BAD LANDS バッド・ランズ : 特集
【“この”安藤サクラは全映画ファンに激推しする】
ただ映画に夢中になるつもりが、いつのまにか
“安藤サクラ”の演技に夢中になってしまった話
映画.com副編集長が脱帽した主演女優としての輝き
猛暑が終わり、映画を観るのにふさわしい芸術の秋。映画.com副編集長がずっとずっと注目&期待していた「BAD LANDS バッド・ランズ」が、ついに9月29日から公開される。
早くから注目していた理由? ……それは、“監督:原田眞人×主演:安藤サクラ”という強力タッグが組まれたから。原田監督の作品は欠かさず鑑賞してきただけでなく、長年出演作を追ってきた“安藤サクラウォッチャー”でもあるだけに、この2人の初タッグとくれば「早く観たい!」と思うのは、映画好きならば当然と言えるだろう。
今回の特集では、いち早く作品を鑑賞した映画.com副編集長・大塚史貴のレビューを掲載し、“映画の世界”で輝く安藤サクラの魅力を紹介していく。「これまでに観たことのない安藤サクラ」だと驚いた理由や、ドラマ「ブラッシュアップライフ」好きこそ観るべきだと感じた女優としての底力とは?
[作品概要]
直木賞作家・黒川博行の小説「勁草」(読み方:けいそう)を実写映画化。大阪で特殊詐欺に手を染める橋岡煉梨(ネリ/安藤サクラ)と弟の矢代穣(ジョー/山田涼介)。特殊詐欺グループの名簿屋を名乗る高城(生瀬勝久)から「日本の根幹を揺るがすビッグビジネス」の話を振られたことをきっかけに、物語は大きく動き出す。そしてある夜、思いがけず“億を超える大金”を手にしたネリとジョーは、大きな巨悪の渦に巻き込まれていく。
【副編集長レビュー】映画ファンは無視できない──
安藤サクラ×山田涼介による原田眞人監督の最新作
映画.com副編集長・大塚史貴:原田眞人監督が安藤サクラ主演で新作を撮り終えたと小耳に挟んだのが、2022年のこと。22年といえば、岡田准一と3度目のタッグとなった「ヘルドッグス」が、映画ファンを中心に熱い支持を得たことは記憶に新しい。だからこそと言うべきか、それだけにと言うべきか、安藤との初タッグが原田作品にどのような“新風”を巻き起こすのか、心が躍ったことを鮮明に記憶している。
近年の原田作品を彩ってきたのは、岡田をはじめ役所広司、木村拓哉、二宮和也、大泉洋、堤真一ら俳優陣が中心。その印象が強く残っていることもあり、原田監督が主演に女優を起用した作品が過去に幾つもあることをうっかり失念しそうになる。「自由戀愛」の長谷川京子、「狗神 INUGAMI」の天海祐希、「バウンス ko GALS」の佐藤仁美……。そして、実に18年ぶりに女性主人公を迎えた原田作品が観客に何を伝えようとしているのかを体感すべく、いち早く内覧試写会で鑑賞する機会を得た。
■役者の“代表作”をつくる原田眞人監督 安藤サクラの場合は?冒頭から、一気に目が離せなくなる。安藤演じる橋岡煉梨(以下、ネリ)がキャップを目深にかぶり、ビリヤード場「BAD LANDS」でコーヒーを飲みながら特殊詐欺グループの名簿屋を名乗る高城(生瀬勝久)から指示を受けるシーンで、おおよその人物的背景を理解することができる。関西弁で繰り広げる安藤と生瀬の絶妙なテンポが、観る者を意図せずとも作品世界へと誘(いざな)ってくれる。その渦中で、ふと思いを巡らせる。
「まだ始まって10分にも満たないが、これまでに観たことのない安藤サクラだな……」
業界内では、原田監督は役者の“代表作”を作ると言われることが多いが、果たして今回や如何に……。ありきたりな比較などするつもりは毛頭ないが、カンヌを席巻した是枝裕和監督作「万引き家族」「怪物」で息吹を注いだ信代や早織、安藤に日本アカデミー賞で最優秀主演女優賞と最優秀助演女優賞をもたらした「百円の恋」の一子、「ある男」の里枝など、これまで代表作、当たり役と評されるものは数多あるが、そのどれにも当てはまらない安藤の姿を観る者は目撃することになる。
■なぜ、こんなにリアル? 社会の最底辺を見てきたかのような説得力安藤が今作で演じているネリは、特殊詐欺の受け子のリーダー、通称「三塁コーチ」をしながら、社会の最底辺で生きているという役どころ。この難役を妙な説得力で、違和感を抱かせることなく納得させてしまうところにこそ安藤の凄味が潜んでいる。それはまるで、特殊詐欺の世界に潜入し、綿密に取材してきたかのように生々しく、地に足の着いた佇まい。安藤本人は、特別なことをしている意識はないのかもしれない。未だ見ぬ光景を求め、新たな監督、新たな共演者と過ごす現場での時間を心から満喫し、時にのたうち回りながら暗中模索する、芝居の“求道者”という表現が、安藤に対しては最もしっくりくる。
