違国日記のレビュー・感想・評価
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悪くはないと思うんだけど
原作未読。監督の他の作品も未視聴。
140分と長いが、原作の何処までを映像化したのか分からないけど、詰めすぎて、このエピソード要るかなぁ?と言う感想が出てしまう。
反面、姉妹の確執がそれだけ?って。しかも、良く有る事だけど言った方は殆ど忘れてるだろうなぁ・・・・・・(あの子(妹)、なんで私の事を避けるんだろう)くらい思ってそう。
しかし、父親の影が薄い・・・・母親の再婚相手?って思う程に存在感無し。まぁ、父親ってそんなもんよね。
朝が来る
映画は新星発掘の場でもある。
また一人、フレッシュな逸材が誕生。
早瀬憩。
ちょいちょいTVドラマや映画に出ていたようだが、大役は初。
1000年に一人級の美少女ではない。演技もまだ拙い。
が、今この瞬間を捉えた初々しさ、ナチュラルさは特別。
思春期特有の複雑な感情の揺らぎ、ひたむきさ、懸命さも伝わってくる。歌声も披露。
年末の新人賞に期待!
作品も少女の成長やこれからを背中押ししてくれる温かさと優しさに満ちている。
中学卒業直前、母親を交通事故で亡くした15歳の少女・朝。
葬儀中、親戚の間でたらい回しにされそうな話が…。
そんな時引き取りに名乗り出たのは、母の妹の槙生。
小説家として活躍する35歳の若いおばだが、人見知りで人嫌い。母(姉)とは絶縁状態。引き取ると言ったのも姪への情愛からではなく、見かねてつい勢いで…。
言った手前、取り消しは出来ず。一つ屋根の下で一緒に暮らす事になるが…。
疎遠だった親族があるきっかけで一緒に暮らす。
映画ではよくある設定。展開も大方予想付く。
それをどう魅せられるか。演者や監督の手腕に懸かる。
瀬田なつき監督やガッキーや新星・早瀬憩らは心地よく魅せてくれた。
35歳。不器用女。
15歳。多感な少女。
この設定がミソ。まあ円滑に行く訳がない。
母との関係を聞こうとする朝。が、槙生は一切NG。
槙生は朝に事前に言っておく。あなたの母親が嫌いだったから、あなたを愛せるか分からない。
ちょっと壁ありのドライな関係。
笑い合ったり、ほのぼのの時もある。
かと思えば、些細な事で言い合い。気まずく…。
が、翌日には何事も無かったように。そしてまた言い合い。また平常に…。
お互い必要以上に気遣ったり、仲良しこよしじゃない微妙な関係が絶妙。
見ていて微笑ましく、もどかしさも。
おばと姪の間柄だが、ちょっと違うような。もっとそれ以上な。
大人と子供。対等の女同士。少し似た者同士でもある。
そんな距離感。ズレや溝。関係を深めていく様…。
ガッキーと早瀬憩が素晴らしく体現。
早瀬憩については先んじて触れたので、ガッキー。
いつものキュート&スマイルを封印したガッキーがいい。『くちびるに歌を』『正欲』に続くシリアス好演。
可愛いだけじゃない。これがガッキー…いや、女優・新垣結衣の実力だ。
二人を取り巻く人間模様も素敵。
槙生の(唯一の)友人役の夏帆。これまた素を思わせるナチュラル演技。
3人で餃子パーティーのシーンは撮影じゃなくまんまオフ会でしょう。
ガッキーも夏帆も10代の頃から見ていた。そんな二人が今は見守る側に回って…感慨深い。
朝の友人・えみり。序盤、ある事で喧嘩。が、すぐに仲直り。これこそ青春。えみりは朝にある秘密を打ち明ける。これこそ親友。
演じた小宮山莉渚は正統派の美少女タイプ。こちらも今後が楽しみ。
本当に温かい作風で、ゆったりと流れていく。
身を委ねたくなる一方、劇的な展開は起こらず、130分強長く感じてはしまう。
が、瀬田監督の繊細で透明感ある演出、映像美や音楽はヒーリング効果すらある。
ただの癒しだけではなく、しっかりと悩みやエールを送ってくれる。
卒業直前の不幸。つい友人が学校に話してしまい…。
普通に卒業したかっただけなのに…。
周りの腫れ物にでも触るような反応がイヤ。
誰も私の事を思ってくれない。
母親との関係は良好。時々厳しかったりもしたが、いい母親だったと思う。
そんな母親が突然いなくなった。まだまだ一緒にいると思ったのに…。
その喪失感は周囲の慰めだけで埋められるもんじゃない。母親の幻影を見るほど。
槙生だけは違った。過剰な同情や慰めはしない。
こういう時嘘でも母親とは関係悪くなかったと言いそうな所を、はっきりと、大嫌いだった。
不思議な人。変わってる人。ちょっと大人としてダメダメな所もある。
でも、自分に正直。朝にも正直。不器用ながらも向き合ってくれる。
人見知り人嫌いな槙生だけど、案外面倒見はいい。彼女に引き取られて良かったかも…?
