劇場公開日 2023年10月27日

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「なかったことには、できない」愛にイナズマ たまさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0なかったことには、できない

2023年11月2日
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石井裕也監督。現代日本、人間模様を描き出す、若手にしてすでに卓越した手腕の持ち主だ。

初期作舟を編むでの人間に対する眼差しの鋭さ、映画の美しさ。
川の底からこんにちは、ぼくたちの家族、などの作品においても人物描写の秀逸さにはうならされた。シニカルでありながら、ユーモアがある作風。
今作、先に公開された月、と合わせて日本社会、日本人論の監督の集大成的作品だろう。

今作、痛快無比とはいえないが、ユーモアとウィットに富んだ秀作。

まるでコロナ禍の3年間がなかったかのごとく、時代が進んでいる日本。忘れてはいけないというメッセージ。
脚本に散りばめられたインパクトのあるセリフ、言葉。
ありえない事、意味不明な事って起こるでしょ、と主人公松岡茉優が度々言葉にする。
コロナ禍においての、あの布マスク配布。
正面から真面目に批判するのではなく、皮肉をこめて描写。
自殺未遂の現場のシーン、窪田正孝演じる男性の働く食肉工場のシーンと、俳優の卵の男性が静かにぶら下がっているシーンとの対比。
命が軽んじられているんです、との言葉。
映画業界のパワハラ描写…などコロナ禍といわれる間、どれほどの悲劇が現実にあったのだろうか…

後半、家族の物語。家族の再生や絆という安直な言葉を跳ね返す展開。ながらも佐藤浩一演じる父親、池松壮亮の長男と弟との描写。母親の失踪の理由が明らかとなり、父の傷害事件の真相など、そして父親の病気…
家族の物語そのものでもあるが。

ラスト主人公には、あきらめませんよ、と言わせるセリフ

カタルシスを感じる展開にしていないところが、この作品の肝ともいえる。

なぜならば、コロナ禍は本当には終わってはいないから。
ありえない、意味不明な出来事は日々起こっているから。

今の日本に、自分の人生に、周りの人達に違和感や疑問を感じるならば、一度は観てほしい作品です。
そう思わなくとも一見の価値はある作品でしょう。

たま