「宗教学者親子のドラマを大胆にリメイク。クラシック入門的な楽しさは〇」ふたりのマエストロ 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
宗教学者親子のドラマを大胆にリメイク。クラシック入門的な楽しさは〇
2011年のイスラエル映画「フットノート」は、ユダヤ教の聖典タルムードを専門とするライバル研究者の父と息子(共に大学教授でもある)が、名誉ある賞の受賞の通知ミスを巡り、もともと不仲だった関係がさらに面倒なことになって……というあらすじ。題名は論文や研究書の“脚注”を意味し、宗教学研究の文章表現が物語の鍵になるなど、かなりアカデミックな要素を含む原作だ。これをフランスでリメイクするにあたり、父子の職業をクラシックの指揮者に置き換え、ミラノ・スカラ座音楽監督就任の依頼電話が間違って父にかかったことから巻き起こる騒動に変えることで、名曲の数々とともに気軽に楽しめるエンタメ映画に仕上がった。
原作映画の方はカンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞するなど、親子の確執や心の機微を伝える台詞のやり取りや賞選考と発表をめぐる物語構成が高評価されたが、フランス版リメイクは娯楽要素を重視するあまり、オリジナルにあった細やかな配慮がかなり損なわれた印象だ。一例を挙げると、イスラエル版では本来受賞するはずの息子がなんとか父に賞を獲ってもらおうと裏で尽力するのだが、本作では息子ドニがスカラ座の音楽監督の依頼が本当は自分に来たという真相を父フランソワになかなか打ち明けられないくらいで、どちらかと言えば恋人のバイオリニストをミラノに連れていくかどうかの悩みの方が深刻そうに映る。宗教学より音楽、学問研究より恋愛という具合に、大衆が好むわかりやすい要素に改変したのもフランスのお国柄か。
相対的に深みの足りない脚本にはなったものの、劇中で演奏される音楽は、ベートーヴェンの「交響曲第9番」やモーツァルトの「フィガロの結婚 序曲」をはじめ、耳馴染みのあるポピュラーな曲をかなり長めの尺でしっかり聴かせてくれるので、クラシック好きなら演奏場面だけでも相当楽しめそう。個人的には、女性歌手(フランス人メゾソプラノ歌手のJulie-Anne Moutongo-Black)の独唱つきで演奏されるモーツァルトの「ラウダーテ・ドミヌム」が美しくて聴き惚れた。ネットで歌詞を調べたら「父と子と聖霊に栄光あれ」という一節を含むようで、父と息子の物語にかけた選曲なのかもしれない。