「扱うべき題材なはずなのに、テーマそして構造、描き方が陳腐」月 せろさんの映画レビュー(感想・評価)
扱うべき題材なはずなのに、テーマそして構造、描き方が陳腐
人種差別、人間と非人間という思想、優生思想、生が気持ち悪くて臭いということを認めること、あるいはそれを認めずに無いものにすること、「自分とは違う」存在を受け入れられないということ、無いものにすること。今まさに世界で起きている虐殺と限りなく近い思想の種について考えている題材であるはずで、語らなければならないことについて語っているはずなのに、なぜかこの映画を最後まで観ても考えが深まらなかった。残念だった。
それぞれの存在が鏡になって、どちらがどちらなのか誰が自分で、自分ではないのか、そんなふうに問われていく演出はふさわしかった。
しかし、最後まで、「自分は人間」って思っている人たちからの視点でしか描かれないままで、施設の中で生きている人々のこと、この映画を作っている人たちはちゃんと見ていたの?聞いていたの?本当に、葛藤を描いたの?
結局、この映画は「刺さんなかった」。
この映画を作った人も、悲しみ?で言葉を失ってしまっていたのかな…?
すごく、残念です。
結局は何も描けず、すべった感じ。
俳優さんたちも、それぞれの役の人生に向き合って演じたはずなのに。
でも、じゃあ、殺された人たちの人生には誰が向き合ったの?この映画を作る人たちの中で。
最後まで、ミミズや蛇が暗示するだけ?
結局、「人間」に靴で潰される存在のままでしか描かれていない。
何が日の光にあたって美しい、スローモーションで映される障がい者たち、ですか?
そういうカットでしか、彼らを描けませんか?
「側」という、構造を崩さないまま、最後まで「得体の知れないもの」をどうしようか迷う「人間側」の心情しか描かれませんでした。
何を描きたかったの?テーマが謎です。
最後の、入所者の方のお母さんが泣くシーンとかも、悲しい、という感想を抱かせるだけだし。
自分の、子供たち(亡くなった子供と今お腹の中にいる子供の2人)に対する思いと障がい者に対する思いを重ねて揺れる心がテーマ?
うーん…薄い…
自分の心の中の優生思想に気が付かせるのが魂胆…?
それだけ…?
もっと描くべきものがあったはず。
こんなことは事件を知っている人なら考えることなはずです。映画の中ですべきなのは、その先の対話だと思います。
〈月〉も、ハイタッチも、二階堂ふみさんの役の存在(〈嘘〉について考えさせるとか、汚いものを見るとか)も、映画のテーマの中で結局はほとんど意味がないままだった。
本当に残念な映画です。
重要な映画になり得たはずなので、とっても残念です。
残念であることについて書きたかったので、評価すべき点については書きません。
もうすでに賞も取っている映画なので、されるべきところはされていると思います。
そういうわけで、テーマとしては表面的に似てしまっている『ロストケア』の方が考えるに値する映画だと思いました。
でも、この映画『月』が考えるべきなのは、「見たくない現実を見ないようにしている人々 ー あなた」ではなく、差別、と、それが罷り通ってしまっている社会のありようですよね。「あなたも犯人みたいなことを考える人の一人かもしれない」などと刃を向けるのが目的になってしまっていては、問いかけ、考え続けることにはなりません。
問題は、個人の思想だけに問われているのではないと思います。この映画はそこまでいけなかった。
最後に。
「この人話できますか?」
と訊くさとくんのことは、
心に残り続けるかもしれません。
彼が何に葛藤していたのか、のヒントとしては。
結局、作り手は、ほとんど彼の思想についてしか興味がなかったのではないでしょうか。