劇場公開日 2023年11月10日

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「真の主役は光太郎! 「天職」と「やりがい」の関係にせまるP.A.お仕事アニメ最新作。」駒田蒸留所へようこそ じゃいさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5真の主役は光太郎! 「天職」と「やりがい」の関係にせまるP.A.お仕事アニメ最新作。

2023年11月28日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

封切り前は、こんな地味なキャラデザと、こんな地味な題材で大丈夫かしらんと、他人事ながら大いに心配したものだが、封切り2週間の今日の時点でもそこそこ客は入っていたし、ここの星評価もそう悪くなくて良かった。
地味だけど、堅実で、真摯で、一生懸命作ってあって。
いかにもP.A.WORKSらしいアニメでした。

P.A.WORKSのアニメを観始めたのは『true tears』(2008 )からだから、気づくとずいぶんと長い付き合いになる。15年というのは結構な期間だが、当時『tt』にどハマりした同い年の会社の同僚O君(キモオタ)は、いまでも毎年城端まで深夜バスで赴いての聖地巡礼とイベント参加に余念がない。それだけの吸引力のある作品だった。
それから15年のあいだ、P.A.WORKSは、愚直に作品を発表しつづけてきた。
快作もあれば、それほどでもない作品もあった。
ただ、一貫して「オリジナル」と「地方創生」へのこだわりは喪われることがなかった。
その二つのベクトルの合わさったさきに、いわゆるP.A.WORKSお得意の「お仕事アニメ」というものがあったのだと思う。

とはいえ、これまでのP.A.WORKSの「お仕事アニメ」は、ある程度の「萌え」だったり「美少女」だったり「ドタバタ」だったり「題材自体がアニメ」だったりといった、いかにもアニメ的・オタク的な要素を加味することで、なんとか成立していた部分もあった気がする。
今回のように、地味オブ地味なキャラ&設定で、果たしてアニメとして本当に「もつ」のかどうか、しょうじき半信半疑の部分があったのだが……。

いや、『夏子の酒』とか『マッサン』とかの有名作があることを考えると、酒造りは題材としては地味というよりは、むしろキャッチーな部類にはいるのかも?
自分は下戸なので、酒造りがテーマとして「ひき」があるのかどうか、正直よくわかりませんで……。
まあ杞憂に過ぎなかったのなら、よかったです(笑)。

― ― ―

企業ものとしては、本当に正攻法の内容で、あまりケチをつけるところもない代わりに、とりたてて「ここが凄い」と騒ぐような作品でもない。
強いて言えば、単純な「蒸留所のなかの苦労とサクセスの物語」とせず、敢えて「蒸留所の若社長と新米ネット記者」のダブル主演とすることで、「外からの視点」&「東京との二元中継」を成立させた点が作劇のキモといえるだろうか。

この作品では、ヒロイン琉生の姿は常に第三者的な「外からの視点」を介してしか描かれない。だから、琉生の内面については最後まで謎の部分が残るし、美大でなにがあったのか、なんらかの挫折を経験したのかなど、寸止めで語られないゆえに判然としない過去の要素も結構多い。
すなわち、観客が彼女に全面的に感情移入して自己同一化するような作りにはなっていない代わりに、その分、キャラクターにはある種の奥行きと触知しきれない深みが残るし、観客はより客観的に彼女のチャレンジを判断し見守ることができる。
出来の悪いネット記者との対比で、彼女のぐう聖ぶりを強調することもできるし、東京との対比で「地方で地場の仕事を貫徹することの光と影」を浮き彫りにすることもできる。
さらには、琉生のチャレンジと同じくらいの重みで新米ネット記者の成長を描くことで、物語としても複層性を持たせることができる。
結果的に、主人公を二人に設定したのは、大正解だったと思う。

ただ、琉生のほうは、どちらかというと、一生懸命酒造業界をリサーチした結果として、こんなヒロインがいてくれたらいいなと、「頭で作り上げた」ようなキャラである点は否めないだろう。
一方で、新米記者の光太郎のほうは、アニメ制作の現場で実地でうんざりするくらい見てきたような類型的新人であるに違いなく、ありようがおそろしく生々しい。実は琉生よりよほどキャラにリアリティがあるし、こちらをイラつかせる度合いもすこぶる高い(笑)。