いや、良かったのだ。今の心境、学校や部活や友達の事で朝が悩み顔をしていた時、さりげなくアドバイスとエール。
何故だろう。しっかりとしたパーフェクトな大人から言われたって聞きたくない。
ちょっとダメな所もある人から言われた方が響くのだ。例えば寅さんとか。
この人も自分と同じ。似てる所がある。だから、分かってくれる。
やりたい事をやればいい。
あなたと私は違う人間。一人一人、違う人間。それでもいいんだ。
決してあなたを踏みにじらない。
説明不足や物足りなかった点もある。
槙生と姉の関係。槙生は姉が朝に宛てた日記を預かり、それを1ページ読んだだけで閉じてしまうほど嫌い。異常なほど。一体二人の間にどんな確執が…? 一応語られるのだが、あ、そんなもん…って感じ。うるさ姉と不器用妹、ソリが合わず。
しかしその日記がグッとさせられる。
“朝”という名前の由来。これ、素敵だなぁ…。
母の思い。槙生の見守り。
それらを一心に受けて。
朝が来る。それは必ず来る。
そして新たな私が始まっていくんだ。
とても好きな映画。
とても好きな映画がまたひとつ増えたなって思えた作品でした。
原作を知らないまま観たんですけど、映画全体のバランスがとても良くて、最初から最後までを全体的に愛せる作品。
バンドのシーンは青春と若さとぎこちなさが完璧な演出でした素晴らしい。
個人的には葬式のシーンが心に残っています、泣きました。
関係性の構築
疎遠だった姉の子を引き取り過ごす2人。
ほぼ知らない者同士の微妙な関係から互いに寄り添う関係性を構築するまでを丁寧に描いている。
心情的に大きなものはあるのが、物語として引き込まれるものとしては弱く2人の関係性の構築だけでは静かな海を眺めてる様な穏やかさを感じるのだが、もうひとつスパイスが欲しかった。
主演女優は良かったです
原作漫画を1巻だけ読んだことがありますが、ほぼ初見で。
まず、姪役の早瀬憩が良いです。「ショートカットが似合う」という高レベルの美少女であり、表情が豊かで、透明感のある声。これから楽しみですが、スペースクラフトって若干微妙な事務所、頑張れ〜
ガッキーは、、、ガッキーでした。前作「性欲」は観ていないですが、キャラ変しようと模索中なのかな。本作も、背が高くて痩せ型、ってのは合っているのですが、、、、やっぱキラキラが滲み出てしまう。もう、ガッキーに合わせた役をやればいいと思う。
同世代の、綾瀬はるかは何歳になっても、綾瀬はるか的な役で違和感ないので、結婚とか年齢は関係ないと思うのですがね〜。
作品としては、まあ普通な話。原作知らんので、深読みしすぎてかもしれないが、姪っ子の同級生に外国人をキャスティングしたり、本編とは関係なさそうな同性愛を入れてみたり、姪っ子のウジウジも相まって、なんかスッと感情移入できない作品でした。
漫画は未見
映画の完成度って女優が魅力的か、そうではないかでだいぶん変わるけど主演二人のキャスティングが絶妙でもうそれで満足しました。これはクワイエットプレイスの新作には出来なかった事だな。
可哀想な境遇の女の子が健気で健気で、叔母さんとうまくコミュニケーションとれないとこは悲しかっただけに、後半ではっちゃけてバンドのボーカルしているシーンは我が子の発表会を見ているようで微笑ましかったです。一つの家族が出来上がっていく過程を丁寧に描写した。良い作品でした。
原作のセリフやエピソードのチョイス
原作が好きです。映画化となると原作に忠実にとはなかなか難しい事も承知していますが、槙生の大切なセリフがカットされているのが勿体なくて。
「この先、誰があなたに何を言って誰が何を言わなかったか... いつかあなたの灯台になる」の部分と「あなたは15歳の子供はこんな醜悪な場にふさわしくない 少なくとも私はそれを知っている もっと美しいものを受けるに値する」の部分は言わせてくれないと意図が伝わらない。砂漠もそう。
あと、おばあちゃんが朝に遺体の確認させた所を槙生と行かせるとか、事故現場に行くのとか、そうじゃないと思う。
笠町だってもっと槙生の立場や気持ちを尊重する人なのに、日記の事を喋ったり、サイン会でみんなの前でプライベートな誘いをしたり残念!
