「愛に赤とアベノマスク」愛にイナズマ シューテツさんの映画レビュー(感想・評価)
愛に赤とアベノマスク
『月』を見たばかりの石井裕也監督作品ですが、『月』とは対極的な面白さがありました。
しかし面白かったのだけど、どう面白いのかを説明するのは難しい作品でもありました。
「役者の演技が皆素晴らしかった」なんてありきたりでつまらない感想も書きたくないしねぇ。(実際に見事なアンサンブルだったのですが…)
まあ本作の場合、個々の演技の巧さが、物語の設定と組み合わせにより、より高いレベルに到達して行くのが見ていて凄く面白かったです。
しかしこれも『月』と似た点なのですが、物語が二重構造になっていて、観客によっては勘違いしやすい(というか焦点がズレる)気もします。なので、見る人の立場によっては賛否が分かれやすい作品だと思います。
『月』の場合だとフィクションであっても実話が元になっているので、現実の障害者や施設関係者が見ると、フィクションとしては見られないであろうし、本作の場合だと映画関係者が見ると、同様の感情になるかも知れません。
まあ、我々の様な部外者の観客であれば、あんな人もいるだろうなぁとは思いますからね。
本作の映画プロデューサーや助監督の悪役ぶりや、携帯ショップ店員の応対、食堂シーンの詐欺グループの社会のクズ達の馬鹿丸出しの会話なども、もっと複雑さはあるにしても現実に確実に(しかもかなりの割合で)存在している人種ではあります。
そういう意味では本作の場合、最近では珍しい位にハッキリとした“勧善懲悪”モノとしての設定がなされていて、それが噓臭くない辺りがこの作品の捻りの面白さなんでしょう。
で、何が“捻り”なのかというと、従来の“勧善懲悪”モノって個人の善悪の資質の違いとして描かれていますが、本作を見ていると社会というもの自体が理不尽であり、人間はその理不尽に対してどのように立ち向かうのかが、人によってそれぞれに違うっていう風に描いているのです。
ある人は狡猾に、ある人は暴力的に、ある人は実直に、ある人は無関心に、ある人は無気力に、ある人は鷹揚に、ある人は信念を持って人それぞれの特性を持ってこの理不尽に立ち向かっているのだろう、という事がこの作品を見ているとなんとなく感じられます。
ただこの監督、映画人が映画人をあれだけ酷く描くというのは、実体験があるのかも知れないし、けっこう根に持つ性格なのかも知れません。その辺りは非常に共感出来ましたが(苦笑)
あと、この作品には“恋愛映画”と“家族映画”という側面があるのですが、これについては石井裕也という人が映画に何を望んでいるかの明確な回答なのでしょうね。非常にロマンティストな人なんだと思います。
追記として、“アベノマスク”がこれほどにも(映画の小道具として&社会的意味として)有効利用されたのは初めてみました。