「マスクに隠された本音を引き出す傑作」愛にイナズマ クニオさんの映画レビュー(感想・評価)
マスクに隠された本音を引き出す傑作
石井裕也監督、現時点での最高傑作でしょう。超意欲作「月」が公開されたばかりなのに続けての登板。「月」では石井カラーとはガラリと異なる世界で、混迷が垣間見えました。本作はズバリ自家薬籠中、それも捻りにひねった挙句の笑いと涙で圧巻の面白さ。オリジナル脚本からして彼自身、加えて芸達者な俊英揃いのキャスティングで、セリフが生き生きとスクリーンに泳ぎ出す爽快感。
松岡茉優扮する1500万円の予算で映画監督デビューを控えた折村花子が主人公。夢叶った花子に立ちふさがるのが、制作主体からあてがわれた助監督役の三浦貴大とプロデューサー役のMEGUMI。この2人の業界あるある全開ぶりの厭らしさが絶品描写で、花子を追い詰める出だしが絶好調。自らの母親失踪を題材にした「消えた女」は、しかし常識に凝り固まったプロデューサーの策略により監督デビューを追放されてしまう。この虐められつつも自らの信念を貫く花子の造形が、希代の名女優となるであろう松岡茉優の立て板に水のセリフ廻しが見所でしょう。
失意の花子が金もないのに入るような場所じゃない"バー"の設定が理解出来ないですが、兎に角ここで運命の窪田正孝扮する正夫と出会う。よりによって「消えた女」のオーディションに落された仲野太賀扮する落合のルームメイトが正夫で、詰んでしまった悲劇が2人を結び付ける。映画製作を諦めきれない花子は自主製作のドキュメンタリーに方向転換、あり得ない現実のその先を掴み取ろうともがく。
行きつく先がまるで疎遠だった佐藤浩市扮する父親の住む実家、失踪の核心に迫るべく集められたのが兄二人、長男が池松壮亮で次男が若葉竜也。花子監督と正夫キャメラマンでドキュメンタリー映画の突撃撮影が始まる。母親は何処にのミステリーをベクトルに、個性たっぷりな役者による一発触発のスリリングすらも作劇に織り込み、本作の核心たる奇想天外なシチュエーション・コメディが展開される。すったもんだの挙句のキーワードが"ハグ"なんですから、突然泣かされます。家族の物語に収斂し、笑って泣いてなんて書くと松竹人情喜劇のように思われるかも知れませんが、まるで乾いているのが新しい。
彼等を取り囲むのが、杓子定規な携帯ショップの女に趣里やら、恩義を感ずる料理屋の益岡徹、大物スター役の中野英雄が親子共演(一緒のシーンはなし)を果たし、父親の会の社長に石井監督作常連の北村有起哉、長男のチャラい会社社長に高良健吾と極めて贅沢な役者さんの釣瓶打ちと、石井ワールドの集大成の趣。しかし最も難役は相手役たる舘正夫役の窪田正孝でしょう、例のアベノマスクを100枚所有するピュアな役が窪田の透明感に溶け込む見事さです。
次男の言う「神がいなけりゃ、愛もない」その愛に、やたら雨のシーンが多い本作に被さる雷の稲妻が刺されば、完璧にキューピットでしょ。イナズマのシーン毎に画面に化学反応が起こり芝居が昇華する不思議な作品に惚れ込んでしまいました。しかしカメラの不具合等で結局ドキュメンタリーは成し得なかったけれど、無事完成し望外のヒットに恵まれ冒頭の2人を見返して欲しかったとも思うけれど。
愛のイナズマでも、愛がイナズマでもない、"愛に"の意図が次第に解き明かされる傑作です。