何よりも槙生が朝に、朝の母である姉の悪い思い出や恨みは話さないという主義を貫くのに、映画では終盤どんどんぶちまけちゃう。凄く残念。
キャストで個人的に槙生のイメージは富永愛さんとかりょうさんだったけど、あの可愛いガッキーが目や表情が槙生で良かった。キャストや絵はきちんとしてて綺麗で良いのに、セリフやエピソードの拾い方だと思う。
朝の歌は子供らしくて可愛かったけど、そこはもっと歌ウマな感じに仕上げて欲しかった。
原作を読んだから伝わる物もあったので、原作未読でももっと伝わるように出来たのでは?とも思う。
2時間にまとめるにしても、削るところと残す所のチョイスが残念な感じがしちゃうのは、私が原作を好きだからだろうか。
タイトルなし(ネタバレ)
突然の事故で両親を喪った15歳・高校生の朝(早瀬憩)。
呆然とするしかない彼女だったが、両親は事実婚。
葬儀の精進落としの席で、未成年の朝を誰が引き取るのかがこそこそと話されていた。
そんな中、彼女を引き取ることにしたのは、彼女の母・実里の妹で小説家の槇生(まきお、新垣結衣扮演技)。
実里と槇生とは折り合いが悪かった。
というか、わだかまりは実里が死んだいまでも解けていない。
しかし、槇生は朝に言う、「あなたを愛せるかどうかはわからない。でもわたしは、決してあなたを踏みにじらない」と・・・
といったところからはじまる物語。
異なる価値観・世代の女性ふたりが心打ちとけていく物語・・・を期待するのがスジなのだろうが、映画はそう簡単なホームドラマにならない。
ふたりは簡単に打ち解けない。
とはいえど、憎みあっているわけでもない。
愛せるかどうかわからないが踏みにじらないよう、互いに理解し合おうとする話だ。
人生の先輩の槇生は、いくつかの世間・社会を知っている、経験している。
朝は、まだ家庭と学校のふたつの世間・社会しかしらない。
よって朝にとっては、そのふたつの中の価値観が、社会的価値のすべて。
この設定が興味深い。
中学を卒業した朝は高校へ入学し、別の価値観を有する社会に遭遇する。
そこでは、新たな価値観もあり、それは親友その他を通じて朝にもたらされる。
絶対的な社会的価値の基準だった母。
それを疎ましく、憎みさえしていた槇生。
その根源がどこにあったか、映画は簡潔に描くが、本当のところ、何があったはわからない。
朝の母・実里にも、幼い時分に何かあったのだが、それは描かれない。
そのような、すべてが白日のもとに曝け出されるわけでない状況で、朝と槇生の心理的・精神的な距離感は縮まっていく。
ということで、本作、すばらしくいい映画なのだが、どうもわたしの心の底には何か引っかかるものがある。
終盤、海辺で佇む槇生をみつけた朝は、槇生の後ろ姿に母親を重ねる。
槇生は実里を赦さない理由を決して語らないが、朝が実里について、自分にとって少し嫌だった点を告白する(告白といっても、さらりと)。
朝の言葉に槇生も首肯するのだが・・・
個人的には、槇生と朝が心根のところで接近するこのシーンがもっともいいシーンで観終わって「すごくいいな」と思ったのだけれど、どこかにわだかまりがあった。
それはたぶん、似た者同士、叔母と姪、母と娘、姉と妹・・・
いわゆる血縁だ。
いちばんいいシーンが血縁をバックボーンとしている、その単純さが、わたしの心にわだかまりを作ったのだろう。
なんだ、やっぱり血の話だな、と。
価値観のことなるふたりの女性の違う世界の日々をつづった違国日記だったのに、つながっているのはそこなのかぁ、と。
いやまぁ、ほかのひとたちはそんなこと感じないんだろうなぁ、とも思う。
が、感じちゃったんだから仕方がない。
いや、映画、いい映画でしたよ。
原作を特別好きなら別物だと思った方がいい
もしこれが「違国日記」です!と言われれば違うと言いたい。
けれどリスペクトが無いかと言われれば、それもまた違う。
あれだけ繊細な作品を2時間に収める方が無理がある。