僕にとっても、琉生のやっている蒸留所に比べれば、光太郎の職場は格段に自分の今働いている業態に近く、実際こういう手合いにはうんざりするくらい出逢ってきた。
ただし一言いっておくと、この手の「気の乗らない」仕事の現場で「顧客に迷惑をかける」ヤツというのは、一事が万事その調子で、実際にはほぼ間違いなく「伸びない」し、根本的に「向いていない」し、たいがいは早い段階で挫折して辞めてしまうものである。
その意味で光太郎は、琉生以上に「空想的なキャラ」と言ってもいいのかもしれない。
でも、作っている監督は僕なんかの百倍「こういうヤツ」のなかに「可能性」を見出していて、ちょっとやそっとのことではへこたれない「強さ」と「粘り腰」を期待しているんだろうな、というのはビンビン伝わってきた。

と思いながら、パンフを読んでいたら、面白いことが書いてあった。
シナリオ担当の木澤行人&中本宗応がパンフのインタビューで、
〈我々にお声がけいただいたときから、吉原(正行)監督には明確なコンセプトがあったんですよ。監督自身が若い方を指導していく中で、「この人には素質があるから、もうちょっと頑張ればいいところまで行けそうだ」と感じていても、途中で辞めてしまう人がいる。監督はそれをとても残念に思っていらして、「そんな若者たちに向けたエールとなる作品にしたい」と何度もおっしゃっていました。〉
と述べているのだ。
なるほどなあ、と思った。
やっぱり、この映画の真の主役は「琉生じゃなくて光太郎」だったんだな、と。
監督が真に気にかけていたのは、「光太郎みたいなダメな新人」だったんだな、と。

なんにせよ、「お仕事アニメ」としての本作は、人が一生をかけるべき仕事とはどうしたら出逢えるのか、本当にやりがいのある仕事とは何なのか、といった問いを中心に据えて作られている。
父親の突然の死という現実を受けとめて、絵を描く道を諦めて、やむを得ず「家族の酒」のために蒸留所を継ぐ決意をした琉生(もとからいざとなれば継ぐ家の稼業があるパターン)。
大学を出てからも職場を転々とし、鬱屈したものを抱えて「自分探し」をしながら、ようやく「記者」という本気でやってみるとのめりこめる仕事に出逢えた光太郎(何が自分にできるかを自分で探さないといけないパターン)。
もともとは放送作家を目指していたが、ライター仕事も引き受けているうちに、まわりに感謝されることが増えて、いつしかこちらが本業になっていたというヤスさん(周囲の評価がその人の男子一生の仕事を見つけてくれるパターン)。
それぞれが全身全霊でぶつかれる仕事に出逢うまでの道筋は異なるが、重要なのは「それは必ずしも自らの力で選び取ったものである必要はない」ということ。
最近は、個人としてできることの選択肢と自由度が増したぶん、誰もが「自分探し」に余念がないが、パンフで小野賢章もいっているとおり「行き着いた先が声優だった」ということだってある。「天職」は必ずしも自分でつかみ取らなければならないものではない。
成り行きだったり、やむを得ない事情だったり、他者評価の結果だったりがきっかけでも、「天職」に巡り合うことは可能だ。それを自ら選択しなかったからといって卑下することはない。重要なのは、環境論的に与えられた仕事のなかで「やりがい」を見つけ、それを「天職」としてゆく過程なのである。

