「石井流の大復活!本作はコメディーで、見かけは正反対でも実は表裏一体。隠してしまえばなかったことになるというゴマカシを、真っ正面から否定します。」愛にイナズマ 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
石井流の大復活!本作はコメディーで、見かけは正反対でも実は表裏一体。隠してしまえばなかったことになるというゴマカシを、真っ正面から否定します。
タイトルがいい。勢いがあります。そして映画自体も、水を得たようにピチピチと跳びはねているのです。監督は石井裕也。公開中のもう一つの監督作「月」は重厚ものの、気負いすぎる印象を持ちました。その点、こちらは軽快で、石井監督らしいコメディーです。
今の社会を予見したかのような”アフターコロナ”の“現代”が舞台。社会の理不尽さに打ちのめされた恋人同士の花子と正夫が、10年ぶりに再会したどうしようもない家族の力を借りて反撃の狼煙を上げる、愛と希望とユーモアに満ちた痛快なストーリーです。
●ストーリー
26歳の折村花子(松岡茉優)は気合に満ちていました。幼い頃からの夢だった映画監督デビューが、目前に控えていたからです。自分の家族を題材に脚本を書き、撮影を準備していました。しかし物事はそううまくはいきません。滞納した家賃は限界で、強制退去寸前。プロデューサーに押しつけられたベテラン助監督の荒川(三浦貴大)からは、花子の若い感性をあからさまにバカにし、業界の常識を押し付けて、考えをことごとく否定されます。さらにはプロデューサーの原(MEGUMI)にもだまされて、直前で解任され、企画も奪われて、夢は頓挫してしまうのです。
失意の花子に反撃を持ちかけたのは、空気の読めない青年・舘正夫(窪田正孝)でした。花子は以前から赤色が好きだと言い、たまたま赤い自転車に乗る男が気になり、その後たまたまその男が路上での喧嘩に巻き込まれて殴られるところを目撃し、さらにたまたま寄ったバーでその男正男と出会ったのでした。
失意のどん底に突き落とされた花子を励ますように正夫が問いかけます。「夢をあきらめるんですか」「そんなワケないでしょ。負けませんよ、私は」静かに怒りを滾らせ闘うこと誓った花子が頼ったのは、10年以上音信不通の家族だった。妻に愛想を尽かされた父・治(佐藤浩市)、口だけがうまい長男・誠⼀(池松壮亮)、真面目ゆえにストレスを溜め込む次男・雄二(若葉竜也)。そんなダメダメな家族が抱える“ある秘密”を暴き、自分にしか撮れない映画で世の中を見返してやる!と息巻く花子。突然現れた2⼈に戸惑いながらも、花子に協力し、カメラの前で少しずつ隠していた本音を見せ始める父と兄たち。修復不可能に思えたイビツな家族の物語は、思いもよらない方向に進んでいくのでした。
●解説
作品を貫くキーワードは「なかったことにしたくない」だと思います。飛び交うセリフは時に不快で理不尽だが心に刺さり、感情を揺さぶることしきり。石井監督は怒りと祈りを内包した「茜色に焼かれる」で、コロナ禍の底辺で苦境にある主人公の生命力を活写しましたが、今作では人のおかしみと信頼の尊さ、強い思いの力も映し出しました。花子と家族の対立の間で緩衝材となった正夫が、ある意味、天使のような存在感です。一気呵成な後半の展開は作品の心意気であり突破力になっています。
本作はコメディーで、見かけは正反対でも実は表裏一体。隠してしまえばなかったことになるというゴマカシを、真っ正面から否定します。前半ではデビューのためにとひたすら我慢していた花子の、暴走気味の大逆襲、痛快ではあります。
●感想
まず気になるのは終盤を引っ張りすぎていることと前半の業界人の描写があざとすぎるところでしょうか。
序盤は、若い女性の花子が偉そうな助監督やいいかげんなプロデューサーにさんざん振り回されます。事実そのものではないが、要は自分たちのほうが映画のことをよく知っているんだから言うことを聞けとか、業界の常識を守れということで、助監督の決め台詞は常に「君はまだ若いから」というものでした。そんな映画業界のパワハラ、セクハラ、理不尽な解雇。若くしてデビューした石井監督の「もっとひどかった」実体験が基というのです。助監督のあざとさにはややうんざりですが、それだけ石井監督も苦労したということでしょう
そして、ウソくさいイナズマが盛大にとどろく中で展開する花子と正夫の恋。石井監督のオリジナル脚本の物語はテンポよく進み、花子の家族が集まるあたりから疾走し始めます。
撮影しながら、とげとげしい言葉を延々と家族に放つ花子。やがて家族は本音をぶつけ出すのです。ののしり合い、反発し合いながら一つになっていきます。その姿は滑稽で笑えますが、同時に温かい感じました。
冒頭、街を撮影する花子はマスク姿。正夫も奇妙に小さな「アベノマスク」を着けています。コロナ禍の世界が舞台です。石井監督は、マスクつけろという同調圧力に余程反発を感じていたことなのでしょう。
若々しく思えるのは、コロナ禍の世の中に対する石井監督の怒りが、ストレートに表現されているからではないでしょうか。映画が「不要不急」とされたこと。アベノマスクの下に、本音が隠されたような世界。もはや何事もなかったかのように忘れ去られようとしている過去の現実。それらは、古い価値観を押しつける映画業界への怒りとも重なっていくのです。
反撃の武器はイナズマです。電光が見せるのは、若者たちの恋と、バラバラになった家族の再生。ウソくさい世界と戦う手段は、映画というウソなのです。反撃の結果は。ラスト近く。暗闇の中、雷鳴に浮かび上がる一瞬の 「真実」に、ご注目ください。