朝ちゃんの奔放さが良かった。
でも原作の魅力は奔放に過ごす朝にも受け止めきれずどうしたらいいのかわからないところから、ゆっくりゆっくり自覚していったり、ちょっと遠いところから寄り添ったり、とても映画に落とし込めるものじゃなかった。
だからこれは別物として、空気感や主人公と叔母の関係性と完璧な母親とは違う大人を見て自分なりに前に進もうとする主人公を見る映画かなぁ。
話はいいんだけど…
あまり話題にならなかった感じなので、期待しないで観ました。全体の話はすごい良かった!姪役の子の演技もすばらしく、これから売れる予感もしました。だけどそんなに多様性を入れなきゃだめですかね?あれで少し冷めて-1点。本当にいい話だったので残念でした。
受け入れる
『人が人を受け入れる』なんて言うことは、とてもむずかしいと思う。
身内でさえそれができるかどうかはわからない。
それは常に人は『環境ごと』に『瞬間的』に『多様にわたって』変化してゆくからだと思います。自分自身でそれがわかって行動できるなんていうことは稀でしょう。
繋がり続ける事自体むずかしい。
だから槇生自身、朝を引き取った理由は本人ですらわからないが、その時はそれが最善だと思った。
後から考えても現実の方が早く過ぎすぎて、理解の方が追いつかない。
自分は原稿が書けていないのに、朝は日に日に成長してゆく。
槇生ができたのは、せめて朝に『アドバイス』を送るというのが精一杯。
朝は家族(特に母親)に十分受け入れられて生きてきた。
一方、槇生は家族から否定されて生きてきた(母親からの何の手助けもなく…最後和解)
そんな二人が、
お互いがお互いに気持ちを言葉にして送り合う。
さながらエコーのように。
そして二人は引き合うようにして海岸へとたどり着く。
そこでお互い少し前向きになれた感じ合う、違った向きで。
けれどもそれはそれでいいと、いやそれがいいと思ったのでしょうね。
『失敗したらどうしよう?』
『もう一回やれば良い!』
よいコトバです。
昨年の『生欲』に続いて新垣結衣さん出演作を観ましたが、良い役者さんですね。
ナチュラルな演技が観ていて非常に気持ちがいいです。
また出演作があるでしょうから、今後も観ていきたいです。
原作のセリフをもっと大切にして欲しかったです
そもそもキャスティングが発表された時点でかなり自分の解釈とは違くてがっかりしつつ、自分の中で一番好きな漫画の映画化だったので観に行きました。(それぞれ好きな役者さんだったのですがイメージとあまりに違ったので…)
役者の皆さんの演技は素晴らしく、特に新垣さんは最初絶対違うと思ったのですが、しっかり役作りをされていて槙生ぽくなっていてさすが役者さんだなと思いました。(役作りのために演じる前に漫画を読み込んでいたと番宣でおっしゃっていたので努力の賜物だなと思いました。)
ただ脚本というかセリフ選びにかなりがっかりしました。原作の漫画は言葉の美しさが魅力なのにそれがほとんどカットされて原作の美しさは失われてしまっていました。
タイトルの意味の説明もなく、最初の葬式のシーン、部屋の片付けのシーンの大切なセリフがかなりカットされていて悲しかったです。
何より笠町くんがまるで別人のようになっていたのが悲しかったです。
漫画ではもっと言葉を選んで話していたし、槙生の気持ちを考えて慎重に気長に行動していたはずなのに、最初の登場シーンではいきなり槙生に対する不満を言い出し、サイン会に参加して知り合い感丸出して話しかけ、朝には日記のことを言ってしまい漫画の人物像とはかけ離れていました。
あと弁護士の塔野さんは完全にキャスティング違うのでは…?染谷さんの無駄遣い感が否めませんでした。
漫画のストーリーを色々に組み込んでいるのはファンとしてはありがたいのですが全体的にほんとに原作を読み込んでいるの?と思ってしまうような部分が多く後半は観ているのが辛かったです。
