時期は多分違うと思いますが、公開されたのがほぼ同時期なのでちょっとどころかかなりビックリ。
改めてですが、石井裕也監督の振り幅の広さに感服します。
おどろおどろしい
人の心とは
実際にあった障害者施設殺傷事件をモチーフにした作品。
カメラワークがちょっと特殊なのと、画面が暗めなので序盤から不気味な雰囲気が満載。
似たようなテーマのロストケアより犯人となる人物を丁寧に描写している。
実際の犯人を忠実に再現したらしく、より生々しく事件を浮かび上がらせている。
事件を起こす直前のさとくんと宮沢りえとの対峙シーンは必見。
さとくんと話しながら自問自答しつつ答えのでない問題に何とか答えようとする。
心がない人は人ではないと言い切るさとくん。
意思疎通ができなければ心がないと言い切れるのか。
精神科の施設に入れられても変わることなく早々に出てきてしまったのは現実の対応力の限界か。
重いテーマだが少しだけ希望のある終わり方だったのが救い。
回転寿司
人間とは?
2016年、やまゆり園における植松聖の為したことをモチーフとして描かれた本作。まだ記憶に新しく、自身がどう感じ何を考えたのか、今どう考えているのか、一定の年齢に達した者ならば皆が思考できるだろう。
今、障害者に関する施策は施設から地域へと題され、施設に収容して日常生活を送ることからの脱却を希求している。そのためにはマンパワーが絶対的に必要なのだが、生産年齢人口の減少が明らかに見込まれるこの国、社会福祉にかけられる予算も脆弱なこの国で可能なのか?という思いは拭えない。脱施設によって、結果家族への負荷が日常になるような。
人間って何ですか?と周囲に問いかけ、あなたは今幸せですか?と障害を有する者たちに問うて回る元施設従業員・さとくん。行動障害を有する者は、関わり方次第でその障害の発現も軽減するが、周囲の者が100%その障害に気を使える者ばかりではない。自身の子どもが突然噛まれたり叩かれたりすることを許容できる親は多くないだろう。それでもなお共生を模索しなければならないのは、理屈としては分かっているが、どこまでできるか?私には自信がない。
どの命も大切だが、時と場合によっては、という思考が私には確実にある。私はそんなに善人ではないのだろう。それでもなお、そこから目を逸らさずに、難しい答えのない問いを死ぬまで考え続けていくこと。その覚悟だけは持っておきたい。安易な答えに飛びついてしまうことなく。
チャレンジングな映画だが、障害者施設殺傷事件そのものの考察からは逃げた脚本の印象
石井裕也 監督による2023年製作(144分/PG12)の日本映画。配給:スターサンズ
劇場公開日:2023年10月13日
相模原障害者施設殺傷事件を題材にした辺見庸の「月」を原作とする映画。「新聞記者」や妖怪の孫」で知られる河村光庸氏(2022年6月心不全で死亡)が企画。
重要だが難しく映画にしにくいテーマに取り組んだ、とてもチャレンジングな映画とは思った。作家役の宮沢りえによる東日本大震災を題材にした小説が綺麗ごとだと二階堂ふみに語らせ、この映画は綺麗な表面的描写にとどまらないぞという石井裕也脚本・監督の意気込みはこちらに伝わってきた。
そして、この原作を映画化するにあたって、石井監督が苦闘した結果が、原作には無い宮沢りえとオダギリジョー夫婦の設定ということらしい。彼ら夫婦の子供は、心臓に障害があり3歳で亡くなってしまった。ずっとベッドで寝たきりで、全く言葉も発することなく亡くなってしまった存在。それは、意思さえ示せない障害者を社会にとって無用なものと決めつけて殺害した優生思想へのアンチテーゼとなっている。息子は懸命に生きようとしていたと訴える、オダギリの言葉は胸に刺さった。
子供の死をずっと引き摺って引き裂かれそうになっていた夫婦が、新たな妊娠を得、障害者出産の恐怖にも打ち勝ち、二人で新たな関係性で生きていこうとする姿は、二人の好演もありかなり感動的ではあった。妻はずっと書けなかった著作を再開し、夫はずっと制作し続けてきたアニメーションで受賞し、創作者としての石井監督自身の拘りの様なものも感じた。
しかし、この夫婦再生の物語と障害者の殺人事件とは基本的には全く別物で、暗いこの事件に真っ正面からたち向かうことからは逃げて、希望のある話題を無理矢理とくっつけた印象を持ってしまった。聖書の「かつてあったことは、これからもあり かつて起こったことは、これからも起こる」(旧約聖書「コヘレトの言葉」)が、宮沢りえの障害者出産への恐怖の増幅、即ち個人的出来事の再現に矮小化されてしまう様なつくりも、とても残念に思えた。
宮沢りえの言葉を発せない障害者との対話、障害者も大切にすべき vs 障害者と関わりたくないのせめぎ合いは、石井監督自身の葛藤の正直な吐露の様に思えた。そして、監督自身が充分に消化しきれていないものをそのまま観客に提示するのは、自分の好みでは無いことを改めて感じさせられた。もう少し、題材と真正面から格闘した末のものが欲しかった。
障害者思いの生真面目な施設職員の青年が、国のためと使命感を持って障害者を次々と殺害する人間に変貌するさまを見事に演じていた磯村優斗の演技は、強く印象に残った。ヤクに手を出していた等、殺人犯の描写も現実には則していた様。ただ、彼の優生思想がどこから来たのかは不明で、モヤモヤ感は残った。綺麗事に嫌悪感を持ち磯村の殺人の立ち会わされる女性職員を、ほぼノーメイクで演じた二階堂ふみにも女優としての心意気の様なものを感じた。それだけに、ラストの回転寿司の皿に乗った3つの寿司でりえ家族の幸せを暗示し、事件の本質的部分との格闘から逃げた様にも見えた石井裕也脚本には、とても残念な思いが残った。
監督石井裕也、原作辺見庸、脚本石井裕也、企画河村光庸、エグゼクティブプロデューサー
河村光庸、製作伊達百合 、竹内力、プロデューサー長井龍 、永井拓郎、アソシエイトプロデューサー堀慎太郎 、行実良、撮影鎌苅洋一、照明長田達也、録音高須賀健吾、美術原田満生、美術プロデューサー堀明元紀、装飾石上淳一、衣装宮本まさ江、ヘアメイク豊川京子、
ヘアメイク(宮沢りえ)千葉友子、特殊メイクスーパーバイザー江川悦子、編集早野亮、
VFXプロデューサー赤羽智史、音響効果柴崎憲治、音楽岩代太郎、特機石塚新、助監督
成瀬朋一、制作担当高明、キャスティング田端利江。
出演
宮沢りえ堂島洋子、磯村勇斗さとくん、長井恵里、大塚ヒロタ、笠原秀幸、板谷由夏、
モロ師岡、鶴見辰吾、原日出子、高畑淳子、二階堂ふみ陽子、オダギリジョー昌平。
見てもらいたい映画の一つ
見終わったあと、ものすごく疲れました。
色んなことを考えながら見たからかもしれません。答えは出ない…出ないと思います。
いろいろな人生で、経験したこともそれぞれ違うし、考え方も違うので。
でも、沢山の人に見てもらいたい映画の一つ。
俳優、製作者、この映画に携わった方達に感謝いたします。
全282件中、121~140件目を表示