劇場公開日 2024年1月26日

「自力でちゃんと解釈したい!」哀れなるものたち ケンイチさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0自力でちゃんと解釈したい!

2024年1月26日
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鑑賞方法:映画館

夜勤明けで見に行きました。
…が、ちっとも眠くなんてなりませんでした。

突飛だったり、過激だったり、インパクトのあるシーンや展開が目白押しで、エマ・ストーンの演技も見事だし(すでにフランシス・マクドーマンド レベル?)、見終わった後は頭がヘトヘトになるくらい疲れましたけど、スクリーンから目が離せず、テーマや意図は分かりそうで分からず、でも分かったような気もするんです。

荒唐無稽で摩訶不可思議な映画だけれど、何というか誠実さが感じられるんです。

Don't think, feel ! では済まされない何かがありそう。
そもそもタイトルの『哀れなるものたち』…って誰のこと?
この映画、フランケンシュタインがモチーフ?
ファンタジー映画?
フリークス映画?
コメディ映画?
アート映画?
哲学映画?
女性の成長と解放と本音を描いた「行きて帰し物語」?
モノクロシーンとカラーシーンの違いは何?
時代設定は19世紀中頃?
パフスリーブに意味はあるの?
作中、意外に2〜3週間くらいしか時間経過してない?
エンドロールのスライドショーにも意味があるの?
主人公はこの後どうなっちゃうの?内面的に急激な成長をしちゃうけど、それなりの寿命をまっとうできる身体なの?

疑問は尽きませんが、今後ネットでは多くの人が検証・考察を発表していくのでしょう。しかしこの映画は自分の力でちゃんと解釈したい!

そんな気持ちにさせる映画でした。

【鑑賞翌日追記】
まずは基本情報のおさらい。

監督:ヨルゴス・ランティモス(1973年生、公開時50歳)
ギリシャ人!
ギリシャ映画なんてあんまり記憶にないし、映画制作の盛んな国という印象もない…。ちょろっと調べたら、カンヌ映画祭で評価された監督さんは何人かいるっぽい。それにこの監督さんも、出世作は2009年のカンヌ映画祭で受賞してるんですね。

代表作は…
『籠の中の乙女』(原題:Κυνόδοντας、英題:Dogtooth)2009
『ロブスター』(原題:The Lobster)2015
『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(原題:The Killing of a Sacred Deer)2017
『女王陛下のお気に入り』(The Favorite)2018

「聖なる鹿殺し」は見たことあります。緊迫感の塊みたいな凄まじい映画でした。ギリシャ人らしく、ギリシャ神話をモチーフにすることが多い監督さんなのかな。ギリシャではギリシャ神話は小学生の頃から必須科目だと聞いたことがあります。日本人はおろか他の欧米人などと比べても、圧倒的にギリシャ神話に関する素養が深く根付いているのでしょう。

脚本:トニー・マクナマラ(1967年生、公開時57歳)
オーストラリア人。
代表作は…
『女王陛下のお気に入り』(原題:The Favourite)2018
『クルエラ』(原題:Cruella)2021
ということで、ランディモス監督や主演のエマ・ストーンとは盟友って感じでしょうか。

そういえばこの映画、ランディモス監督やエマ・ストーンはプロデューサーも兼ねてますね。主要スタッフの力の入れようが察せられます。

原作者:アラスター・グレイ(1934〜2019、享年85歳)
スコットランド人。現代英文学では相応の重要人物であるようです。原作小説『哀れなるものたち』は1992年に刊行。

出演は…
・エマ・ストーン(1988年生、公開時35歳):ベラ(主人公)
・ウィレム・デフォー(1955年生、公開時68歳):ゴドウィン(人格者だけどマッド・サイエンティスト)
・ラミー・ユセフ(1991年生、公開時32歳):マッキャンドレス(ゴドウィンの助手)
・ヴィッキー・ペッパーダイン(1961年生、公開時62歳):プリム夫人(ゴドウィンの家政婦)
・マーク・ラファロ(1967年生、公開時56歳):ダンカン(主人公と駆け落ちする弁護士)
・クリストファー・アボット(1986年生、公開時37歳):アルフィー・ブレシントン(主人公の本来の夫)
・ハンナ・シグラ(1943年生、公開時79歳):マーサ(船で出会った知的な老女)
・ジェロッド・カーマイケル(1987年生、公開時36歳):ハリー(船で出会った知的な黒人青年)
・キャサリン・ハンター(1957年生、公開時66歳):スワイニー(娼館の女主人)
・スージー・ベンバ(2000年生、公開時23歳):トワネット(黒人娼婦)
・マーガレット・クアリー(1994年生、公開時29歳):フェリシティ(2番目の蘇生実験体)