ラストも原作では朝には母親の嫌いなところは絶対に言っていなかったのに言いまくって終わるし事故現場に行くシーンも必要なのか…?というかもっと原作に寄り添ったラストにできなかったのかと思ってしまいました。
せっかくいい役者さんを集めているのに本当に残念な映画になってしまって勿体無いと思いました。
脚本を書く方にはもっと原作のセリフの意味をよく理解して選んで欲しいです。
だったら槙生と朝だけの関係性を描いてほしかった(原作既読)
原作がとても好きで、ガッキーが槙生ちゃん?と一抹不安を抱えながら見に行きました。
この点で言えば、思いの外悪くないキャスティングだったなと思います。槙生ちゃん含め、朝もダイゴもえみりも。キャスティングは悪くないし、役者さんそれぞれの演技も原作の登場人物と近いものを感じたが、脚本があまりにも……。
原作では最初から最後まで登場人物がそれぞれの立場からきちんと15歳という「柔らかい年頃」の朝を思いやっている。
原作では遺体確認を朝にやらせた母親を槙生は怒ったのに、映画では槙生が朝と一緒に、なんなら朝のほうが近くで遺体確認をしている。その時点で「おや?」となった。
「悲しくなるときがきたらそのとき悲しめばいい」
「あなたは 15歳の子供は こんな醜悪な場にふさわしくない 少なくともわたしはそれを知っている もっと美しいものを受けるに値する」
冒頭、この2つの言葉が重要だと思うのだが映画では見事にカット。他にもこのセリフはいれるのに続きのセリフはカットなの……?なところが多くて不完全燃焼というか、セリフの意図がこれじゃあ伝わらないよね、て感じだった。
ピクルスの下りも、朝が急に妙な絡み方をしてきて「朝ってこんなに面倒だっけ?」となった。15歳らしい絡み方をする子ではあるんだけどね。個人的に違国日記を紙で買おうと決めたのがここで槙生が「現在形」「現在完了進行形」「過去完了形」を説明するところだったので、こんな変なオリジナルいれるならそっちをやってほしかった。(見る前からカットされるだろうとは思ってたけれど)
えみりと槙生の会話についても、原作ではえみりとある程度関係を築いて、えみりがちゃかすために聞いたわけじゃないから槙生は応えたのに、槙生は初対面で自分のことをあそこまで話せる人間ではない。且つ、その話をするなら映画を貸すところまでやって欲しかった。えみりは槙生と話しただけで救われたわけじゃなくて、槙生が貸してくれた映画もセットでようやく救われたのに。
えみりが朝に打ち明けるシーンもなんで体育館?しかも放課後なら部活とかで使われてるのでは?校舎裏とか屋上とかもっと他の場所あるでしょう。
そして、あんなに中途半端に出すくらいなら笠町くんも塔野さんもカットして良かった。特に塔野さんなんてあのシーンバッサリカットしても不都合なかったのでは?というくらい。染谷さんをキャスティングするほどでもないというか……。
個人的に一番嫌だったのは笠町くんのキャラ崩壊。他の登場人物は平気だったのだが、笠町くんは駄目だった。
距離感を間違えて別れて、それでも槙生の人生に関わりたくて槙生にとってちょうどいい距離感を模索して、し続けてる人がサイン会という大勢に見られてる仕事中の槙生にプライベートの誘いは絶対にしない。サイン会にだって行かないだろう。万が一行ったとしても知り合いムーブはしない。
そして誠実に丁寧に朝と接する人(自分の年の半分以下の朝に対してさん付けするくらい)があんな迂闊に日記の話を朝に振らない。
完全に笠町くんの良さは消され、映画の話の転換に都合の良い人としてしか描かれてなくて心底がっかりした。こんな風にしか描けないなら無理やり全部ダイゴに置き換えて笠町くんを出して欲しくなかったくらい。映画の笠町くんとは槙生は別れてから連絡は取らないだろうと思う。
朝の日記についても重要なアイテムなのにかなりおざなりな扱いだった。ましてや砂漠の話が一切出てないのに朝が急に砂漠のあのイラストを描いても原作を知らない人は「なんぞ、これ?」となるのでは?
