「夢と家族の絆は、ウイスキーの色をしている。」駒田蒸留所へようこそ 底冷え冬太郎さんの映画レビュー(感想・評価)
夢と家族の絆は、ウイスキーの色をしている。
とても良い。
温かく、優しく、丁寧な作品だ。
さながら、ウイスキーの製造方法のように。
と格好つけてみたものの、あいにくの下戸で酒の味を楽しめないことが惜しまれる。
この作品を観た後は、どうしてもウイスキーの味を知りたくなってしまった。
果たして、琉生を社長に置いて初めて駒田蒸留所が開発した「わかば」とは、絆をなぞって確かめるように再現した「独楽」とは、どのような味がするのだろうか。
ストーリーに目新しさや驚き、新鮮さはなく、ありふれていてありがちなもの。
だが、普遍的なストーリーだからこそ質の高さがうかがえる。
今作には主人公がふたりいて(公式には琉生ひとりだが、便宜上そう記載する)それぞれの立場にスポットライトが当てられる。
主人公のひとりである高橋光太郎は、ニュースサイトの記者になって半年、25歳で5つめの会社と劇中言うことから分かる通り、モラトリアムを脱し切れていない。
自分がどう世間と折り合いをつけて良いか分からないままダラダラと生きている。
もうひとり、駒田琉生は美大に通っていた中で父親が亡くなり、子どもの頃から大好きだった駒田蒸溜所を守りたい一心で大学を中退し、若くして会社を継ぐ。
そして、右も左も分からないながらも従業員たちの協力を得て、遺された原酒から起死回生の取っ掛かりとなるヒット商品を開発する。
そんなふたりが、光太郎が担当することとなったウイスキーに関する連載記事をめぐって、ビジネスパートナーとして出会う。
はじめは、何となく生きているだけの光太郎は仕事も何となくで、琉生を伴ったインタビュー先で客先や琉生に迷惑をかける。
そこに謝罪の感情は薄く、やっかみの感情すら生まれる。
それは、光太郎にとって琉生(や他の人たち)はただ好きなことを突き詰めて仕事にしているように見えてしまっており、眩しく羨むばかりの感情に起因している。
だから人の気持ちを考えきれずに傷つけてしまう言動をしてしまう。
しかし、琉生の過去や駒田蒸溜所の現状を知り、心を入れ替えて彼女たちの力になるよう仕事に邁進するようになっていく。
一方、琉生が社長である駒田蒸溜所はかつて製造していたが、地震による被害で諦めざるを得なかった「独楽」という伝説のウイスキーの復活を目指す。
亡くなった先代社長は原酒のブレンド方法の秘訣を誰にも伝えずに亡くなったと目されており、全員の記憶を頼りに開発を進めるが難航している。
逼迫する経営状況、実の兄との確執、さらには施設の老朽化による火災などの艱難辛苦が予断を許さずに次々に琉生に牙を剥く。
何度も挫けそうになり、涙を流しながらもその度に光太郎や従業員たちの力を借りて、家族の絆を取り戻し、どうにか目的に向かって邁進していく。
と、いうようなストーリー。
作中で明言されていないが、光太郎はいつか自分も天職に巡り会えると信じている節がある。
(過去の級友に対し「俺もバンド辞めてなければお前のように」と『待っていれば与えられた』と想起されるナメた台詞がある)
だが、この世に天に与えられる職や使命なんてものは無い。
職とは天が与えるものでなく、人が選ぶものだ。
光太郎の上司である安元は言う。
「どうありたいかさえ分かっていれば、どこから始めても良い」、と。
安元はかつて放送作家になる夢を諦めた過去がある。
しかし、諦めた中でも必死にやってきて、その先に今の自信を持てる仕事に就くことができた、と光太郎に説く。
そして、琉生も美大を辞めた過去がある。
こちらも明言されていないが、これは会社を継ぐためという理由もあったのだろうが、おそらく挫折している。
描けずに黒く塗りつぶされたキャンバス(でも捨てられない)や、学生時代に見た楽しそうに絵を描く人の美しい色彩にショックを受けている描写があることからそう読み取れる。
誰しもが好きなことを仕事にしているわけでない。
誰しもが夢を諦め、挫折している。
それでも生きていく上で、仕事の中で自分が目の前の事柄をどう受け止めてどう糧にするのかが大切なのだと光太郎は気付かされる。
今の環境で必死にやっていく。
その当たり前のことに至った少年の精神性が少し遅めの羽化を果たして大人になる。
冒頭で書いた通りどこにでもある、当たり前の、普遍的なストーリーだ。
光太郎の仕事を通じての成長と、琉生の仕事を通じての家族の再生を描く。
とても当たり前で、とても大切な、将来への希望を見出すことができる映画だ。
丁寧にロケハンされたのであろう美麗な背景と、丁寧な作画、作風にマッチしたBGM。
質の高い声優陣の演技(特に小野賢章さんの『何も持っていないのにプライドだけ高い捻くれた若者』の演技には舌を巻く)と、劇的でなく群像劇然とした落ち着きを重視した演出。
エンディングで流れる、琉生演じる早見沙織さん(好き)の美麗で、未来に対する希望を歌う素晴らしい声と楽曲。
作中で二度タイトルを回収するシーンがあるが、一度めと二度めでは、観客の心に届く意味合いが違う台詞になり、使い方がとても上手い。
琉生が諦めた夢の名残りに、ありし日の家族の風景が描かれていて、それが「独楽」を完成させる最後のピースであったシーンは、涙なしには観られない。
製作陣の手がけたどれもが高レベルにまとまっている。
全てをひっくるめて「駒田蒸溜所へようこそ」という素晴らしい作品に仕上がっていた。
もちろん、これはフィクションだ。
誰しもが光太郎のように仕事にやり甲斐を見出して成功していくわけではないし、駒田蒸溜所のように会社の経営が軌道に乗り10年後が見据えられるわけではないし、琉生たち家族のように仲違いしながらも最後は絆を頼りに再生できるわけではない。
しかし、フィクションだからこそ、夢や希望を形にできる。
仕事に嫌気が差すこともある。
家族との関係が煩わしくなることもある。
会社がうまくいかない時も(これは経営の経験がないので分からないが)、きっとある。
現実に疲弊した時、飲めない酒をひとりで飲むように、この映画を観たい。
じわりじわりとアルコールが全身に回る代わりに、きっと暖かな気持ちが心に染み入るはずだ。
ぜひ劇場でご覧ください。