「毒親に支配された子の心象風景……みんなどん底になあれ」ボーはおそれている ニコさんの映画レビュー(感想・評価)
毒親に支配された子の心象風景……みんなどん底になあれ
アリ・アスターとホアキンのタッグで3時間、と聞いただけで、面白さとしんどさのどちらが上回るか早くも不安になる。今回、私の苦手なグロはかなり控えめだったため割と耐えられた。ただし、ラストの救いのなさは容赦がない。
本作は端的に言えば、毒親持ちの息子・ボーの心象スケッチ、である。どこまでが作中で現実に起こったことかはわからないが、彼の妄想が少なからず紛れ込んでいることは間違いない。荒唐無稽かつシュールな展開でありながら、毒親に支配された心のありように関しての解像度は高い。
序盤、セラピストにかかっているボーが住む街のあまりの治安の悪さに笑ってしまう。実際にあんなとこ住んでたら健常者でも精神を病むでしょ。これはあくまで神経症のボーから見た外の世界ということなのだろうか。薬を服用する描写が、現実との境界線を余計に曖昧にする。終盤で、このエリアは母親が作った更生地区であることが示唆されるが、それでもあの極端な状況は解釈の余地がありそうだ。
置き引きや生活騒音のトラブルなど、出来事の一部のパーツは単体で見れば現実感のあるもので、その不安を生々しく想像できるだけに、余計にうわあ嫌だなあという気分になる。
なんだかんだで車に轢かれたボーが担ぎ込まれたのは、彼を轢いた外科医の家。結論から言うとこの外科医家族は束縛的なボーの母親と通じているという設定で、バイタルの測定器と称してボーにGPSを装着し、病院や警察には連絡しない。夫婦は表面的には明るく親切で理想的な家族だが、彼らの息子が戦死した悲しみにとらわれており、向精神薬を常用し、娘には構わない。隣人は戦争のトラウマで精神に異常をきたしており、監視を察知して逃げ出したボーを追ってくる。
逃げ込んだ森の中で劇団と出会い、劇中劇のシークエンス。「オオカミの家」を手がけたレオン&コシーニャ監督が描き出す風景は、素朴なタッチの中に不気味さを内包していて、アリ・アスターの世界観によく合っている。その風景の中で、ボーはかりそめの堅実な人生を体験するが、自分には息子はいないはず、と気づいて現実に戻る(きつい)。追ってきた精神異常の帰還兵が劇団員たちを射殺。
何とかたどりついた実家でエレインと再会、セックスするも彼女は腹上死(さすがに妄想かな)、壁の写真から自分の出会ってきた人間たちが母の会社の社員であることがわかり(これも陰謀論的な妄想かも)、生きて現れた母親にボーは掴みかかって首を締める。倒れた母の元を離れボートで漕ぎ出してみたら……はい、トゥルーマン・ショーでした。
いやはや、どこからどこまでが現実かはたまたボーの妄想なのかわからないが、少なくとも言えるのは、ボーの目に母親は、中年になってもなお彼の人生全てを支配し得る存在に見えているということだ。毒親によるトラウマの根深さよ。
回想シーンで、バスタブに入ったボーの視界に少年が映る。彼は屋根裏部屋に閉じ込められる。ボーは一人息子のはずである。閉じ込められたのは、いわばボーの分身、彼の魂の伸びやかな部分であるようにも見えた。
終盤、昔腹上死したはずの父親と称して屋根裏にハリボテのような男根が登場するが、あれは母親のミサンドリー(男性嫌悪)の生んだ亡霊のようなものではないだろうか。そもそも、一族の男性が代々腹上死というのも、母がボーに性行為への恐怖を植え付けて男性としての成長を妨げ、いつまでも子供として支配するための嘘かもしれない。父親とは実際は憎しみあって別れたのでは? でなければ、パパは男根ですはないだろう。
ラストシーンの個人的な解釈だが、あれは「毒親の精神的支配を受けた子供は、物理的な束縛を逃れた後も毒親の価値観の呪縛を受け続ける」ということを表しているのではないだろうか。スタジアムはボーの心の中であり、幼い頃から彼を支配してきた母親が原告として内在している。スタジアムの観客は、ボーの受難の傍観者でしかない世間か、あるいは母親の会社の社員たちかもしれない。脳内にこのような状況が形成されると、もはや物理的に母親の元を離れても無駄である。
ボー自身のおこないについて、母親の考えに沿って批判する検察官と、ボーの自我の側に立って抗弁する弁護士が争い続ける。どちらもボーの心が作り出した声だが、最後に弁護士は強制排除され、自分の心の中にさえ味方のいなくなったボーの自我は崩壊する(ボートの転覆)。
支配的な親に抑圧された子供の心の最悪な結末。
さまざまな解釈を呼ぶ要素は多いが、どう考察しても結果としてどんよりした気分になる。とりあえず、アスター監督の「みんな、どん底気分になればいいな」という狙いは実現できているのではないだろうか。
もしかしたら、毒親からの自立に成功した人は、アスター監督に共感を示されたような気がして、過去の苦しみが昇華されたようなある種の癒しを得られるかもしれない。現在進行形で毒親に支配されている人は……ラストがラストだけに、見ない方がいいかも。
こんにちは
おっしゃること、とても共感しました。
「罪悪感」を持つように仕向けられているのが最悪だと思いました。
これでは母の支配から逃れる、発想すら持てません。
発達障害、クスリ漬け、すでに中年というボーには絶望的人生しかないみたいで暗澹たる気持ちになりました。
返信お気遣いありがとうございました😭😭お褒めのお言葉ありがとうございました😭😭
お母さん はどなたにとっても 神 GOD なので イメージも圧倒的❗️
インパクトはある作品でした。またよろしくお願いいたします🙇🙇🙇。失礼します。
コレは貴殿のおっしゃるとおりですね。ただ誰でも気づいている深層意識を 抽象的なまま 作品化したので貴殿の結論もごもっともです。イイねありがとうございました😊
ニコさんのレビューに納得の嵐です!男達は代々セックスしてすぐ死ぬ(子どもはできる)家系だと子ども時代のボーは母親から聞かされ続けていたので、ボーは女性とそういう関係にならないできたのだと思ってました。でも再会したエレインに「しばらくしてなかった」と言ってたので、アレ?と思いましたが、ボーの頭の中のことだから、いいや!と思うことにしました!