エピソードのかいつまみ方が微妙で全体的に薄味。結局何を意図した映画なのかも分からない。これならいっそ槙生と朝以外の色んなエピソードを思い切ってバッサリなくして、二人の関係性と朝の成長を重点的に描いたほうがよかったのでは。
同盟
「ゆっくりいこうや」
朝に投げかけたマキオの宣言が心地いい。
新垣さんの好演が光る。
内向的だが芯のブレない主人公がハマってた。ぶつ切りになる語尾もよくて…あんな美しいタイプに出会った事はないけれど、ああいう人いるなぁと思う。
早瀬さんも素敵だった。あの人懐っこい笑顔は天性のものだろうか。初々しかった。
さて、本作だけれども…
色々と深読みすると味わい深い題材に思う。
冒頭にマキオは言う。
「私とあなたは別人だから、理解なんてできない」
その通りだと思う。
が、両親を亡くした直後の15才には辛辣だ。
これ以降思うのは、大人が子供に及ぼす影響がこんなにも容易に浸透していくものなのかって事だった。
朝は母親とは別の価値観を育んでいく。語られるエピソードはその条約に則ったもののようにも見える。
小説家を生業とするマキオは、慎重に言葉を選んで話してるようにも思う。彼女が考える最大限の敬意を払ってるようも見える。
対等な同盟を締結しようとしている。
…過干渉をしないと言うか、独立国として認識してるようでもあった。
何かで読んだのだけど、人に腹が立つ原因の8割は「自分の言う通りにしない」からなのだそうな。相手に原因を押し付けたりするが、掘り下げていくとその思考に辿り着くのだとか。
つまりは自己肯定感を否定される事に起因するとか。
どこかで自分に幻想を抱いていて…親だから、上司だから、先輩だから、コイツより俺の方か優れてるから、そう言う優越感を相手に認めてもらえないから怒るのだそうな。
同時に相手にも期待するわけだ。変えてくれるだろう、やってくれるだろう、分かってくれるだろう、その期待感が裏切られるって感情もあるかもしれない。
その勝率の基準は常に「自分」だから諍いが起こる。
でも判断するのは「相手」なのだ。
別人が自分の基準を100%理解して判断する事はない。少なくともマキオはソレを踏まえて朝に向き合おうとしているように思う。
マキオの荒れ放題の国土は朝によって改善されていく。賢い子だなとおもう。人に得手不得手があるのを心得てるし合理的な思考だなと思う。
朝には朝で未知との遭遇だ。大人なのに大人ではない人がいる。元彼は言う「大人になっても大人がわからない」とかなんとか。激しく同意だw
ソファーに座る2shotで、マキオと朝がほぼほぼ同じようなリアクションをする。
もの凄く微笑ましい。
マキオは朝を受け入れているのだし、朝はマキオを慕っているのだろうなと感じられる素敵なカットだった。
体育館で同性と付き合ってると告白されたシーンでは、本心を指摘されたりする。人の価値観ってなぁ言葉尻に出るんだなぁとも思うけど、相手にソレを気づかせるのは傲慢にも思える。
海辺では「高代美里」について2人が語り合う。
朝は「朝のお母さん」としてマキオは「マキオの姉」として。
面白いなぁーと思う。
2人が語る人物像が全く重なってこない。
立場と関係性によってこんなにも違うのか、と。この会話自体が人の持つ多面性の証明でもあると思う。
だからこそ他人を理解する事など出来ないって結論にも至る。
じゃあ、人が分かり合える事はないのかって言うとそうではない。その答えを作品を通して朝とマキオが実践してくれているのだから。
属国にするのではなく同盟を結べばいい。
とても味わい深い一作だった。
3人で「夢の中へ」を歌う後ろ姿が可愛らしかったなぁ。
同じ国にいて異国の人たち。
タイトルがぴたっとくる。
疎遠の姉妹、小説の仕事ばかりで独りで過ごし、気づいたらある程度の年代になった女性。