“求道者”というと堅苦しさが付きまとってしまうが、実のところ安藤は誰に対しても朗らかだ。撮影現場取材時に目にした製作スタッフをさりげなくいたわる態度から、取材者への気遣いに至るまで、ブレることがなく終始一貫している。きっとそれは、どこへ行っても誰に会っても変わることがなく、映画界とゆかりのある家庭で育ちながらも市井の感覚を見失わずに過ごしてきたことが起因しているのではないだろうか。
■「主演が安藤サクラだから観てみたいと思った」という声そういった姿勢は、芝居のみならず人柄として観る者に伝わるものがあるはずだ。実際、映画.comの女性スタッフからは「この作品の主演が安藤さんだから、観てみたいと思った」という声が届いており、筆者の周囲を見渡してみても安藤に対して好意的な声以外、聞いたことがない。俳優を生業にしていれば、多かれ少なかれ“好き嫌い”は顕在化するものだが、安藤にいたっては同性からの支持も根強い。
この10年間における映画出演は、今作でちょうど20本目。結婚、出産と人生の大きなターニングポイントを迎えながら出演を続けるなかで、その1本1本すべてが意義ある作品であるということもまた、特筆すべきではないだろうか。さらにNHK連続テレビ小説「まんぷく」に主演し、ふだん映画を観ない層にも安藤の底力を届けることに成功した。
今作は、“持たざる者”が“持つ者”から生きる糧を掠め取って生き延びてきた大阪で、特殊詐欺に加担するネリと血の繋がらない弟の矢代穣(以下、ジョー)がある日、思いがけず億を超える大金を手にしてしまう。金を引き出す……。ただそれだけだったはずの2人に、様々な巨悪が執拗に迫って来る。
■誰も見たことがない安藤サクラと山田涼介の相性黒川博行氏が手がけた原作小説「勁草」で主人公は男性だが、映画化に際して脚本も兼ねる原田監督が主人公をネリという女性に変更したことにより、弟のジョーやボスの高城との関係に独自の設定が加わり、映画的な視野が広がっていった。
こうして原田監督によって生み出されたネリは、安藤サクラという女優が息吹を注ぐことによって作品世界で伸び伸びと躍動していくことになる。安藤本人も「ネリの衣装を身につけると、普段よりも体がよく動くので楽しい」と語っているが、実に軽やかに、それでいて無駄な動きが一切ない身のこなしは、アンダーグラウンドな空気を身にまといながら、瞳の奥の奥では希望を失っていないということを体現しているように見て取れる。
その「瞳の奥の奥」を表現するうえで、山田涼介扮する弟のジョーが重要な役割を果たしている。誤解を恐れずに言えば、「山田涼介がよくこの役を引き受けたな……」と嘆息したくなるような一面を併せ持つキャラクターだ。犯罪歴があるサイコパスだが、純粋無垢で無鉄砲な一面がどこか憎めず、姉のネリも「腐れ縁」として共に行動することを当然のこととして受け入れている。
ジョーが粗相をした際に見せるネリの表情は姉のようでも、母のようでも、恋人のようでもあり、この弟の存在こそがネリに正気を保たせているように思えてくる。そしてシリアスな局面を目の当たりにした時にこそ、いよいよ2人が真骨頂を迎えるといえるだろう。切羽詰まっているはずなのに、嬉々とした表情を2人が浮かべている様子を見るにつけ、初共演でありながら共に全幅の信頼を寄せあっていることがうかがえる。山田ファンにとっては、これまでに目にしたことのない山田涼介の芝居を眼前に突き付けられることになるだろう。
安藤もまた、実に複雑妙味な面持ちを今作の中で惜しげもなく披露している。特殊詐欺の出し子をする“教授”(大場泰正)や幼い頃からネリのことをよく知る元ヤクザ・曼荼羅(宇崎竜童)に接する時の観音菩薩のような柔和な表情から、裏社会での黒い仕事を仲介する謎多き女・林田(サリngROCK)やケツ持ちのヤクザとも繋がる特殊詐欺の道具屋・新井ママ(天童よしみ)らと対峙する際の鋭利な刃物のような眼差しまで、どこまでも観る者を飽きさせない。
■「ブラッシュアップライフ」好きこそ観るべき “映画”の安藤サクラの底力これらの表情ひとつひとつは、やはり劇場の大スクリーンで観てこそ一層輝く。11年に公開されたアミール・ナデリ監督作「CUT」を劇場で鑑賞し終えた若い観客たちが、興奮気味に話していたことをふと思い出した。「これが西島秀俊の本気か! こんな西島秀俊、見たことがなかった!」と。
テレビドラマでも八面六臂の活躍を続ける安藤は今年、日本テレビ系の連続ドラマ「ブラッシュアップライフ」での好演が多くの視聴者の心を鷲づかみにした。このドラマで安藤に魅了された方々にこそ、「BAD LANDS バッド・ランズ」で伸びやかに作品世界を生きる安藤の一挙手一投足を味わってもらいたい。
さらに一歩踏み込むと、ふだん映画を観ない方々にこそ遮二無二生きるネリがどのようなエンディングを迎えたのか知ってもらいたい。なぜなら、原田眞人監督のメガホンのもと、これまで誰も観たことがない安藤サクラの表現者としての“今”を一心に浴びることができるのだから。(映画.com副編集長・大塚史貴)