劇場公開日 2023年10月13日

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「人物描写に厚みが感じられなかった」月 鶏さんの映画レビュー(感想・評価)

3.0人物描写に厚みが感じられなかった

2023年10月15日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

辺見庸の同名小説を映画化した作品でした。明示はしていませんが、2016年に相模原の知的障碍者施設で発生した元職員による大量殺人事件を題材にしている作品であり、ひと言で表すと非常に重いテーマを扱ったお話でした。事件発生当時、前代未聞の大量殺人事件が起こったことに対する衝撃があったことは勿論、犯人を非難するどころか逆に礼賛するネット世論もあり、むしろその方が社会的に根が深い問題だと感じたものでした。

で、そうした衝撃を受けたのは映画制作者も同様のようで、昨年6月に公開された「PLAN75」の早川千絵監督も、相模原の事件が同作を創ったきっかけであると語っていました(参考 「どんな未来を望みますか?」 弱者を切り捨てる社会で問いかける映画「PLAN 75」 早川千絵監督インタビュー)。 また、今年3月に公開された「ロストケア」も、訪問介護センターに通う高齢者40名以上が、そこの職員に殺されるという話を描いたものでした。

「PLAN75」も「ロストケア」も、高齢者がターゲットになる話であり、障碍者がターゲットとなる本作とはその点異なるものの、効率重視、コスト重視、生産性重視の昨今の風潮が極まると、高齢者や障碍者といった社会的弱者が排除されるディストピアが生まれるんじゃないのかという恐ろしい予見を劇化するという意味では、同様のテーマの映画だったと言えるのではないかと思います。

そうしたテーマを扱った映画であり、「PLAN75」や「ロストケア」同様、かなり期待していた本作なのですが、正直映画としてはイマイチでした。というのも、全体的に登場人物の描き方が薄く感じられたのがその原因でした。主人公の堂島洋子(宮沢りえ)とその夫の昌平(オダギリジョー)は、彼らの長男が先天的な病気を持って生まれ、3歳の時に亡くなったことをずっと引き摺っており、この2人の描写はそれなりに丁寧に描かれていました。しかしながら、この2人以外で最も重要な役である大量殺人を計画・実行したさとくん(磯村勇斗)に関しては、教員を目指していたものの、ならなかった(なれなかった)ことや、刺青をしていること、大麻を常用していたこと、施設入所当初は仕事にやりがいを感じていたことなど、実際の相模原の事件の犯人をなぞるような描写がありましたが、最も肝心な、最終的に大量殺人を起こすに至るまでの彼の内心の変化についてはかなりザックリとした描き方になっていて、全く合点が行きませんでした。

また、昌平の勤務先の同僚や、洋子やさとくんと施設で共に働く同僚が、昌平やさとくんを馬鹿にしたりイジメたりする場面が出て来ますが、彼らの描き方は極めて平板で、全く人間味を感じることが出来ませんでした。まるで書き割りのようだったと言い換えても良いでしょう。登場回数もそこそこあり、昌平やさとくんに対して吐き捨てるような心無いセリフも結構あるのに、彼らは名前すら出て来ず、これまでにどんな人生を送ってきたのかも一切触れられていません。言ってみればモブキャラな訳ですが、その割に昌平やさとくんの心情に影響を与える重要な役どころでした。制作者としては、モブキャラとしての名無しの彼らに、逆に社会全体を背負わせていたのかとも思ったものの、生きて来た背景のない人はいない訳で、その点に物足りなさを感じざるを得ませんでした。

俳優陣については、「PLAN75」でも重要な役をやっていた磯村勇斗は相変わらず安定の演技をしていたし、主役の宮沢りえも、かつての印象とは全く異なる快心の演技をしていたと思います。またオダギリジョーの存在は、全面的に暗い映画の中で、一服の清涼剤の役割を果たしていたように感じられるなど、総じて評価できるものだったと思うだけに、人物描写がイマイチだったのが残念でした。

鶏
humさんのコメント
2024年9月8日

オタギリジョーさん、彼の持つ雰囲気がおっしゃる通りの味を出していましたね。
重いテーマのなかで大切な存在でした。
それにしても、彼も妻と共有する過去や仕事への深い悩みのなかにいた。
それを他人に見せずにフラットでいようとする姿には妻や亡き子へのやさしくて強い愛をより感じました。

hum
いぱねまさんのコメント
2023年10月17日

再度のコメント、畏れ入ります
貴殿の細かいディテールのご指摘、大変参考になります
"狼男"がモチーフなのかも知れないと、安易ですね、失礼しました(汗
でも、案外、そういう超自然的な何かを原因とするモチーフも忍ばせたかったかもしれません というのも、結局のところモデルの件の男に訊く訳にもいかないですし、訊いたところで利用されるだけ 淵は描くが、ど真ん中はぼやかさざるを得ないというのが本音だと察しました

しつこくて申し訳ございません

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いぱねま
さんのコメント
2023年10月16日

いぱねまさん、私の駄文をお読みいただき、かつご丁寧な感想をお寄せいただきありがとうございます。
いぱねまさんのレビューも拝読しましたが、アマチュア的なカメラワークに関しては、私も同様の印象を受けました。特に「月」という題名の割に、序盤はあえて「月」を見せず、月の光だけしか映していなかったことに、意味があるのかなと思ったりしました
「月」が画面に登場するようになった後半以降、さとくんの心に大量殺人を実行しようという思いが顕在化したようにも読み取れなくもなかったのですが、どうなんでしょうね。

鶏
いぱねまさんのコメント
2023年10月15日

突然で失礼します

先ずは、決して貴殿のご意見を否定するコメントではないことを予め釈明させて頂きますので、何卒ご理解願えれば幸いです

貴殿のレビュー、興味深く拝見致しました 他のレビュアー様でも、同様の人物描写の浅さをご指摘しておりましたが、簡潔に解り易くその点をご指摘されていた貴殿の描察力に、偽り無さを感じましたので、私意見を述べることを許して頂けると、勝手に考えて差し出がましいですが甘えさせて頂きたく存じます

私の拙たない解釈では、今作に於いてはいわゆるモブキャラの人物背景の必要性を感じておらず、実際、現実に於いても自分を頭ごなしに否定する輩は存在し、そういう人間のバックボーンを探る努力をする必然性を持ち併せておりません 但しだからといって社会を憂いこそすれ、攻撃的に他の社会的弱者に毒牙を掛けようとする思考も起きません では、件の奴はそこがメルクマークとなり、行為に発展したかと言えば、物語上でも、モチーフとされた事件でも、克明には説明できないと考えます 幾らでもきっかけは想像出来ますが、その全てが正しくもあり間違っているのだろうと、その複雑怪奇な犯行の発露は、だからこそ映画化することで事件の記憶を留めておく、そして未来永劫原因の解明を追い続ける、潰えることなき"宿題"としての提示なのだと、生意気ながら考えます 映画化が無意味ということはなく、今作を失敗作だと感じた人間が、では自分ならばどう作ればよいかというきっかけを植える意味での意義は必要である立場です

話が逸れてしまいお詫びしますが、実は理解しようとお互いが努力出来れば、こういう事件が起きない可能性が高いという事を、反面教師的に示唆していると捉えるのもシナリオの手法として有りかと思った次第です
もし、お気持ちを害したならば誠にお詫び申し上げます 拙文、大変失礼しました

いぱねま