ガサツではあるが恋人のような人はいる。
多少似たような境遇であるので、もしも甥っ子があのような境遇にあって
大人だけの世界に、急に中学生という異国の住人が家に来たらあんな感じ?とリアルに思わせた。
朝が槙生の家にきた次の日の朝、卒業式なのに頭ボサボサで行ってらっしゃいと見送る。
この映画、あの世代のお子様がいるお母さんから見たら別世界なのかな。
子供がいない仕事ばかりしてる大人の家なんてあんなもんです。
わからないなりに寄り添って行こうとする
槙生の言葉がとても心地良い。
少しずつ仲良くなっていく2人も良かった。この先もずっと観ていたくなる。
同じ家で幼少期を過ごしたはずの兄弟なのに、気がつくと全く考え方が異なることがある。
まるで異国の人。きっと仲良しの友人や仕事仲間より遠い存在だ。
いや、成長する中で自分で選び取って心地いい人、近しい人と過ごしているんだ。
槙生の姉が朝のために書いた日記を読むと同じようにイライラしてしまった。私も苦手なタイプ。
ラスト近く、お母さんの家で、お姉ちゃんの方が世間に馴染まないタイプだったというのが衝撃だった。
自分ができないから嫌なこと言ってたのね。
お母さんとの事は朝との距離感を図りながら、少しずつ言葉にしている槙生が素敵だと思った。
そして、過去の話を聞いて、母の言った言葉は酷いと言った朝も好きだ。
個人的にガッキーは何やっても可愛いと思ってる。粗野な女子役は可愛いすぎず様になってた。
女性はある年齢から何もしないとおじさんになっていく。ガッキーもそっち?
(ある年齢からおばさんになる男性もいる)
新人・早瀬憩さんの今後が楽しみ
原作やあらすじの予備知識がなく観ました。
登場人物による人間関係の取り方から、ジェンダーも盛り込まれていると思いました。
刺さるセリフも多かったです。
解釈や受け止めは観ている人にお任せで、人によりけりということかなと思いますが、中3で目の前で親を失くしたら、もっとショックや交通事故に対するトラウマがあるだろうと思うのが感想で、そういう場面がもっとあっても良かったと思いました(最後に事故現場に花を供えて号泣する場面はそうなのかもしれませんが)。
あと人間関係のエピソードも、母と子、姉と妹、もうちょっと明確なエピソードが欲しいと思いました。
引き取る、引き取られる、ということを決めた際の新垣さんと早瀬さんの表情が印象的でとても良かったです。
新垣さんは「正欲」同様ちょっと偏屈でコミ症的な役が似合うようになりました。
そして新人の早瀬さんが良かったです。今をときめく河合優実さんのデビュー時に似た感じです(「愛なのに」の瀬戸康史さんも出ていたので余計にオーバーラップしました)。きっとこれから活躍する女優になることでしょう。
あえて一つ。夏帆さんは素晴らしい女優ですが、新垣さんと同い年の親友役は合わないと思いました。
中身の濃さ
底抜けに明るい朝と正反対の槙生の対比が面白かったです。
大人という物が全面に出ている槙生と、子供っぽい好奇心と
物怖じしない明るさの朝って言うコンビが見ていて楽しかったです。
起こることっていうのはそんなに大きいことではなさそうなんですが、
朝がなんか話を大きく見せる感じがして楽しかったです。
ただ、内容濃いのにストーリーがはっきりしない残念さ。
姉妹の心の葛藤がなくなるとか、叔母と子どものわだかまりがなくなり、
とかそういうのが一切感じられなく、日常風景が書かれてただけっていう感じ。
それも見ていて楽しかったですけど、最後に、この映画の目的はなんだろう?
ていうのを思いました。
楽しい映画なんですが。
不穏さと明るさのバランスとアンバランスの良さある魅力作品
(完全ネタバレですので必ず鑑賞後にお読み下さい!)