― ― ―

最初に「ケチをつけるところが少ない」話だとは書いたが、いくつかひっかかることはある。
いちばん気になるのは、お兄ちゃんがノートを持ってきてくれるタイミングで、父親が死ぬ前にノートを受け取っておいて、妹が画業を諦めてまで会社を継いでいるというのに、いかに喧嘩別れしていたとはいえ、よく8年も放っておいたな、とは思う。
まして、妹が喪われた「独楽」を復活させようと孤軍奮闘していることを知ってからでさえ、ノートを渡してくれるまでには結構なインターバルがある。
最後に「家族のいい話」みたいにまとめられても、レシピ長年隠し持って、妹のチャレンジをスルーしてたようなやつを簡単に許しちゃいけないと思うんだよね。
作劇上は、お兄ちゃんがレシピもってきた瞬間に完成したらさすがにまずいから、何か一味足りない、なんだろう、なにか書いてあるけど読めない、お母さんなら読めるかな?といった「付け加え」をして誤魔化しているが、本来的にはお兄ちゃんがすぐに協力してくれてたら、やらないでよかった苦労が山ほどあるはずだ。
他にも、いかに飛び出してたからといって、親が死んだのを知ったなら後日、仏前に来て焼香くらいしろよと思うし、そもそもウイスキー蒸留をやめることに反発して家を飛び出したのに、妹がウイスキーづくりに再び取り組みだしたタイミングで、ひたすら「買収工作」にはげむというのもどういう了簡なのか。
結局、必要以上にどろどろさせずに、爽やかな後味で観終われるようにするために、お兄ちゃんのキャラクターを「こじれていただけで実は良い人」に設定にしてあるのだが、本来ならもっとひねくれていて、恨みがましく、妹に嫉妬しているような「嫌なやつ」がやるような粘着質な行動を作中ではとっているので、そこに齟齬が生じているということなのだろう。

そのほかでいうと、以下も気になったが、些細なことかと。
●老朽化した建物で電気がつきづらくなっている状況で漏電の可能性を見逃すのは「仕方ない事故」とはとても言えない。(琉生の管理責任はもっと問われてしかるべき)
●あのテイスティングノートを肌身離さず持ち歩いている設定(そして置き忘れる展開)にはさすがに無理がある気がする。パンフを読むと、脚本陣自身も「地に足のついた物語のなかでここだけ漫画チックなのでおそるおそる提出したら意外にすんなり受け入れられた」とか述懐してたから、作り手側にも十分自覚はあると思うんですが(笑)。
●この作品中では「10年後にようやく飲めるようになる原酒の仕込み」の作業と、「来年にも売り出せる『独楽』のブレンディング」の作業が並行して進んでいて、「短期的スパン」で努力と成功が示されるのは実は後者だけなので、ドラマとしては若干拍子抜けする部分がある(日本酒を仕込んで完成して大万歳みたいな「わかりやすさ」がない)。
まあ、本気でやるなら目の前の成功とは関係なく10年は結果が出るまでやんなさいよという制作陣のメッセージがドラマの組み立てにも出ているんだろうけど。

逆に『SHIROBAKO』とか『サクラクエスト』でもそうだったけど、潔いくらいに恋愛要素を作中からオミットしていたのは、なんかP.A.WORKSらしくて良かった。

それから、なんといっても今回は声優陣の安定感が、作品のクオリティを担保している気がする。
早見沙織、小野賢章、細谷佳正、中村悠一、鈴村健一というのは、それこそこの10年に活躍してきた中堅~ベテランのまさに「上澄み」のようなメンツであって、長年のP.A.WORKSの仕事の中で培ってきた絶対的な信頼をもとに、選んで託した「同志」たちのような存在だと思う。適材適所でみなさん、本当に良い仕事をしていた。
とくに先輩が細谷みたいな声だと、後輩は絶対「育つ」よね。安定感がハンパないから。
あと、さすがにもう井上喜久子はお母さん役なんだねえ……。

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個人的にも、今勤めている会社の仕事はある意味斜陽産業で、今年も赤字確定のような状況にあり、昔みたいにうまくいかないことは重々わかっているのだが、これといって改善策を見いだせないといった環境のなか、いろいろと身につまされながら観ました(笑)。
あと、新人育成と継承ってテーマも、やっぱり難しいよね。こちらも日々試行錯誤なのだが、僕もヤスさんみたいな上司になれたらいいな、と。
でもこの5年くらいの新人って、別に誰から怒られたわけでもないし、責められたわけでもないのに、比較的簡単に心を壊して出てこられなくなったり、ほんとに臥せっちゃったりする子が多くて、いろいろ悩ましいところ。俺らの世代よりプライドが高いわりにストレス耐性が低くてもろいから、扱いが本当にむずかしい……。

じゃい