「自由への成長」哀れなるものたち sankouさんの映画レビュー(感想・評価)
自由への成長
とんでもなくクレイジーな映画だが、物語が進むほどに観るものを深淵に誘っていくような重厚感をまとった作品でもある。
まずベラの誕生が衝撃的だ。
冒頭で彼女は橋の上から身を投げるのだが、天才外科医のゴッドウィンによって彼女が身籠っていた胎児の脳を移植され蘇生する。
身体は成人だが心は生まれたままの状態であり、生前の記憶は一切ない。
ゴッドウィンの助手を務めるマックスは彼女の美貌に一目惚れし、やがて結婚を申し込む。
ベラの成長速度は凄まじいものがあるが、彼女は自分の欲求にとても忠実だ。
特に性欲に目覚めた彼女の行動はストレートだ。
ゴッドウィンはそんな純心でもあるベラを守るために、彼女を家の中に閉じ込めている。
しかし彼女は外の自由な世界を見てみたいという衝動を抑えられなくなる。
そして彼女の前に放蕩者であるダンカンという弁護士が現れ、彼の魅力に惹かれたベラはマックスの制止を振り切って駆け落ちをしてしまう。
ダンカンに誘われてベラはリスボンやパリといったヨーロッパの町を冒険していく。
最初は行く先々で自由奔放に振る舞うベラ。
彼女には社交的なルールなど通用しない。
しかし彼女はダンカンを振り回しながらも、様々な経験を通して急成長を遂げる。
初めは奇抜な世界観は面白いものの、この作品は何を語りたいのだろうかと考えさせられた。
彼女が船上でマルサという老婦人と彼女に付き従うハリーという青年に出会ったあたりから、これは純心なベラの姿を通して描かれる人間の愚かさの物語なのだと考えさせられた。
まだ心が子供のままのベラは、人間の様々な機微を察することが出来ずに浮いてしまっている存在だ。
しかし彼女が知識を蓄え、様々な視点で物事を捉えられるようになってからも、彼女の存在は相変わらず浮いたままだ。
そして気付かされる。
おかしいのは彼女ではなく、他の人間たちなのではないかと。
彼女は飢えのために死を待つだけの貧しい人たちの姿を見てショックを受け、彼らに施しをしようとする。
しかし彼女の真心は悪意ある者によって踏みにじられる。
そしてベラに有り金全部を持っていかれたダンカンは、真冬のパリの町で彼女を口汚く罵る。
ベラは自分の力で生きていくために娼婦として稼ぐことを決める。
最初は遊びのつもりでベラを連れ出したダンカンが、完全に彼女の虜になってしまうのも滑稽だ。
これは女性をあたかも自分の所有物であるかのように傲慢に振る舞う男たちの醜さを描いた物語でもある。
ダンカンは自分の意にそぐわないベラを最後は憎しみの目で見るようになる。
自分の知的好奇心を満たすためにベラを生み出したゴッドウィンもまた傲慢な存在だ。
しかしゴッドウィンがいなければベラの自我が芽生えなかったことも確かだ。
そしてベラは最終的には完全にゴッドウィンの手を離れ、自立した女性として生きていく。
ベラの誕生はかなり現実離れしたものではあるものの、彼女の生き方は人間の本質を表しているのではないかと思った。
人は誰もが自由であり、誰かの所有物ではない。
そしてお互いをリスペクトし合うことで人間関係は育まれていくべきものだ。
悪夢のようでもあり、コメディのようでもあり、ファンタジーのようでもある。
ゴッドウィンの屋敷を走り回る胴体と頭がちぐはぐでグロテスクな動物たちの存在も強烈だった。