エマ・ストーン、ウィレム・デフォー、マーク・ラファロのお三方は超有名ですが…

マッキャンドレス役のラミー・ユセフさんはアメリカ生まれのアメリカ人だけど、ご両親はエジプト人でムスリムの血筋…なのかな?この映画の無国籍というかエキセントリックなムードをじんわりと醸し出してますね。ちなみにマッキャンドレスなんて名前は初めて聞きましたが何人の名前?「マッ」で始まるからやっぱりアイルランド人とかスコットランド人の名前?

プリム夫人役のヴィッキー・ペッパーダインさんはイギリスの脚本家・女優。

老婦人マーサ役のハンナ・シグラさんはドイツのベテラン女優。

トワネット役のキャサリン・ハンターさんはご両親がギリシャ人で、アメリカ生まれで、イギリス育ちの女優であり舞台演出家。

この辺はもう経歴充分の超実力派。記憶に刻み込まれるような一癖も二癖も深い奥行きもあるキャラ立ちまくりの重要チョイ役。経歴を知ればあまりに贅沢そして納得の布陣です。

美形キャラの人たちも実績を重ねる実力派揃いで配役に無駄がありません。

製作会社は…
・TSGエンターテインメント
・エレメント・ピクチャーズ
・フィルム4・プロダクションズ
TSGはディズニーグループの外郭企業みたいなもの?
エレメント・ピクチャーズはアイルランドの映画製作会社で、フィルム4は確かイギリス国営放送の系列ですよね。

この映画、ハリウッド映画でもアメリカ映画でもありませんよ。アメリカからも出資はされてますが基本的にイギリス映画です。それにアイルランドの資本も入ってるみたいです。

こういう基本情報が欲しくてパンフレット買っちゃったんですが、私の欲しい情報はあんまり乗ってなくて、結局ネットをあちこち回って調べちゃいました。

そして多国籍なスタッフ・キャストの情報を眺めるうち、ベラの冒険旅行は駆け落ちというよりも、むしろグランドツアーだったのではないかと思うようにはなりました。そして黒人青年ハリーも、パトロン女性と共にヨーロッパを巡るグランドツアラーだったのでしょう。マーサとハリーのプラトニックな関係性、実に興味深い!ここはきっとハリーが黒人であることに惑わされてはいけないのでしょう!これは作品に散りばめられた「めくらまし」の一つだと推測。あるいは当時、もしかするとイギリスに黒人貴族や黒人ブルジョワがいたのかもしれない。その辺、詳しくないので分かりませんが…。

【鑑賞10日後追記】
自力で解釈するため、監督さんの過去作『籠の中の乙女』『ロブスター』『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』『女王陛下のお気に入り』の4本をじっくりと鑑賞完了。

それとは全然関係ありませんが、本作のキービジュアル、エマ・ストーンの顔ドアップの写真なんですけど、はみ出たアイシャドウや口紅の中にウィレム・デフォー、ラミー・ユセフ、マーク・ラファロの姿が映し込まれているのを発見!

この10日間、ヨルゴス・ランティモス漬けでした…。

【およそ1ヶ月後の追記】
改めて本作を見直してみました。
監督さんの過去作を見た後だと、散りばめてある目眩しとか、決まりごとが分かったし、その間に本作のあれこれを反芻する時間も確保できたので、面白さが尚よくわかりましたよ。

女性の成長と解放が描かれていると思っていたのですが…まあ確かに女性の成長と解放ではあるんですが、これは女性に限らず、保護者から保護されてる立場の者すべてが対象で、見えなかったものが見えるようになり、知らなかったことを知り、世界の広さとか、善と悪(モラルと欲望?)とか、自然や社会の摂理なんかを理解すると、それが翻って自分自身を理解することにもつながって、真の「自立」に至る…ってことなのでは?

白黒とカラーの違いはすごく象徴的で、主人公が保護者の設けた「箱庭」に閉じ込められている間は「白黒」。箱庭から飛び出した後は「カラー」となっていて、見えなかったものが見える状態な訳ですよ(章ごとのタイトルが白黒なのは目眩し)。でもこれはあくまで主人公の見え方を表していて、もしかすると他のキャラクターたちは見え方が「白黒」のままなのかも…。世界が「カラー」で見えない人たちこそ、すなわち「哀れなるものたち」なんじゃないかなぁ…という自力解釈に至りましたよ!

ケンイチ