正直に言えは個人的には、作家の高代槙生(新垣結衣さん)の過去の姉・高代実里(中村優子さん)に言われた言葉は、現在まで持続して根に持ち続ける程のものではないとは思われました。
しかし、一般的には些細に思える言葉や出来事を、(おそらく原作者が持っている)執念的にも持ち続ける特異さは、作家としての才能と裏表とも感じ、事実、観客である私にも似たような体験があったなと記憶を呼び起こす力を持っていたと思われました。
一方で、中学を卒業間近の田汲朝(早瀬憩さん)は、冒頭で苛烈な体験をしながら、その後、(時折の孤独の差し込みはありつつも)意外にもほとんどが一般的には普通とは変わらない明るい学生の振る舞いをしています。
本来であれば、田汲朝はもっとトーンを落とした演技や演出で良かった気がしていて、その方が個人的には好みではあったとは思われました。
しかし、意図的かそうでないかは不明ですが、田汲朝を(苛烈な経験から想像されるよりも)明るい人物にすることで、田汲朝を演じた早瀬憩さんの自然で瑞々しい演技を引き出していたように感じました。
加えて、作家の高代槙生の、槙生の姉であり朝の母でもある高代実里の(外からは些細にも思える)過去の言葉に現在も引きずられている不穏さと、田汲朝の、苛烈な体験にもかかわらず想像するよりも明るい振る舞いの、対比と関係性は、作品の中に何とも言えない魅力を湧き立たせていると思われました。
この映画『違国日記』は、冒頭以降に起こるそこまで大きくない出来事が重なる2時間を超える長めの作品であるのに、最後まで惹かれて観ることが出来たのは、この高代槙生と田汲朝の、2人の主人公による互いのバランスとアンバランスさによってもたらされたのが理由だと思わさせる、非常に魅力ある作品でした。
森本さんをねじ込んだことを評価したい
一般的な変換では、「異国」になっちゃうが、「違国」が正しい違国日記です。
異は同じでなはいという意味、違は異なる(漢字被るけど)ってことみたい。
異より違のほうが、距離があるイメージ。多分わざとヤマシタトモコはそのように名付けたんでしょう。
原作マンガ持ってます。
原作11巻なので、相当端折るよなという予測のもと、見てます。
どのように端折ったのかが見どころでした。
じゅのさんとか、ダイゴ以外のまきおの友達が出てこなかったし、
軽音部や同級生の描写も取捨されてる。森本さんに連帯を示そうとした男子とかお気に入りなんだけどいなかった。笠町くんも弁護士(染谷将太で豪華だが)も影薄いしね。
その中で、森本さんを書いてくれたのは、嬉しかった。
マンガでは学内での選考の性差別ではなく、医学部受験での性差別なので、問題が小さくされてしまったように思えるのだけど、森本さんのマンガ内の比重って、出てこなかったほかの登場人物より大きいわけじゃないと思う。
なのに、森本さんを描くことを選んだのは、それだけ大事なことだと思ったからなんだろう。
朝役の早瀬憩さん、とても15さいっぽくて、朝っぽくてよかった。
ぽつーんのイメージ、書いた文字を消してウナギにするのとか。
劇中歌の軽音部で歌った歌、チャットモンチーぽいなと思ったら、
橋本 絵莉子が作詞作曲だったらしく、どうりで!と合点した。
まきおの部屋が、部屋のサイズもよかったし、リアルな散らかり方で、とてもよかったです。
新垣結衣さんもとてもよかった。
まきおとみのりの母親が、若干いい人っぽ過ぎる気はしたかな。
あと、まきおが書いた小説に、朝が救われる描写なかったっけ?ってのが気になった。
マンガ読みなおそうと思って、もう一週間たったなあ。40代はそういう瞬発力が弱まってていかん。
原作の漫画を読みたくなります
原作漫画は未読。出演者は良いのだが、いろいろな要素があり過ぎて2時間半でも消化不良。姉を嫌いな理由も母との関係も、タイトルの意味もLGBTq+も性差別も軽音も、最後まで回収されずに終わった感じがする。それとも私は途中で寝落ちしていたのか?
映画より原作漫画の方が面白いのだろう。原作ファンの方には、少し物足りなかったのではないか。次は漫画を読んでみます。
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