「戦争への怒りは」あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。 La Stradaさんの映画レビュー(感想・評価)
戦争への怒りは
漫画やライトノベル原作にありがちで近頃流行のこの長ったらしいタイトル。予告編を観ただけでストーリーが全て読めてしまいます。
女子高生が敗戦直前の日本にタイムスリップして特攻隊員の青年と恋に落ち、間もなく戦争は終わるのに彼は任務を果たすべく飛び去って行き、その背景に福山雅治さんのバラードが流れる。観客はここで涙。
そんな所だろうと想像し、それが外れていない自信もあり、「観るリスト」からは直ちに落としました。ところが、昨年末の公開時に驚きました。本作上映後の劇場から若い観客がドッと押し出されて来るのです。そして、今年に入ってからも延々とロングランが続きます。興行収入も45億円に達し、日本映画としては大ヒットとなりました。そんな折、上映がミニシアターにも落ちて来たので、大変遅ればせながらも観てみる事にしました。
本当に、予想と寸分違わぬ作品でした。タイムスリップ物語としての脇の甘さ、「あの時代の人はそんな日本語は使わない」と言った点には突っ込みも入れたくなります。しかし、一部で批判があったような「戦争賛美」「特攻賛美」は特に感じられませんでした。特攻に対して「無駄死」と言った表現すら見られます。でも、・・・ やはり、「何か違う」の違和感が拭えません。本作に馴染めないこのしこりは一体何なのだろう。
そう思っていた時に、同じ様に日本の戦争を題材とした『黒い雨』と『この空の花』を観て漸く腑に落ちました。『あの花が~』に決定的に欠けているのは「怒り」なのです。本作は悲しみに満ちていました。戦争に巻き込まれる悲しみ・無駄と分かっていても飛び立たねばならない悲しみ・それを見送らねばならない悲しみ。でも、その悲しみは、例えば地震や洪水・災害に見舞われた人々を描く悲しみと同質ではないでしょうか。いやいや、戦争は天災ではないのです。戦争などと言うバカげた事を今も止められない人間への怒り・それを主導する国や軍への怒り・それを止める事が出来なかった自分達への怒り、それを直接描くかどうかはさて置き、作品の底流にしっかり流れていなくてはなりません。
そして、更に無理を承知で言うならば、特攻をも悲しみとして描く事への違和感がありました。片道分の燃料だけを積んで飛び立ち、しかも殆どは敢え無く撃墜され、まさしく無駄死、もっと端的に言えば犬死です。しかし、もし本懐を遂げて敵艦に激突する事が出来たとしたら、その時、その場に居た敵兵の何人かは死んでしまうでしょう。しかし、その人にも家族や恋人・友人が居て、その人たちは嘆き悲しむに違いありません。だから、特攻は「自殺」ではなく、「殺人」でもあるのです。本作の制作者はそこまでの想像力を有していたのでしょうか。
僕自身があの時代にタイムスリップして、特攻隊員・その家族・友人知人にそんな事を面と向かって言う勇気はありません。しかし、戦争を知らない2024年の日本人だからこそそれが漸く言えるのではないでしょうか。
そんな難しい事を描いていたら、劇場から出て来るあの若者達には通じなかったのかな。小ヒットにすらならなかったのかな。戦争は遣って来るものではなく、引き寄せているものなんだよ。